メディアプラットフォーム「note」の作り方(前編)

「本の未来」はどこにあるのでしょうか? 新しい個人向けメディアプラットフォームを作った加藤貞顕さんに、角川アスキー総研の遠藤 諭が聞きました。

「本の未来」はどこにあるのでしょうか? サービス開始初日に1万人が登録、現在もクリエイターが次々に参加してさまざまな表現を始めている「note」。単行本のヒットメーカーから定額メディア「cakes」に続いて、この新しい個人向けメディアプラットフォームを作った加藤貞顕さんに、角川アスキー総研の遠藤 諭が聞きました。

■ 橘川幸夫さんのモデルと本の一生

―― 「note」を始めたのはいつからでしたか?

加藤貞顕(以下、加藤) 4月7日なので、2週間たったところですね(インタビューは4月18日)。

―― お話をうかがいたいと思ったきっかけは、橘川幸夫さんという、『ロッキング・オン』や『ポンプ』を創刊して個人と出版について冷静に見てきた人が、noteにすぐに反応されたからです。で、最初は無料で公開し、後から集まってきた人たちには有料で読ませる。そして、一定の数が売れたらあとは無料というモデルを提案されたんですね。

 本の一生ってあるじゃないですか。最初は無料でもいいから広げたい。でも次は儲けたくて、本が枯れてきたら社会の肥やしになりたいみたいな。そういう、いかにも本の作り手の発想を、noteなら許容しうるという話にピンと来たんです。

 もう1つは、ちょうどアマゾンのKDP(Kindleダイレクト・パブリッシング)が出てきて、Facebookも、実のところは小さい個人の出版の連続みたいなところがあります。そこでは、シェアや「いいね!」がとても機能している。そういった、いま個人が何かを発信したいときに欲しくなる要素を、「これとこれとこれを組み合わせてこうじゃないの?」っていうのがnoteじゃないかと思ったんですね。ということで、noteって何なのかというあたりから。

加藤 noteは、個人向けのメディアプラットフォームです。見た目はちょっとTumblrに似ていて、トークノートはつぶやきに近い感じなんですが、5種類のコンテンツを簡単に投稿することができます。もちろんタダで見せる(公開する)ことができて、フォローでつながり、コメントもできて、「スキ」を付けることもできます。で、noteの特徴は、「ここからは課金されるというライン」を、コンテンツの好きな位置に引けるんです。たとえば、そのラインを一番下に引いたら、実際はすべての内容がタダで読めるから、もはや課金は"投げ銭"として使ってるということになります。

―― チラ見せの調整が自由自在だと。

加藤 いま、試しに「加藤貞顕の企画書」っていうのをやってるんですが、ラインの下の部分にあとから書き足すこともできるので、そういう形で公開しています。500円で売ってるんですけど、いま80人以上売れていて......。

―― いくらになってるの?

加藤  40,000円を超えてますね(4月18日時点)。

――  おー! なんと!

加藤  たいした金額じゃないともいえますが。

―― いや凄いですよ。ちなみに、運営側は手数料をどれくらい取るんですか?

加藤 カード決済手数料5%を引いたあとに、10%いただいています。

―― かつてのドコモのiモードの公式コンテンツくらいですね(手数料9%)。iOSアプリで提供した場合は、Appleが30%抜いたあとになりますね。

加藤 アプリの場合は、そこが頭の痛いところなんですけれどね。そのあたりは今後考えます。

――  でも、noteはWebなところがいいわけじゃないんですか? そこが、実はとても重要なところだとも思ってるんだけど。

加藤 そうなんですよ。でも、リーダーのアプリはつくる予定です。便利ですからね。

■ 未来の本はコミュニケーションとマーケティングも一体化する

―― noteをはじめたきっかけは?

加藤  最初のきっかけは、かつてアスキーという出版社にいて、雑誌が瞬く間にインターネットにやられていったときですね(笑)

―― それに関してはわたしは当事者で、なんとか局長という肩書きのときは名刺の裏に雑誌のロゴがズラリと並んでいたのが、いまはPC雑誌の市場全体が非常にシュリンクしてしまいました。

加藤 出版界でもいち早く"そういうことになる"という得難い経験ができまして、なるほど、「インターネット後」はこうなるのかと、よくわかったんですね。

 単行本の編集もやりましたけれど、それも着実に落ちていて。その後電子書籍もやって、Kindleが出る前にアプリで作ったりしていたんです。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』アプリなんかは、17万ダウンロードもされたんですよ。でも、電子書籍は紙の本の置き換えとしてはいいんですが、ここにコンテンツビジネスの未来をかけることはできないなと思ったんです。

―― なぜですか?

