コンテンツマーケティングが流行っている。記事や動画、写真等を使って読んで面白いコンテンツで商品を宣伝したり、企業のイメージアップ、ブランド価値向上をはかる比較的新しい宣伝・広告の手法だ(狭義の定義)。
上手く行けば多数のアクセスを集めて大きな効果が見込めるが、実際には通常の広告より手間がかかり、難易度も高く多くの企業が失敗している。手間とコストをかけたコンテンツマーケティングのページでイイネやツイートが一ケタという状況は珍しくない。
しかし中には失敗と無縁の企業や個人もいる。それが今回挙げる事例だ。
そして今回の事例にあげる企業や個人は、「デジタルメディア・ビジネスデザイン」をすべからく実行している。デジタルメディア・ビジネスデザインとは、コンテンツマーケティングも含む次のようなビジネスモデルだ。
「ウェブメディアの運営によって得られる広告収入・集客力・知名度(ブランド)を利用して、同業他社より圧倒的に有利な条件でビジネスを展開する経営手法」
先日書いた「KDDIがナタリーを買った理由」では、大手通信会社のKDDIが音楽系サイトとして有名なナタリーを買収した理由を、KDDIが自社のビジネスをウェブメディアでより加速させるため、つまりデジタルメディア・ビジネスデザインを展開するためだと説明した。
ではメディアとビジネスを車の両輪として推し進めるこのビジネスモデルの成功例にはどんなものがあるのだろうか。
■月間1億PV、年間数億円の広告収入を獲得するアップバンク。
iPhone関連の情報サイトとして有名なアップバンク・APPBANKは月に1億3000万PV(ページビュー・表示回数)を超えるお化けサイトだ(2014年5月時点)。iPhoneやiPadの情報を検索しているとかなりの確率でアップバンクにたどり着く。知らぬ間に見ている人も少なく無いだろう。
2013年8月に開催されたブロガーサミット2013というイベントでは、アップバンク社長の村井氏は従業員の数について社員が60人以上、アルバイト含めると100人を超えると説明している。アップバンクの媒体資料によれば1年前はおおよそ1億PVだったものがiPhone5s・5cの発売以降さらにアクセスが2~3割も増えている。それに合わせてさらに従業員数は増えているかもしれない。そしてアルバイトが多数いる理由はアップバンクストアによるものだ。
アップバンクストアはiPhoneのアクセサリーなどを扱う店舗として、現在6店舗展開している。店舗の場所は新宿・渋谷・池袋・原宿・八重洲・梅田と、いずれも家賃の高い一等地ばかりだ。ブロガーサミット2013の開催当時、開店したばかりだったアップバンクストア新宿店は今後3年で運営費が4億円程度かかるという(家賃敷金礼金等)。このような店舗展開のコストを捻出できるのも広告収入があるからだと村井氏は説明している。広告収入は年間で「数億の後半」、ということなので最低でも月に5000万円程度の広告収入があると思われる。
これは前回の記事でも解説したとおり、広告収入がある事でより大きなリスクを取る事が可能になり、他社よりも有利な事業経営ができる事を意味している。
アップバンクの媒体資料(メディアガイド)2014年7~9月分では携帯ゲーム「クラッシュオブクラン」の事例が紹介されている。総額でなんと2800万円の広告案件だったという。一つのゲームの広告で2800万円も広告料が発生する事は紙の雑誌や新聞でも決して頻繁にある水準では無いだろう。この金額は全国紙の新聞で全面広告が打てる水準だ。
ウェブメディアの広告収入で店舗を作り、圧倒的なアクセスを背景にした知名度によって集客する、という手法はまさにデジタルメディア・ビジネスデザインの成功例といえる(このビジネスモデルの詳細は「KDDIがナタリーを買った理由。」を参照)。
■個人ブログで年間広告売上800万円!
