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2018年03月12日 13時39分 JST | 更新 2018年03月12日 13時39分 JST

震災をきっかけにGoogleを辞めた私は今、Rettyで食を通じて人々がHappyになる方法を考えている

食を起点として被災地の人たちの手助けをしながら、新しい世の中づくりをやってみたい。

Retty

私は7歳の頃、父親がコンピュータを買ってきてくれたことから、おもちゃ代わりにしてプログラミングをはじめました。その後、インターネット時代が幕開けする頃、世間的には就職氷河期と呼ばれている時代に私は外資のベンチャー企業に入ってインターネットの開発をやりました。エンジニアとしてのキャリアは30年くらいです。

2009年にGoogleに入社して、モバイル検索やGoogleマップナビなどの開発に携わりました。数億人が使うサービスを提供することができて、エンジニアとしてやりきった思いがあって、この後どうしようか、と考えていてもその答えが見つかっていなかった時期がありました。

そんな時、2011年の東日本大震災が起きました。

3月11日当日、私は東京にいました。長周期地震動で、立っていられないほどの揺れが長時間続いていましたが、流れてくるニュースを見ると、東北ではそれ以上に大変な事態になっていることがわかってきました。

その中で、自分にできることはなんだろう、何とかしなくちゃ、という思いだけはありました。

福島県のいわき市で一人暮らししていた85歳の祖母が避難してきました。私は震災直後からGoogleのクライシスレスポンス(災害対応)チームに入っていたのですが、自宅でリモートワークをしていたから、祖母が隣にいて、不安そうにニュースを見ている姿をいつも見ていました。被災した当事者が身近にいながら、震災対応する日々は、私にとっても衝撃的な経験でした。

祖母は自分に厳しい人です。転んで骨折しても、自分でリハビリをして一人で歩けるようになりましたし、90歳を過ぎた今でも、毎日スクワットをして足腰を鍛えています。

この7年で、祖母もいわき市に戻り、平穏な日常生活を取り戻しつつあります。私が結婚したり、ひ孫が増えたりするなど、祖母にとっても嬉しいことがあったせいか、ずっとふさぎ込むようなことはなくなりましたし、毎年ある程度は癒えているのかなと思います。

自分ができたことといえば、安否情報を確認する「グーグルパーソンファインダー」の開発です。しかしそれでも、自然の猛威の前では、自分は無力なんだと思い知らされました。そこで、Googleを辞めて、震災で傷ついた日本のためにできることは何か、を考え、グローバルで抱える問題の解決に取り組む日本の会社に貢献したいと思い、楽天に入りました。

Googleにいた時に、世界視点で、より良い世の中を作るという発想を持つようになりましたが、震災を経て、たとえばいわき市をどう良くしていくかという社会的視点も持ち合わせるようになりました。その両方の視点をバランス良く持ちながら、今も社会全体がよくなっていく方法を考えているところです。

Retty

私は今、楽天からRettyという食の情報サービスを提供するベンチャーにいます。ベンチャーにいると環境変化や成長のスピードが凄まじく、私にとってこの数年はあっという間でした。世の中全体を見ても、震災に関する記憶の風化が急速に進んでいるかもしれません。

そんな中で私は、被災地の人たち、あるいは被災地の自治体が今どのように考え、復興に向けて何をやりたいのかを知りたいと強く思っています。その上で、食を起点として被災地の人たちの手助けをしながら、新しい世の中づくりをやってみたいですね。

Rettyという会社に入って、食を通じていろんな人と関われるようになってきました。私がこの会社に入ったきっかけも、食の領域で世の中に価値を与えていきたいという動機からでした。ちょうどRettyに入るころに結婚したのですが、両家の顔合わせですき焼きを食べに行きました。すぐに打ち解けてとても楽しい時間を過ごすことができ、僕にとっては食そのものより、大切な人と一緒に食事をすることが大事だと気づきました。そういう人と人が心を通わせる場を、Rettyを通じてもっと増やしていきたいと思っています。

この震災7年という日を節目に、食を軸にした新しい世の中を作るためのスタートラインに立ちたいと思っています。