加藤 電子書籍っていうのは、デジタルコンテンツとしてはイケてないなと思っているからです。本って、個人がメディア化したものですよね。でも、それがデジタルになるときに、単に本の置き換えとしてやることが果たして良いのだろうかと。

 つまり、デジタルの良さっていうのはインタラクティブでオープンなところなのに、いまの電子書籍はそこがまったく活かされてないんです。僕はそこに不満があって、もっと良いデジタルコンテンツの形があるんじゃないかと思って、まずcakesを始めたんです。

―― cakesは1年半くらい前ですか? 2012年ごろ。

加藤 ええ、cakesは集合的なコンテンツに対して集合的に課金してお金を分配できるしくみで、"雑誌を電子化するとこういう風になるんですよ"と表現してるつもりです。じゃあ、もう一方で書籍を、個人メディアを電子化するとどうなるのかなとやっているのが実はnoteで、僕はnoteを「未来の本」だと思っています。コミュニケーションとマーケティングとクリエイティブの全部が一体化した「場所」こそが、「未来の本」なんじゃないかと思って、このしくみを作ったんです。

―― ああ、そこは面白いですね。従来の本を作る課程では、クリエイティブとマーケティングとコミュニケーションは、本が出版される前の段階にありました。

加藤 多分、今後はそれが渾然一体となっていくんです。電子書籍や本で辛いと思っていたのが、お客さんの情報をコンテンツホルダーやクリエイターが持てないところなんです。だから、毎回毎回、いちからヒットを飛ばさなきゃいけない。

―― Amazonでは、電子書籍になっても出版社には読者が見えません。

加藤 出版社の経営が不安定な原因もそこですよね。毎回、バクチを打ち続けなきゃいけないわけで、こんな大変なことってないですよね。

 その点、ネットでは成功している個人有料メディアが1つあって、それは「有料メルマガ」です。でも「メール」だから、文中にQ&Aを入れたりしてインタラクティブ性を持たせてはいるけれども、オープンじゃない。クローズドメディアなんです。もっとも、お金を取るということはクローズドにしなきゃいけないから、そこは難しいんです。

 でも、cakesで体験したことなんですが、途中にライン(無料/有料の境界線)を入れたりすることで、オープンだけどクローズドな状態を、Webでも作り出すことができるんですよね。そういう形であれば、ウェブに持ってこられるよなぁっていうのが、発想の根本としてありました。実はブロマガがすでにそうなっていて、メルマガとブログの中間をやっているんですが、あくまでもWeb中心でやりたいんです。

―― やはりWebですよね。そもそも、ネットの最大の価値って、"ハイパーテキスト"であることがすごかったわけですよ。Webが登場して"リンク"と"クッキー"がもたらされて、これだけ発展したわけですよね。

 けれども、アプリにはその構造がなくて、とてもクローズです。Webにおける"リンク"と"クッキー"に当たるものを、誰がアプリで発明するのかっていうのが、今のネットの最大の関心事であるべきなんですね。で、今それにいちばん近いところにいるのが、実はLINEの"スタンプ"だと思うわけです。直接リンクはしないからメカニズムはまるで違うんだけれど、スタンプがあることで人の行動が変わるわけですね。LINEマンガにおける限定スタンプとかには、バイラル性もあります。

加藤 なるほど。面白いことを考えていますねぇ。

―― とはいえ、"スタンプ"では、"リンク"や"クッキー"ほどには強力にユーザーをひっぱって行ったり、ユーザーに印をつけたりすることはできません。本来、そういう目的のものでもないわけで、だったらWebでやったほうがデジタルの価値を活かせる。たしかに、アプリが抜群に使われる状況にはなっているけれど、Webのほうが正しい部分もあります。

加藤 僕もそう思います。いまアプリ中心なのは、はっきり言ってスマートフォンがまだショボいからです。HTML5の仕様に必要なものは全部揃っているんで、スマートフォンがもっと速くなれば、Webに戻ってくるはずです。

―― HTML5でスーパーマリオブラザーズが動いちゃいますからね。

加藤 現状のコンテンツをネットで表現するなら「データはHTMLで持って、見せるのはアプリ」という形が、最適解じゃないかと思ってます。もっと言うと、「コンテンツがぜんぶWebに載る」っていうのは、ドラッカーの言葉を借りるなら "The future that has already happened"(すでに起こった未来)だと僕は思っているんです。これから全部のコンテンツは、確実にすべてウェブに載る。どう思いますか?

