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2018年08月13日 21時13分 JST | 更新 2018年08月13日 21時13分 JST

「歴史に残る輝かしい勝利を心に刻んで」 南シナ海領有権めぐる仲裁裁判で中国を撃破したフィリピン勝利の記録

「Rock Solid」出版のジャーナリスト、マリテス・ビトゥグ氏に聞く

Rock Solidを手にする著者のマリテス・ビトゥグ氏=マニラ首都圏で柴田直治撮影

2016年7月、南シナ海の領有権問題をめぐり、国際海洋法条約に基づく仲裁裁判でフィリピンは中国に「完勝」した。しかし、直前に政権についたドゥテルテ大統領は外交政策を大転換し、裁判所の判断を棚上げして中国に接近した。仲裁裁判所の判断から2年、比ジャーナリストのマリテス・ビトゥグ氏は多くの関係者と膨大な記録に当たり、裁判に至る過程とその後を「ROCK SOLID(盤石)」(アテネオ大学出版)と題してこのほど出版した。小国が国際法を駆使し、中国のさまざまな妨害を乗り越えて勝ち取った司法判断の意味や比政府の対応について聞いた。

 ─執筆の動機、経緯は?

 「最初から強い関心があったわけではない。友人に勧められて、仲裁裁判所がウェブで公開している資料に目を通すうちに面白くなった。比から提出された3千ページに及ぶ申立書や資料類も読むことが出来た。比外務省に請求しても開示されないだろう。米国の公文書もウェブでアクセスできて参考になった。アキノ前大統領ら提訴にかかわった重要人物から中国艦船に追われる漁民まで70人にインタビューした。政策研究大学院大学の客員研究員として東京に滞在中に集中して書きあげることができた」

 ─タイトルは?

「紛争の対象が岩礁(ROCK)であり、証拠が明白(SOLID)であることと重ねた」

 ─序文に「豊かな海域で争いのない権利を認められただけではなく、国に尊厳をもたらす勝利だったにもかかわらず、それに値する注目を集めていない」と書いている。その結論が十分に注目されないのは政権の姿勢の問題か?

 「仲裁裁判についてロレンサナ国防長官は最近、『空虚な勝利』といい、ドゥテルテ大統領は、比には裁判の結果を実現する力がないなどと繰り返し述べているが、自分たちの無力、無能の言い訳に過ぎない。領有権を主張する他の国々と協議し、共同パトロールを模索するなど、やれることはいろいろあるはず。手を尽くしてきたのかと言いたい」

 ─大統領がそうした方針をとる理由は前政権の施策を否定したいがゆえか?

 「投資や援助など経済面を中心に対中関係の改善を優先させる現実的な狙いはあっただろう。しかし、約束した投融資を中国が実行しているわけではない。大統領には以前から中国人の友人がおり、個人的に中国が好きだという事情があるかもしれない。しかし、公の場で『中国を愛している』などと指導者が言うのはいかがなものか」

 ─ドゥテルテ氏が政策を転換したから、中国はスカボロー礁で比漁民に漁を許したり、埋め立てを進めなかったりしているのではないか?

 「漁民は確かに付近で漁ができるようになったが岩礁のなかに入るには以前は必要のなかった中国の許可がいる状況だ。もし中国が同礁を埋め立てたら、それは比にとってレッドラインだ」

 ─比人はこの裁判に関心を持っているか?

 「それほどではないだろう。ただ世論調査を見ても仲裁裁判を受けて比の主権をきちんと主張せよという声は圧倒的だ。中国に対する警戒感も極めて強い」

 ─書き終えて思うことは。

 「歴史を学ぶことの大切さを改めて感じた。比の現代史に輝くこの勝利を同胞、特に若い人々の記憶にとどめてほしいと願っている」

◆Rock Solid内容紹介 中国の妨害、比側の苦悩を赤裸々に

フィリピンの排他的経済水域内にあるスカボロー礁やアユギン礁で中国の艦船が傍若無人にふるまい、比の漁船のみならず軍艦にも力任せの妨害を繰り返す様子や、仲裁裁判は受け入れないとして出廷を拒みながら裏工作をする中国の姿が生々しく描かれている。

 フィリピン側もすんなり提訴を決めたわけではなかった。最高裁判事のカルピオ氏が初めて提訴を主張した時は「ドン・キホーテ」とみなされ、その後も政権内部で様々な葛藤や意見の相違があった。それでも「海洋法は小国にとって錨であり、武器でもある。この裁判でフィリピンの言い分が取り上げられないなら海洋法に存在意義はない」との意見が通り、提訴にたどり着く。

フィリピンはマルコス時代に8か所の岩礁を占拠し、エストラダ政権はアユギン礁に古びた軍艦を座礁させて実効支配した。スカボロー礁も実効支配する機会がありながら外交上の配慮から見送った結果、後年の中国に奪われる経緯も紹介されている。

 中国と衝突したら、相互防衛条約を結ぶ米国は助けてくれるのか、フィリピンでは議論が繰り返される。米国務長官当時のキッシンジャー氏が「守ってやると示唆するべきではない。あいまいにすることだ」と話す場面などを織り交ぜて話は進み、尖閣諸島の領有権問題を抱える日本にも示唆に富む。

 MARITES VITUG ジャーナリスト、ラップラー特別編集委員。比最高裁の内幕を描いた「SHADOW OF DOUBT」、比国内の違法な熱帯雨林の伐採をとりあげた「POWER FROM THE FOREST」など著書多数。

(2018年8月13日付まにら新聞掲載)