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2018年07月10日 11時13分 JST | 更新 2018年07月10日 11時13分 JST

肝臓を温かいまま移植する新手法

コストの高さが普及の制約になるかもしれない。

肝移植における臓器保存に体温維持型の灌流装置を用いることで、臓器の損傷が抑えられ、廃棄率が低下した。将来、臓器不足の解消につながるかもしれない。

臓器灌流保存装置「メトラ」。コストの高さが普及の制約になるかもしれない。

OrganOx

ドナーから摘出した肝臓を体温で維持する臓器保存装置について、無作為化比較試験が行われ、結果がNature 2018年4月18日号に報告された1。この新たな方法は、移植用臓器を氷上の冷却液中で保存する従来の方法と比べて、臓器の品質を改善でき、冷蔵保存に耐えられず廃棄されてしまっていた臓器を減らすことができた。肝移植を必要とする患者の数は、世界中で数万人といわれる。この方法により、移植可能な臓器を増やすことができれば、より多くの患者の命を救える可能性がある。

「この技術は、肝移植の転換点になるでしょう」と語るのは、クイーン・エリザベス病院(英国バーミンガム)の移植医Darius Mirzaだ。彼は、「メトラ(metra)」と名付けられたこの臓器保存装置の臨床試験に関わった医師の1人だ。メトラとは、ギリシャ語で「子宮」を意味する。

生理学的な模倣

メトラは、酸素を豊富に含んだ血液と共に抗凝固薬、種々の栄養素を肝臓に供給し、臓器を安定的に37℃に維持する装置だ。炎症を防ぐために、装置で灌流される血液からは免疫細胞が除去されており、「肝臓は、非常に良好な環境で回復していきます」と、オックスフォード大学(英国)の移植医で、この装置を製造するOrganOx社の共同設立者であるPeter Friendは言う。

今回の臨床試験には、肝炎、肝硬変、がんなどで肝機能に障害を来した、西欧の患者220人が参加した。ドナー肝臓は、メトラもしくは氷上での保存の後、各患者に無作為に割り当てられた。従来の氷上保存法は、細胞の代謝を徐々に低下させることで損傷を軽減するが、血液供給を再開したときに臓器は損傷を受けやすくなる。

メトラで保存した肝臓の移植を受けたレシピエントでは、氷上保存した肝臓の移植を受けたレシピエントに比べ、臓器損傷を示す酵素のレベルが平均で50%低かった。また、早期同種移植片機能不全(重篤で致死性の高い移植合併症)の発生率は、前者では10%だったのに対して、後者では30%だった(ただし、今回の試験の実施期間は1年と短く、また小規模だったため、患者の長期的な生存率の差を検出することはできなかった)。

無作為化されているということは、移植用臓器の生存能力は、ドナーから回収された時点では同程度だったはずだ。しかし、移植医たちがこの試験で廃棄せざるを得なかった肝臓の数は、氷上保存では、メトラを使用した場合の2倍に上った。また、肝臓の品質を維持できる期間は、氷上保存では約8時間であったのに対し、メトラでは平均12時間であった。

こうした違いの一部は、臓器が氷上で長時間保存されたことで生じた損傷により、説明できる可能性がある。しかし、オックスフォード大学の移植医で、今回の臨床試験の共同代表者のDavid Nasrallaは、この技術のもっと大きな利点は、臓器の働きをリアルタイムで監視、測定できる点にあると考えている。メトラを使用すれば、血流、胆汁産生、乳酸除去などのパラメーターについて、連続的なデータが得られるからだ。

「肝臓の機能的品質について、メトラから客観的証拠が得られるわけです。多くの外科医が、メトラで保存した臓器の移植は安全だと感じました。逆に氷上保存では常に不安を感じていたでしょう」と、Nasrallaは言う。また、維持できる期間が長いため、外科医たちは手術開始を日中になるまで延期する場合も多かった。手術は、移植チームの集中力が高い日中に行う方が、臨床転帰が良いとされるためだ。

実践でのメトラ

OrganOx社が開発したこの装置は、すでに欧州では承認されており、米国でも最終試験が行われているところだ。しかし、臨床試験以外で日常的に用いられることは少ない。その大きな理由は、患者1人当たりの費用が、4000~7000ポンド(約60~110万円)と高額なためだ。

そうしたことから、脳死宣告されたドナーからの良質な肝臓(このうち、約80%が移植に使用される)では、氷上保存が標準的手法として使われ続けるだろうと、専門家たちは予測している。しかし、例えば、心停止した人から提供された肝臓など、今日では移植に使われるのはほんの一部だが、高リスクな肝臓には、メトラのような保存システムが一般的になるかもしれない。

Mirzaは現在、氷上保存の後に移植に不適当だと判断された肝臓であっても、メトラで数時間モニターしながら回復させた後、再び移植に使用できないかを検討しているところだ。もし、この試みが成功し、機械保存技術が広く使われるようになれば、「将来的に、米国における肝移植の件数を2倍にすることができるでしょう」と、マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の生体工学者Korkut Uygunは話す。彼は、メトラとは別の肝臓移植用機械灌流システムの開発を手掛けるOrgan Solutions社の共同創立者でもある。

また、「体温での肝臓保存は、ドナー臓器の治療という新たな扉を開くでしょう」と、非営利組織Organ Preservation Alliance(米国カリフォルニア州バークレー)の最高責任者Jedediah Lewisは言う。臓器を移植可能な状態で保存できる期間を延長できれば、薬物や幹細胞による治療、さらには遺伝子治療のための時間を確保することができるからだ。「レシピエントに移植する臓器を、ドナーの体内にあったときよりも良い状態にすることができるかもしれません。今はまだ夢物語のように聞こえますが、今回の技術は、それに向けた大きな1歩なのです」。

(翻訳:山崎泰豊)

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180603

原文:Nature (2018-04-19) | doi: 10.1038/d41586-018-04816-8 | 'Warm transplants' save livers and lives

Elie Dolgin

【参考文献】

  1. Nasralla, D. et al. Naturehttps://doi.org/10.1038/s41586-018-0047-9 (2018).

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