―― 僕はさっき"リンク"と"クッキー"の話をしたんだけど、それが何なのかっていうことを問い正すことが重要で、アプリであろうがWebであろうがいけるプロトコルを誰かが作ったら、逆にWebに縛られる必要もないのかなって思ってます。

加藤 ああ、それは確かにそうかもしれませんね。

―― ましていま、ウェラブルとかインターネット・オブ・シングスみたいな方向があることを考えると、ちょうどネットがいろんなプロトコルを作ってきて、Webもその中の1つでしかないように、もう1つ新しいプロトコルが生まれたら、そこは飛び越えられると思うんですよね。

加藤 そうですね。とりあえず現状にある一番良い方法でやるということですね。そういうものが出てきたら、あっさり乗り換えてもいいと思ってますよ。

■ 2万人のファンがいるのに、食えないのはおかしい!

加藤 出版が20年くらいかけて、インターネットに侵食されてきているわけですよね。あと10年くらいで、ほとんどすべてWeb化すると僕は思ってます。

―― 本はWebになる。Webの素性の良さを考えると、全部行っちゃう可能性はありますね。

加藤 さらに言うと、映像もWeb化するんじゃないかと。

―― ウチで毎年メディアとライフスタイルに関する1万人調査をやっているんですけれども、今年もやはり既存メディアの利用時間やマインドシェアが落ちてきています。それで、まぁこれは20代限定の話なんですが、シェアがどこに流れているかっていうと、男性は75%、女性は78%がスマートフォンを持っていて、その中で女性はコミュニケーションに流れていて、男性はネット動画などのエンタメ系に流れています。

加藤 結局、コンテンツっていうのは、今までは情報をパッケージングして売ってたということで、パッケージ自体に価値があったんですよね。誰でもできるわけではなかったから、できる人たちが特権化されて、だからめちゃくちゃ儲かったわけです。

―― 製造プロセス上、固定化する、版にするってことがブランド的な意味での価値にもなりました。

加藤 でも、それが誰にでも簡単にできるようになったとき、じゃあコンテンツメーカー側は何をすべきか。パッケージングに値段は付かなくなるわけですから、何に本当の価値があるのかっていうのを、まさに今日noteに書いたんですけれど、要するに流通に課金するんじゃなくてコミュニケーションに課金するんじゃないかって思うんです。

 音楽に例えて言うと、ミュージシャンは何がしたいかっていうと、音楽を作ってCDにして儲けたいって気持ちもあるだろうけど、本当は「どうしても伝えなくちゃいけない思いがあって、それを伝えることがしたい」人たちなわけですよね。

 それは本の書き手も一緒で、しかもインターネットで伝えやすくなっている。なのに、お金が儲けられなくなっているっていうのは、おかしな話なんです。問題は、良いことが起きているのに、儲けるための新しい方法がないってことだと思うので、じゃあインターネットでどうしたらいいかっていうと、コミュニケーションの部分にちゃんとお金を発生させるってことなのかなと。

 例えば、noteが始まって3日目に、ミュージシャンの高野寛さんが、無料のサウンドノートを投稿してくださったんです。弾き語りなんですけど。

―― 曲をかける ――

 これって、ファンからしたらすごい価値があることなんです。今後、ミュージシャンや作家は、noteでファンクラブを作れるなって思っているんです。例えば「これ、今日のリハだよ」っていうのを一曲100円で売ったりできる。仮に1万人のファンクラブにそういうことをしたら、普通に1,000曲とか売れると思うんです。

―― うん、うん。

加藤 例えば、2万部の本を売ることができる作家がいたとして、年に2冊出して、半年くらい文芸誌に連載するとして、でもこれだと食えないんです。2万人もファンがいるのに食えないっていうのはおかしいんです。それだけファンがいたら、当然食えていいはずなんです。

―― そういうことも可能になるぞ、と。

加藤 問題はクリエイティビティにはなくて、ネットにおけるマーケティングとディストリビューションの方法がまだ発明されていないことだろうなって。

―― ネットにおいて、軽く融通性も上がる部分そこのはずなのにね。クリエイティブは相変わらずウンウン唸って作るしかないわけですが。

加藤 こんなに楽になってるのに、食えないのはむしろおかしいだろうと。今、表現者は、ブログもやってFacebookもやってTwitterもやって本も出してCDも出してと、相当苦労しているんです。それで「CDを出しました」ってツイートするんですけれど、情報が遠いんですよ。バラバラなことをしなきゃいけない。でもnoteなら「トークノート」っていう機能があって、Twitterなんかとも連携させられるから、ぜんぶワンストップでできるようになるんです。

―― だからこそ、僕は橘川幸夫さんが提案したモデルをきっかけにお話を聞きたいと思ったんです。コンテンツを提供する側の気持ちがそのまま課金モデルになっているっていうのが、いま言っているお話とも重なるのかなと思います。

加藤 そうだと思います。

―― 既存のサービスでは、システム的にそこまで統合できていなかったということですかね?

