気付いてないのはPIだけ?

世界中の若手研究者がストレスをためていることが明らかになった。

3200人の科学者を対象とする調査から、研究室の主宰者(PI)からのプレッシャーやPIの指導力に対する不満により、世界中の若手研究者がストレスをためていることが明らかになった。

科学者が自慢する鋭い観察眼も、極めて身近なところで発生している問題には気付かないことが多いようだ。研究室の主宰者は、自身の研究グループ内のダイナミクスについて、メンバーの多くが考えているよりもはるかに明るいイメージを持っていることが、3200人以上の科学者を対象とするNature の独自調査で分かった。この調査結果は、研究室の主宰者(principal investigator;PI)がその運営や人事管理に関して十分な訓練を受けていないことが、有害な研究室文化を生み出す要因の1つになっていることを示している。

若手研究者の利益を守るために活動している非営利団体フューチャー・オブ・リサーチ(Future of Research;米国カリフォルニア州サンフランシスコ)のGary McDowell理事は、「上級研究員と若手研究者の間で、意思の疎通が十分にできていないのです。別々の世界に住んでいると言ってよいほどです」と言う。

近年、研究活動の公正性への懸念が高まっている。それを受け、全米アカデミーズ(US National Academies of Science, Engineering, and Medicine)や米国研究公正局などが、科学者を対象とした高水準の研究を行うようになった。その目的は、科学者の訓練に欠落している要素や、高まる一方の助成金確保や論文出版、昇進へのプレッシャーについて理解することにある。

Nature は2017年に、欧米の大学で16回の会議とワークショップを開催して、研究室の健康状態や、各グループにのしかかるプレッシャー、また、そうした問題にうまく対処する方法について探ってきた。その中で科学者たちは、人間関係の舵取りからベストプラクティスの励行まで、自分たちの職場のどこが好きでどこが嫌いかを語り合った。Nature の今回の調査は、このときの逸話をデータで裏打ちする目的で実施された。今回の調査の規模は、公表されている同種の調査の中では最大である。

士気がそれなりに高かったことは、心強い発見だった。世界中の科学者たちは、基本的には自分のグループは健全だと考えていて、「仲がいい」「協力的」「面倒見がいい」などの言葉で描写している。しかし、穏やかな表面の下では、ストレスの兆候がボコボコと泡立っているようだ。調査に回答した比較的若い研究者(大学院生や博士研究員のように、グループを率いる立場にない人)の約5人に1人が、所属する研究室について否定的な感情を持ち、「ストレスが多い」「ピリピリしている」「過酷」などの言葉を使っていた(「あなたの研究室はどんなところ?」参照)。

あなたの研究室はどんなところ?

回答者がよく用いていた言葉のほとんどが肯定的なものだったが、研究室に対して基本的に不満を抱いている研究者(PI以外の研究者の約14%)は、より否定的な言葉を使っていた。

ILLUSTRATION BY MARCO GORAN ROMANO

調査に参加した科学者たちは、より多くのPIが人事管理や研究室の運営に関する講習を受け、研究グループのメンバーの意見にもっと耳を傾けるべきだと考えていた。また、PI以外のメンバーの半数強が、過去1年間に、特定の結果を出さなければというプレッシャーを「しばしば」または「ときどき」感じたと回答していた。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の研究医で、2016年まで医学部長を務めたJeffrey Flierは、「これは由々しき事態です」と言う。

今回の調査は25万人以上のNature 読者に送付され、Nature ウェブサイトでも広告された。ミシガン大学アナーバー校(米国)で研究公正の研究をしているNicholas Steneckは、この調査には科学者の限られたサンプルしか反映されておらず、不平を言いたがる人の割合が不当に高くなっている可能性があると指摘する。その一方で、好ましくない行為に対する寛容さは「容認できないレベル」にあることが分かるとも言う。「私には、今回の調査結果には良いニュースがなく、程度はさまざまであれ、悪いニュースしかないように見えます」。

違う世界の話?

調査に回答した655人のPIは、職場での自身の仕事ぶりについて非常に肯定的だった。彼らの90%以上が、自分は研究グループの実験デザインを一貫してチェックしていて、個々のメンバーがどの研究プロジェクトに取り組んでいるかを簡潔に説明できると答えている。また、「メンバーの実験やキャリア形成に関する相談にのっているか」「否定的な結果が出ても評価しているか」「興味深いが研究室の研究活動の中核をなすとは言えないような発見を探究する自由をメンバーに与えているか」といった質問に対しても、自信を持って答えていた。

