星槎大学講師
バイオリニスト/音楽教育研究
安久津 太一
2013年10月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
星槎大学・星槎グループでは、震災直後から、福島県南相馬市・相馬市公立小中学校の子ども達のための、カウンセリングをはじめとする「学習支援」を継続しています。学習支援には、もちろん音楽などのアート面での支援も含まれますが、今回星槎の一員として、そしてバイオリニストとして、福島県南相馬市の小高中学校で、昨年度に引き続き、音楽授業に2度目の参加をさせて頂きました。1〜3年生の各クラスと特別支援級の中学生達と音楽をシェアすることができましたが、被災地の「今」繰り広げられている音楽の関わり合いは、タイムリーで特別なものでした。
9月20日に実施された1時間目の音楽授業は、小高中学校のオリジナル曲「群青」(Azure)の生徒達による合唱で始まりました。朝一ではありましたが、音楽が始まると、生徒達の表情が、とたんに明るくなります。素晴らしい歌声に感動をもらい、限りある授業時間ではありましたが、早速私のバイオリンでジョインできないか提案させていただきました。リハーサル無しのぶっつけ本番、合唱とバイオリンのコラボが実現し、教室は感動に包まれました。
この小高中のオリジナル合唱曲「群青」は、中学校音楽科の小田先生が、昨年度卒業の生徒達と、震災、とくに旧校舎や離ればなれになってしまった仲間へのおもいを作詞作曲し、大阪音楽大学の教授陣が協力して、京都のパナムジカ社から出版された、新しい合唱曲です。1冊400円の楽譜は、10%が震災の復興支 援にあてられ、すでに関西では多くの学校や地域のコーラスで歌われているそうです。これから全国各地に「群青」を広めたいと先生の熱い思いと同時に、震災の記憶を風化させてはならないと言う強い使命感を感じました。なぜならば、今回「群青」を教室で歌ってくれた1〜2年生は、旧校舎を知らず、仮設校舎でし か学んでいない新世代で、震災で郷里を去っていった仲間や旧校舎との別離を実際に経験している卒業生と、すでに大きなギャップがあるそうです。これから星槎の各校でも、生まれたばかりの「群青」を歌い継いで、地域に、そして世界に震災の記憶や被災地の思いを伝えて行かなければと思いました。
音楽授業後半のバイオリン体験では、一人ずつ、実際に楽器を手に取って、触れてみて、音を出して探求しました。2台しか楽器がありませんでしたが、一人が楽器を手にしていると、周囲に生徒達が自然に集まり、例えばすぐに音が出た生徒は、苦労している子を支援して手伝うなど、仲間同士支え合ってのピアラーニ ングが素晴らしかったです。
次に、キラキラ星の演奏にもトライしました。最初は「できない」とか「絶対無理」といって、ふざけて笑っていたり、恥ずかしがっていたりしていた生徒達 も、だんだん皆真剣になり、本気の学びが始まりました。子ども達の助け合って関わり合って学ぶ姿に感動をもらいました。授業の最後には、たった15分ほど で習得したキラキラ星を、二人ずつ合奏して、すぐに次の生徒と交代しながら、リレーでアンサンブルを繋ぎました。人前で成果の発表というと、つい構えてしまいがちですが、「これも学びのチャンスで、プロセスだから。」と伝え、一人一人短時間で奏法のアドバイスをしながら、全員がペアでキラキラ星のフレーズ を演奏しました。気軽に新しいチャレンジに取り組み、完璧では無くても関わり合って学ぶ楽しさを、生徒達は体験的に学習してくれたと思います。
今回の相馬訪問では、中学校での学習支援以外に、ベネズエラが発祥の、青少年オーケストラ運動「エルシステマ」の活動を、地域の文化センターにて見学させていただく事ができました。エルシステマは、犯罪の多いベネズエラに、各市町村に子どものためのオーケストラを開設し、社会の関わり合いを育み、教育や治 安の向上に貢献すべく、アベルー博士が提唱して始まった市民オーケストラ運動です。現在ベネズエラのシステマから、世界的なプロ音楽家も輩出されるように なり、国際的に注目を集め、アメリカをはじめ世界各地に広まっているシステムです。その日本上陸第一号が、「エルシステマジャパン」の相馬での活動でし た。