加藤 noteは、値段を簡単に変えられます。たとえば橘川さんだったら、「スキ」が10個集まるまでは無料で、超えたら有料にされています。でも、逆の使い方をしている人もいて、今日見たい人は100円で、明日以降は無料というのもあります。作りをシンプルにしているから、いろんな使われ方がすでに生まれています。

 岡田育さん(編集者)のやり方も面白くて、わたしの原稿を読みたい人は500円払ってください、というので始まって、買ったあとも原稿がどんどん書き足されていくんです。そして、ある段階からは800円になる。でも、初めから500円で読んでいる人には、追加料金はないんです。

―― なるほど。いろいろできるのは新しいですね。

■「めちゃくちゃ簡単」っていうのはかなり重要

―― cakesを作ったときに、すでにnoteの構想はあったんですか?

加藤 こういう方向性は考えていたんですよ。cakesを全部オープン化するとnoteになるんです。最初はcakesからnoteへと近づけていくことがしたかったんですけれど、noteはnoteでやりだして、そのうちに融合するっていう感じです。

 noteは「買える」っていうことが非常に新しいので、最初はそれだけに絞ったほうが良いと思っています。その代わり、使い勝手はものすごく簡単にしてあって、テキストノート(ブログにあたるもの)なんかは、エディタで書いて、画像を挿れたりして、公開とするとそれで無料で公開されます。有料にするなら、ペイウォールを表示する場所を決めて、ここ以降は100円とか、極限まで簡単にしています。みんながみんな、そんなにコンピューターに強いわけじゃないし、僕自身ブログがそんなに使いやすいと思ったことがなかったので。

―― Google のBloggerとかも、全然使いやすくないですよね。

加藤 よく言ってるんですが、「オカン」が使えるレベルにしないといけないんと思うんです。画像の投稿も他も全部使いやすくしていて、だから説明も全然入れていません。写真をシェアできるアプリはその前にもたくさんあったのに、「Instagram」が何で良かったかっていうと「むちゃくちゃ簡単にかっこいい写真が撮れてシェアできる」からですよね。

―― 「Pinterest」に至っては、ふだん使っているブラウザのブックマークから"PinIt"を選んだら、ページ内の画像が選びやすくズラリと並んでクリックするだけですからね。しかも、いち早くFacebookへのアクティビティ連携に対応して、使うたびにタイムラインに自動的に掲載されます。そこまでやれているところはなかなかなくて、簡単さだけで成功したといってもいいかもしれません。

加藤 一見、アホみたいな話ですけど、めちゃくちゃ簡単っていうのはかなり重要だと思ってやってます。その他のややこしいことは、いったん外してあります。

後編へ続く

【加藤さんの登壇するセミナーを開催します】

加藤貞顕さん、そしてゲストに橘川幸夫さんをお迎えして、「note」について、出版の未来について語っていただくセミナーを開催します。ぜひご参加ください。

講師:  加藤貞顕(株式会社ピースオブケイク 代表取締役CEO)

ゲスト: 橘川幸夫(デジタルメディア研究所 所長/阿佐ヶ谷アニメストリート商店会長)

日時:  2014年5月20日(火)

     受付開始 18:00/開演 18:30/終了予定 20:30

     東京都千代田区富士見2-13-3

参加費: 5,000円

主催:  株式会社角川アスキー総合研究所

詳細・お申し込み:http://peatix.com/event/36169/

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加藤貞顕(かとうさだあき)

1973年新潟県生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。アスキー、ダイヤモンド社に編集者として勤務。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』など話題作を多数手がける。2011年12月に株式会社ピースオブケイクを設立。2012年9月、デジタルコンテンツ配信プラットフォーム「cakes(ケイクス)」を立ち上げた。 2014年4月、個人向けメディアプラットフォーム「note(ノート)」をリリース。

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遠藤諭(えんどうさとし)

1956年長岡市生まれ。株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。プログラマを経験後、1985年アスキー入社。1991年より『月刊アスキー』編集長、株式会社アスキー取締役などを経て2013年2月より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』、野口悠紀雄氏と協力して「超」整理手帳などをプロデュース。アスキー入社前には"おたく"という言葉を生んだ『東京おとなクラブ』を創刊してコミケで売っていた。

■関連サイト

※本原稿は2013年12月26日ASCII.JP掲載の「ピースオブケイクCEO加藤貞顕さんに聞いてみた/メディアプラットフォーム「note」の作り方(前編)」と同じ内容のものを掲載しています。

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