アップバンクの水準はほとんどの企業にとっても到底真似が出来ない雲の上の話になってしまうが、デジタルメディア・ビジネスデザインは個人でも展開が可能だ。シンプルに言えば「ブログで集客」という仕組みになる。
「パブリックキー(Publickey)」というブログがある。運営者の新野淳一氏は独立以前にITメディアというウェブメディアで役員を務めていた、IT系のジャーナリストだ。ブログの内容はエンジニア向けに高度なIT系の情報に特化しており、自分のような素人が読んでも意味が分からない記事も多い。一般向けのアップバンクとは真逆の方向性となる。その分アクセス数は月間40万PVと、個人ブログとして少なくはないが突出して多いわけでもない。
1PVあたり0.1~0.3円が相場と言われるアドネットワーク(グーグルのアドセンス等、読者に最適化した広告が自動で表示される仕組み)の広告収入で考えれば、期待できる広告収入は多くても月に12万円程度で、それだけで食べていくには厳しい水準だ。
しかし新野氏は専門知識や高度な情報をブログで発信する事で自身のブランドを確立し、企業からセミナー・講演等を請け負っているという。過去の経歴から信用度高い事も影響しているが、IT系の各種イベントで基調講演も務めている。エンジニアの勉強会に取材で行くことで人間関係が生まれ、セミナーの依頼やIT系企業から広告出稿につながる事もあるという。
「ブログでメシは食えるか? Publickeyの2013年」という記事によれば、年間の売上は700万円から800万円もあるようだ(2012~2013年の広告売上。講演・セミナー等は含まず)。個人の運営するウェブサイトに大手企業が広告を出す、というのは従来なら考えられなかった事だ。
■250冊の料理本を生み出したレシピブログの社長は「元気玉」を使う。
レシピブログほど書き手が本を出しているサイトは他に無いのではないかと思う。レシピブログに参加するブロガーが出版した料理本・レシピ本の数は、レシピブログを運営するアイランド社長・粟飯原氏によれば過去3年で250冊を超えるという(2013年8月、ブロガーサミットでのコメント)。中にはシリーズで200万部を超えた著者も居るというから驚きだ。
レシピブログは素人からプロの料理人まで、レシピを書いたブログが集まるブログのポータルサイトとして運営されている。参加ブロガーは14000人を超えるが、粟飯原氏によれば人気ランキングで上位50位までに入るとレシピ本の執筆依頼が出版社から来るという。そしてブログにファンが付いているため本も売れる。
ブロガーサミットの主催者で司会を務めたアジャイルメディアネットワーク社長(当時)の徳力氏は「ブログで有名になった人が本を出す事は珍しくないが、今は出版社に行って料理本を出したいと言うと、まずレシピブログで上位に入ってから来てくれという話になる」と語る。
これはブログが音楽業界でいうメジャーデビューのための登竜門、「インディーズ」のような存在になっているということだろう。インディーズで売れたミュージシャンは実績がある分レコード会社から見て安心して売り出す事が出来る。書籍の出版も同じような感覚に違いない。
書き手がブログを書いて多数のアクセスを集めればレシピブログにもアクセスが集まる。CGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア。消費者参加型のメディア、クチコミサイトやSNSなども含まれる)という呼び方もあるが、自分以外のパワーも上手く利用して元気玉のようにウェブメディアを運営するのがレシピブログのビジネスモデルだ。
多数のアクセスが集まる事により、広告収入はもちろん食品メーカーとのタイアップ企画、ブロガーと組んだレシピの開発なども可能になる。そしてランキング上位に入れば本を出せる。メディアとブロガーの双方にとってメリットがある仕組みだ。
■アナログメディア・ビジネスデザイン?
メディアを活用してビジネスを展開する手法の元祖は、ウェブでは無く新聞やテレビだ。これはオールドメディア、あるいはアナログメディア・ビジネスデザインとでも言うべきか。
アナログとかオールドと書くとバカにしているように見えるかもしれないが、大規模にメディアでビジネスを加速させている企業は、現時点ではテレビ局や新聞社だ。
一番分かりやすいのは、テレビ局が自社メディアの圧倒的なリーチによって、協賛する映画やイベント、あるいはテレビドラマなどを番組内でガンガン宣伝をするやり方だ。例えばドラマ放送開始日に主演俳優が朝からずっと情報番組のゲストに出演する、バラエティ番組に出演して番宣をする、イベントの様子を背景にキャスターが天気予報を読む、といったやり方だ。
フジテレビのバラエティ番組「めちゃめちゃイケてるッ!」は、毎年夏休みに開催するお台場のイベントについて、こんなイベントをやりますという紹介だけで一時間の番組を一本作ってしまう(しかもそれが十分面白い)。お金を払ってCMを流している企業からすればズルい!!と言いたくなるような状況だろう。
■誰もが出来るが、誰でも出来ないデジタルメディア・ビジネスデザイン。
自社メディアを利用したビジネス展開は従来ならばテレビ・新聞・雑誌など限られたメディアしか出来なかった。アナログメディアを持つ事はそれ自体に大変なコストがかかるからだ。しかし今では無料ブログでもメディアを作ることは出来てしまう。これがデジタルメディア・ビジネスデザインの凄い所だが、メディア運営のハードルが消えてしまった分、センスの有無で格差は極端に広がる。
成功例をいくつか紹介したが、有名な事例だけでもまだ沢山ある。
コピーライターの糸井重里氏が社長を務める東京糸井重里事務所は、ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)というウェブメディアに付随したネットストアで手帳を販売している。ほぼ日は1日で200万PVを超える日もあるという人気サイトだ。手帳だけではないだろうが、事務所の売上は28億円、利益は3億円の優良企業だという。
ビジネス系の雑誌大手である日経ビジネス・ダイヤモンド・東洋経済・プレジデントは各誌ともオンラインメディアを展開している。いずれのサイトでも自社で出版する書籍を一部要約して、記事の形に直したようなコンテンツを掲載している。それ自体がコンテンツとして楽しめて、なおかつ販売にも結びつくという一粒で二度美味しい内容だ。このような状況において他のウェブメディアを持たない出版社は不利な競争を強いられる。
池田信夫氏が運営する言論プラットフォーム・アゴラは定期的にセミナーや勉強会を開催している。対象となる客層はアゴラの熱心な読者なので、サイト上の宣伝によりコストゼロで集客が可能だ。
ネット生保のライフネット生命は「ライフネットジャーナルオンライン」という自社メディアを先月より開始した。社員ブログやプレスリリース、社長・会長のブログなど、従来はバラバラだった情報発信にオリジナルコンテンツも加えて、集約して提供する形になった。
自社メディアを運営する際にはこれらのサイトを参考にされたい。
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中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長