前回、"とりあえずコンプライ"した原則を"あとからエクスプレイン"することは、コードの趣旨・精神を踏まえたベストプラクティス(他が模範とするような優れた実務)ではないかと述べた。
とはいえ、一旦「できている」と公表したものを「やはりできていなかった」と訂正するのである。実務家からすると、そんなことをして本当に大丈夫なのかという疑問が湧くだろう。
そこで、筆者から念のためコードを所管する東証へ確認を試みた。ガバナンスの向上に取組む中で、"あとからエクスプレイン"へ変更あるいは改善することは上場規程にも抵触しないという結論である。
【東証コメント】
「コーポレートガバナンス・コードはプリンシプルベース・アプローチを採用しており、コードの解釈(いかなる状態をもってコードの各原則を実施している状態/実施していない状態にあると判断するか)については、一義的には株主等のステークホルダーに対する説明責任等を負う上場会社に委ねられています(コーポレートガバナンス・コード「原案」序文10参照)。」
「したがって、各社がコードの各原則の実施状況に係る検討の深度に応じてComplyからExplainに変更するといった事態も当然に想定されるところです。」
「コードに定められた施策を行うよりも、もっと自社に適した施策があればComplyからExplainに「改善」することもありえますし、会社の置かれた状況の変化によりComplyからExplainに変わること(例:独立社外取締役が健康上の理由で退任する等)もありうると思われます。
これらは上場規程に抵触しません(言うまでも無く、Explainの開示は必要です)。」
上場各社では、最初にガバナンス報告書を開示して以降、株主・投資家や社外取締役からもたらされるベストプラクティスの事例、他社のエクスプレイン開示やこれらが示すエクスプレインと判断するレベル感など、この1年間で蓄積された知見も少なくないはずである。
これらを踏まえ改めて検討を行った結果、一旦はコンプライとしながらも、十分に実施しているとはいえない原則が浮かび上がる可能性も十分にある。
この場合、"あとからエクスプレイン"を躊躇すべきではない。これこそがコード原則の趣旨・精神に照らして真に適切か否かを判断した結果であるからだ。
また、一旦、コード原則のとおり実施していた施策を、更に自社に適した施策に変更することは、形式的にはコードから外れたとしても実質的なガバナンスの「改善」となるので、このような"あとからエクスプレイン"はむしろ望ましいといえる。
コーポレートガバナンスは手段であり、コードは一つの道具に過ぎない。コードの趣旨・精神を踏まえた上で、コード原則を超えた自社にベストなガバナンス施策を追求すればよいのである。
今後、各社独自の施策の集積から「日本のベストプラクティス」が抽出され、これによってコードが塗り替えられていくことを期待したい。それは「日本的経営」の正当性を裏打ちするものにもなるだろう。
最後に、本稿の執筆に際して、花王株式会社と株式会社東京証券取引所の厚意ある諒解と協力を得たことを記して、厚く謝意を表したい。
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(2016年6月29日「研究員の眼」より転載)
株式会社ニッセイ基礎研究所
金融研究部 主任研究員