参加児童保護者の一人からお話を伺いましたが、相馬市には、創立140周年を間もなく迎える中村第一小学校に、伝統的な弦楽器のプログラムがあり、それが 今回「エルシステマ」を相馬に根付かせようと言う運動と合致し、活動が広まったとお話しされていました。現在すでに約90名の小中高校生が、学校外で日曜 日に弦楽器でストリングオーケストラを編成して練習しているとのことでした。
弦楽のリハーサルを見学させていただきましたが、都内から招聘されている指揮者が、上級生だけのビバルディーの「調和の霊感」と、モーツァルトの「アイネクライネナハトムジーク」を指揮し、プロのオーケストラさながらのリハーサルでした。
後半は地元のバイオリン教師が、初心者の小学生も含めて、全員で喜びの歌を合奏発表しました。90名という大所帯での全体合奏練習は、姿勢や動きが統一されており、迫力があり、今後大オーケストラを目指して、ますますの発展が期待されます。同時に広く地域や保護者、指導者と音楽をシェアすることで、関わり 合いがさらに深まればと思います。
さらに当日は、折しもドイツの名門オーケストラ、ベルリンフィルハーモニックの木管五重奏メンバーが、子ども達を対象にミニコンサートを開催し、素晴らしい音色に会場が包ました。子ども対象ではありましたが、選曲はモーツァルトやイベール等、本格的な木管五重奏の選曲で、本物に身近に接した子ども達は息を 飲んで演奏に聴き入っていました。演奏されたベルリンフィルのホルン奏者の先生は、海外に比べて、日本の子ども達の弓の持ち方や、楽器を構える姿勢が統一 されており、これは海外も見習うべきだとコメントされていました。このように日本の音楽教育は、皆がそろって学んでいる集団性や「しつけの良さ」で高い評 価を得ることが多いですが、おなじベネズエラのシステムを導入しても、教育のアプローチは、その地域や国の文化を背景として、変容して根付いていくと実感しました。今後例えば選曲(レパートリー)で、相馬独自の歌い継がれて来た民謡や童謡など、世代を超えて地域に愛されている曲を弦楽器で演奏する試みも面 白いのではないでしょうか?まだ始まって間もない日本でのエルシステマの活動ですが、今後相馬と世界各国の国際的な音楽を通じた関わり合いが期待されま す。
最後に、今回貴重な相馬訪問の機会を頂いた、星槎大学副学長の細田満和子教授始め、お世話になった星槎グループの先生がたに、紙面をお借りして感謝を申し上げます。
余談になりますが、相馬到着間もなくの深夜2時頃、震度5強の地震と遭遇しましたが、東京にいるときとは異なる緊張感で、津波の経過や原発のニュースに見 入っていた自分がいました。40分後に、ようやく「東京電力から今のところ異常なしの情報が入りました」と伝えられましたが、見えない放射能への脅威は、 現地にいないと分からないと感じました。そして、震災から2年たった今も、津波の被害エリア、仮設住宅や仮設校舎はそのままになっている現状とも直面しました。そして、授業終了後の空き時間に、たまたま職員室に居合わせた先生がたに新聞を勧められましたが、「東京の新聞とは随分ちがっているでしょうし ね。」との一言も印象に残りました。その日の新聞一面には、廃炉をめぐる話題が、東京の新聞以上に細かく、地元の強いメッセージと共に記載されていまし た。
今後、相馬における持続的なバイオリンを通じた学習支援にチャレンジして、地域と、日本全国、そして世界と音楽の関わり合いを広げて行きたいです。
【略歴】安久津太一(バイオリニスト/音楽教育研究/星槎大学講師)
東京音大卒業。マンハッタン音楽院オーケストラ専攻大学院、及びニューヨーク市立大学音楽教育専攻大学院修了。2006年から09年、マイケルティルソン トーマス氏率いるニューワールド交響楽団の首席奏者を勤める。音楽教育の分野では、マイアミの地域の音楽教室、ニューヨーク市公立学校やハーレムの幼稚園 でバイオリンや音楽指導を担当。現在東京学芸大学連合大学院博士後期課程に在籍する傍ら、星槎大学に勤務し、日々子ども達と向き合って、新しい音楽教育の研究と実践に取り組んでいる。
(※この記事は2013年10月19日のMRIC 「Vol.254 音楽の関わり合いin相馬より転載しました)