一方、PI以外の2632人の回答者は、そこまで楽観的ではなかった(「認識のギャップ」参照)。自分たちのPIが個々のメンバーのプロジェクトを説明できると回答したのは約80%で、PIにディスカッションを持ちかけると「たいてい応じてくれる」、研究室にとって中核的でない実験結果でも「探究させてくれる」と回答したのは約70%だった。さらに、PIが「実験デザインを一貫してチェックしている」「否定的な結果が出ても評価してくれる」と答えた回答者は3分の2にとどまった。

認識のギャップ

PIが自身の研究グループとどのように関わっているかは、PIと若手研究者では見方が異なる。

特に回答が分かれたのは、生データのチェック状況だった。PIの90%が「メンバーの生データを一貫してチェックしている」と回答していたが、自分のPIが生データを一貫してチェックしていると答えたメンバーは57%だった。2018年に南洋理工大学(シンガポール)の副学長を退任したコンピューター科学者のAngela Gohは、PIは助成金の申請やその他の職務を果たしながら限られた時間の中で人事管理をしていているので、「彼らは、自分で言うほど一貫して生データをチェックしているとは思えません」と言う。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校(米国)で研究不正の研究をしているC. K. Gunsalusは、PIとその他のメンバーとの認識のギャップは顕著で、両者は「生データ」について異なる定義をしているのかもしれない、と指摘する。

今回の調査に参加したRadovan Šebestaは、コメンスキー大学(スロバキア・ブラチスラバ)で有機化学グループを率いているが、調査結果に驚き、若手研究者たちが指摘するPIの問題点について少々不安を感じている。「私の行動も、あんなふうに捉えられているのでしょうか?」。彼は研究室のメンバーに、この調査に参加していたらどのように答えていたか聞いてみたいと考えている。

調査の回答者のほとんどが匿名での参加を希望したため、PIとその研究室のメンバーの回答を照合することはできない。しかし、両者の地理的分布に大きな差は見られなかった。Gunsalusによると、今回の調査結果は、組織のダイナミクスについて広く受け入れられている社会心理学研究の結果とよく一致しているという。「人は権力を持つほど、自分の行動が下の人にどのように捉えられているかに鈍感になるのです」。

他の調査項目でも同様の認識のギャップが明らかになった。PIの約90%が、自身の研究室やグループのメンバーは何を期待されているかを明確に分かっていると感じていた他、3分の2が「質より量」や「正確さより助成金のもらいやすさを重視する」などの不誠実な研究実践を大目に見ることは「決してない」または「めったにない」と回答していた。一方で、PI以外の研究者では、PIが自分に何を期待しているかをはっきり分かっていると答えた人は3分の2にとどまり、自分たちのグループが不誠実な研究実践を大目に見ることは「決してない」または「めったにない」と感じているという回答は、43%にとどまった。

こうした意見や姿勢は研究室での不正行為の現実を反映するものではないかもしれないが、Steneckらはそれらを警告サインとして見ている。個々の機関についての以前の研究により、所属する研究室の雰囲気を好ましいと感じている科学者は、不正行為と解釈されるような研究実践(剽窃、改ざん、詐欺など)に自身が関与していると述べる可能性が低いことが分かっているからだ。

強い不満を持つメンバー

今回の調査の目標の1つは、研究室文化がどのようにして研究を促進し、あるいは阻害するかを解明することにあった。ヘルスパートナーズ研究所(HealthPartners Institute;米国ミネソタ州ブルーミントン)で研究公正について研究するBrian Martinsonは、Nature の調査では、所属する研究室を否定的な言葉で語った人と、そうした雰囲気により良質の研究を生み出す能力が深刻に阻害されていると答えた人の間には、緩やかな相関が見られたと言う(なお、回答者の中には、後者の質問の意味を誤解して、研究室の文化を賞賛しつつ、「それが自分たちの研究の妨げになる」と回答していた。アンケート回収後の個別連絡により、この混乱が明確になった事例がいくつかあった)。

Nature は、自分が所属する研究室の文化に強い不満を持つ研究者についてもっとよく知るために、研究活動について一貫して否定的な回答をしていた、ある科学者グループを特定した。彼らは所属する研究室について「侮辱的」「抑圧的」「敵対的」などの言葉で語り、研究室の悪い雰囲気が自分の研究に悪影響を及ぼしていると回答していた。こうした強い不満を持つ研究者は、PI以外の研究者のうちの14%を占め、376人にのぼった。彼らは全ての不幸な回答者を代表しているわけではないものの、不満を口にしてはばからないグループを反映しているのは確かである。

