予算委質疑など

衆・参両院で予算委員会での質疑が終わりましたが、「団扇問題」「懇ろ発言」ばかりがクローズアップされ、いまひとつ盛り上がりに欠けたような印象を受けたのは私だけでしょうか。
時事通信社

石破 茂 です。

昭和39年の東京オリンピックから丁度50年。「あれから半世紀が経ったのか!」、あの時を体感された方はそれぞれの感慨を抱かれていることと思います。

昭和32年生まれの私は鳥取の小学2年生、聖火ランナーが走る県庁近くの沿道で日の丸の小旗を懸命に振ったときのことを鮮明に覚えています。白黒テレビで観た女子バレーや円谷選手が最後にヒートリー選手に抜かれて銅メダルとなった男子マラソン、そして何故か閉会式の場面が妙にカジュアルであったことが強く印象に残っています。

「東京タワー、東海道新幹線、東京五輪」という高度経済成長三点セットは、五十年の時を経て「東京スカイツリー、リニアモーターカー、二度目の東京五輪」に姿を変えましたが、これでは発想的にあまり変わっていないのではないか、との批判は、ある意味当たっているのかも知れません。

日本を取り巻く内外の情勢が全く変わってしまっている今、地方創生をテーマとして国の在り方そのものを見直していくことが必要であり、そうでなければ総理の言う「異次元の取り組み」にはなりません。

国と地方の関係も、「縦割り排除」「バラマキ阻止」などとあれこれ批判はあるものの、それなりにカンファタブルな面も多々あったので連綿と続いてきたような気もしています。

今はまだ総論段階ですのでそれほどの抵抗はありませんが、各論になれば異論続出となることが容易に想像され、こちらも相当の理論を身に着けなければなりませんし、国民世論の後押し無くしてとても成就するものではありません。

衆・参両院で予算委員会での質疑が終わりましたが、「団扇問題」「懇ろ発言」ばかりがクローズアップされ、いまひとつ盛り上がりに欠けたような印象を受けたのは私だけでしょうか。

所謂「地方創生」の具体策については設置された特別委員会で議論されることになるのでしょうし、地方創生法案をこれから審議していただく政府の立場からは、政府部内の調整もあってあまり具体的な発言は出来ませんが、特に野党側から思い切った斬新な提案があればもっとよかったのではないかと思われます。

もともとこのテーマに与野党対立があるとも思えませんし、委員会に於ける闊達な議論を期待しております。

産経新聞の前ソウル支局長が在宅起訴された件を巡り、「言論の自由の弾圧は許せない」といった論評が多くみられます。従軍慰安婦についての韓国最高裁の判決の際にも思ったのですが、民主主義の発展段階にある韓国においては、権力の相互監視機能や権力と言論との関係がいまだによく整理・理解されていないように感じられます。産経記者の在宅起訴というのは明らかに行き過ぎであり、日本政府の立場は既に明らかになっている通りです。

「新聞なき政府か、政府なき新聞かと言われれば私は躊躇なく後者を選ぶ」と述べたのはトーマス・ジェファソンだそうですが(もっとも彼は後に「新聞を読まない人は読む人より真実に近い」とも述べています)、そのような二者択一的な極端な話ではなく、政府であれ報道であれ、強い権力や影響力を持つ立場にある者は、その立場にあるからこそ「報道の自由の保障」を大前提とした上で、すべからく己を顧みる姿勢で事に当たるべきと考えております。

このテーマは、「権力対報道」という図式で語られることが多いのですが、主権者たる国民の視点が加味されてしかるべきです。透明性・公正性を持った政府の情報公開の徹底、政府を選択する国民に対する報道の情報提供のあり方、仮に誤った情報であっても提供そのものはあくまで保障されるべきですが、誤りが明らかとなった場合、その訂正の手法など、「健全な民主主義に健全な報道は欠かせない」ということの持つ意味を、私自身もう一度熟慮したいと思っています。

週末は本日金曜日夕刻に大阪での公明党・伊佐進一衆議院議員の会で挨拶。

11日土曜日は「ウェークアップ!ぶらす」(午前8時・読売テレビ)に出演した後、東京・中野駅前で開かれる「地方創生物産展」開会式に出席。

13日は徳島新聞のシンポジウムに東京から参加する予定です。

連休の方も、連休にも拘らずお仕事の方も、どうかお元気でお過ごしくださいませ。

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