「経営理念は必要なのだろうか?」
そう考えている方も多いのではないだろうか。実際、「理念で飯が食えるか」と公言されている経営者に会うことも多くある。理念と利益の間には直接的な関係があるよう見えないから、そういう気持ちになるのもわからなくはない。
しかし、だからと言って利益を生むために経営理念は不要なのだろうか。
■経営戦略の源泉
「戦略は組織に従う」という言葉がある。アメリカの経営学者、イゴール・アンゾフの言葉だ。聞いたことがある人も多いだろう。
人材が豊富な大企業であれば、新しい戦略を立てるたびに、それに合わせて組織を組み立てることも可能だろう。しかし、多くの中小企業ではそうはいかない。そのたびごとに組織を再編成できるような人材は抱えてはいないのだ。組織が元から持っている文化や風土、力量に応じた戦略しか立てようがないのだ。自社の状況を無視した経営戦略は机上の空論であり、実行されないまま終わってしまう場合がほとんどだろう。つまり、「内部の経営資源こそが戦略の源泉である」ことになる。
それでは、組織の文化や風土はどこから生まれてくるのだろうか。それは「経営理念」からだと筆者は考えている。
経営理念とは、その企業が何のために社会に存在するのか、存在意義を明文化したものだ。創業者の、創業に込めた想いを言語化したものであることも多いだろう。
こうした「経営理念」を通じて、自社の存在意義を取引先や金融機関、株主などのステークホルダーをはじめ、広く社会に知ってもらう。一方、従業員には、行動や判断の指針として「経営理念」を受けてもらうように努めるだろう。
従業員が本当に、経営理念を指針に業務上の判断を繰り返していけば、その理念は文化・風土として組織に定着していくはずだ。戦略は組織の文化・風土に影響される。そして組織の文化・風土は理念によって醸成される。つまり、戦略は理念に従うのだ。理念に基づかない戦略は、長期的に見れば組織に根づくはずがないのである。
■経営理念はなぜ社員に浸透しないのか
しかし「社員に経営理念が浸透していない」と漏す経営者はあとを絶たない。会社の入口やオフィス内に理念を掲げる、あるいは社員手帳に明記して配っていたとしても、手応えを感じられないとの話はよく聞く。では、どうすれば浸透するのだろうか。
朝礼で「経営理念」を唱和するのはよく見かける風景である。毎日続けていれば、いつの間にか理解が深まる場合もあるだろう。また、経営者のみならず、管理職も理念を理解・共有し、自分の部下に繰り返し伝えていくのもひとつの方法だろう。
しかしもっと有効な方法は「言行一致」、すなわち、企業は理念に沿った施策を打ち続け、それに沿った行動をした社員を称賛し続けていくことだ考えている。
「三方良し」や「共存共栄」を掲げている企業が、協力会社に対して値下げ要求を繰り返し、自社の利益を確保していたとする。それでは、社内のだれもがその理念を信じようとはしないだろう。逆に、「地元密着」や「地域貢献」をうたっている企業が、地元のお祭りなどの行事に積極的に関与していたならば、社員は「うちの会社は、本当にこうした取り組みをしていく会社なのだ」と実感できる。このような機会を多く持てば、理解は深まる。理念を体現するような全社的なアクションをやり続けることこそが、理念を共有するためには大事なのである。
■差別化の源泉は理念から生まれる
中小企業の経営戦略は、「差別化」戦略が基本だといわれる。大型の設備投資に基づく大量生産によってコストを抑える「コストリーダーシップ戦略」は、大企業を前提にた考え方である。中小企業は同じ土俵では闘えない。そうである以上、製品の差別化、市場の差別化が求められるのだ。
本来「企業理念」は、ひとつとして同じものはないはずある。そこに込めた創業者や経営者の想いは、企業ごとそれぞれ違う。同じ言葉を使っていても、地域や時代、環境によって違いが出る。もし全く同じだというならば、別の企業として存続する意味はない。そう考えると、差別化の源泉は「理念」に行き着くのだ。
もちろん、理念だけで差別化された製品やサービスが生まれてくるわけではない。市場分析をはじめとするマーケティングリサーチは必要不可欠だろう。しかし、調査結果に引きずられ、儲かりそうだというだけで実行に移すのは危険である。理念を忘れた施策は、短期的な利益を上げることができても、長い目で見れば、組織を破壊し、企業の衰退を招きかねない。長期的な視点で組織を維持し利益を獲得していくためには、経営戦略を経営理念に従わせることが必要なのだ。
だからこそ「経営戦略は経営理念から生まれる」と言えるのだ。
多くの会社が新年度を迎えたこの時期、いま一度、自らの「理念と戦略」を見直してみてはいかがだろうか。「経営理念は時代に適しているのか?」「経営戦略は経営理念とかけ離れてしまっていないか?」、見直す価値がある事項は多々あるだろう。
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中郡久雄 中小企業診断士 事業承継マネージャー