彼らの多くはPIの指導力に不満を抱いているようで、PIの行動を否定的に捉える傾向があった。所属する研究室の文化に関する彼らの回答では、不誠実な研究実践を黙認することは「決してない」または「めったにない」と感じていたのはわずか20%で、PIにディスカッションを持ちかけるとたいてい応じてくれるという回答も38%にとどまった。そして、彼らの70%は、過去12カ月の間に特定の結果を出さなければならないというプレッシャーを「しばしば」または「ときどき」感じていたが、PI以外の回答者全体では、その割合は半数強だった。Gunsalusは、このグループの回答者が所属する研究室の文化が本当に他よりはるかに劣悪かどうかは分からないが、「現実にひどい環境があるのは確かで、機関はそのことに対して責任を負わなければなりません」と言う。

より良い科学研究のために

今回の調査ではっきりしたことの1つは、研究所を主宰する研究者の3分の2が、過去1年間に人事管理や研究室運営の訓練を受けておらず、その多くが訓練を受けたいと回答していたことだ(「訓練のギャップ」参照)。「私がPIになって最も驚いたことの1つは、管理の仕事の難しさでした」とŠebestaは言う。「訓練を受けていればよかったと思います」。そして、訓練を受けたことがあるPIの6分の5が、役に立ったと答えていた。

訓練のギャップ

ハワード・ヒューズ医学研究所(米国メリーランド州チェビーチェース)や欧州分子生物学機構などの多くの機関には、指導や管理に関する講義があり、多くの研究者が受講している(8月号23ページ「研究室を率いるのに必要なスキル」参照)。けれどもほとんどの機関はそうした訓練を義務付けていない、とFlierは言う。学者に無理強いするわけにはいかないと遠慮しているところもあるだろうが、「機関はそうした訓練をあまり重視していないのです」。

オクラホマ大学(米国ノーマン)の心理学者Michael Mumfordは、今回の調査結果は、訓練が絶対に必要であることを示していると言う。「私たちは、管理や指導に関する訓練を全く受けていない人々を連れてきて、彼らが人と交流したり管理したりする方法を当然知っているものとして、3~20人のチームの運営を任せているのです」。

調査に回答した米国のある生物学専攻の博士研究員は、「最近PIになった私の友人は全員、何らかの訓練を受けておきたかったと言っています。彼らは何のサバイバル術も身に付けていない状態で、荒野に放り出されたのです」と言う。

主宰する研究室でより質の高い研究が行われるようにするために「学部長や機関に協力してほしいこと」をリストの中から選ぶように言われたPIの60%以上が、「指導と管理のための支援がもっと欲しい」と答えていた(「より良い科学研究のために改善すべき点」参照) 。この要望は、管理業務に使えるリソースを増やしてほしいという要望に次いで2番目に多かった。

より良い科学研究のために改善すべき点

「研究室をより良くするためには何が必要だと思うか」という質問に対して、PIとそれ以外のメンバーが考える優先順位には食い違いがあった。職場環境に一貫して不満を持つ一部の科学者たちは、PIの指導力を向上させることを重視していた。

PI以外の研究者でも、その40%以上が、「PIが指導と管理の訓練をもっと受けていれば、研究室はより良い科学研究ができる」と回答していた。PI以外の研究者のうち不満が強い人においては、その70%以上が、主としてPIの指導力を向上させるための訓練を望んでいた。ドイツで微生物学を専攻するある大学院生は、「私が所属する機関にはPIのための訓練課程があるが、なぜか任意受講である。必須受講にするべきだ」と書いている。

他に改善すべき点があるかという質問に対しては、研究室主宰者の半数以上が助成金に言及していた(研究の限界について議論されるたびに話題に上る問題である)。米国のある研究室主宰者は、「助成金を獲得するための競争が激しい上に、短期の助成金しかないため、科学的な再現性よりも次の助成金を獲得することを重視する雰囲気になってしまう」と書いている。

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今回の調査は、PIが、自身が主宰する研究室の文化は健全だと思っていても、メンバーとのコミュニケーションや研究室の目標についてもう一度よく考え、自分が管理する人々の意見に耳を傾けることの大切さを教えている、とGunsalusは言う。「あなたが所属する機関に指導のためのリソースがなかったとしても、他のところにはあるのです」と彼女は言う。例えば米国なら、米国研究メンタリング・ネットワーク(National Research Mentoring Network)や、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の国立職業・研究倫理研究所(National Center for Professional & Research Ethics)のリーダーシップに関する論文のコレクションがある。

「機関は、研究室主宰者のための効果的なリソースの提供と、若手研究者を専門家として成長させることに、もっと力を入れる必要があります」と彼女は言う。「自分たちが提供する研究環境に責任を持たなければなりません」。

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8 | : 10.1038/ndigest.2018.180818

原文:Nature (2018-05-16) | : 10.1038/d41586-018-05143-8 | go.nature.com/2MpdfY3を参照されたい

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