主にインドネシアのスマトラ島とカリマンタン(ボルネオ島インドネシア領)で、自然の熱帯林を破壊することで製紙原料を調達、そして植林地を拡大してきた製紙メーカーAPP社。その操業が周囲の環境・社会と気候変動問題に及ぼしてきた悪影響は計り知れません。またその事実があるにも関わらず、まるで事実から目をそらそうとするかのような肯定的な情報発信も問題視されてきました。長年続く地域社会との紛争は、2015年2月、ついに3人目の犠牲者を出しました。これによりAPP社に関連する問題に取り組んできた複数のNGOは、この問題が正しく解決するまで同社との協議を見合わせることを表明しました。
30年にわたり続いた熱帯林の破壊
主にインドネシアのスマトラ島で、過去30年にわたり200万ヘクタール以上の熱帯林を、紙の原料調達と、アカシアなどの製紙原料用植林地として利用するために破壊してきた製紙メーカー、APP(アジア・パルプ・アンド・ペーパー)社。
その操業は、森林破壊とそれにともなう野生生物への影響、地域社会との紛争、また、もともと泥炭地と呼ばれる土中に大量の炭素を含む湿地では発育しにくいといわれるアカシアの植林をするために、泥炭地から水を抜き、乾燥させることによる温室効果ガスの大量排出、そして乾燥した泥炭地での火災など、多くの悪影響を引き起こすとして問題視されてきました。
同じくインドネシアで広範囲の自然林を破壊してきた製紙メーカーのAPRIL社とともに、この2社の企業行動は、国内のみならず国際NGOや研究者、グローバル企業など、世界中から注目されてきました。
繰り返されてきた「誓約」
国際的な非難の声が高まる中、2013年2月に、APP社は「森林保護方針」を発表し、自然林の伐採を止め、管理地における保護価値の高さや炭素蓄積量を測るためにアセスメントを実施することを宣言しました。
長年、独立した立場からこの問題に関わってきたWWFインドネシアは、慎重ながらも歓迎の姿勢を示しましたが、同社は、過去に同様の宣言をしては、自ら反故にしてきたことから、この誓約の発表をもって良しとするのではなく、現場において誓約が確実に履行され、変化が確認される必要があること、さらに今回の方針は、200万ヘクタールという広大な自然林を破壊した後に発表されたものであるため、これまでの操業によって生じているさまざまな問題や被害への対応が必要であることを主張してきました。
翌年の2014年、APP社は、自らの誓約の実施状況を、独立した第三者であるレインフォレスト・アライアンスに評価させること、そしてスマトラ島とカリマンタンにて100万ヘクタールの森林再生と保全支援を行なうことも誓約しました。
第三者評価の結果「紛争解決には相当の努力が必要」
そして、多くの関係者が注目する中、レインフォレスト・アライアンスは2015年2月、APP社による誓約の実施状況を調査した第三者評価の結果を発表。
この報告書によって、皆伐を停止するという誓約は保たれているものの、APP社に管理義務のある土地においては、保護価値が高く、炭素蓄積量も多いと特定された場所でさえも、不法占拠者や住民などの部外者による森林破壊と違法行為が続いていることが確認されました。
また、社会紛争の解決については「APP社は、全ての社会紛争をリスト化し、これらに対処するためのプロセスを整えた。しかしその数は膨大で、これらを解決するには相当の努力が必要である」という点が指摘されました。
この報告を受けWWFインドネシアも「APP社は、自らによる皆伐を停止し、伐採許可地内での大規模な調査に着手したが、現場での変化はそれほど大きくない。森林は減少を続け、泥炭地からの排水も続き、社会的な紛争も未解決のままである。法的に保護義務を負う森林でさえも、保護できずにいる」との意見を表明しました。
長期化する地域社会との紛争、そして殺人事件
このレインフォレスト・アライアンスの報告書に先立つ2015年1月には、アメリカのサンフランシスコに本部を持つNGO「レインフォレスト・アクション・ネットワーク」や現地で活動する複数のNGOが、APP社の紛争解決についての進捗を共同で調査し、同社が抱える社会紛争は数百にのぼるうえ、いくつかの地域では、取り組みが著しく遅れているか、もしくは全く着手されていないことを報告しました。
また長年この問題に取組んできた日本のNGO、JATAN(熱帯林行動ネットワーク)も、現地の状況を報告し、多くの問題が未解決であることを指摘しています。
そうした中で、2015年2月、スマトラ島ジャンビ州でAPP社に原料を供給するサプライヤーの警備員が、住民を殺害する事件が発生。犠牲になったのは、WWFと地元のNGOによる森林モニタリングのトレーニングを受けていた23歳の青年でした。
APP社のサプライヤーと地域社会の間で生じている紛争では、2010年と2012年にも同じような状況で2人の村人が犠牲になっています。
今回の事件も、APP社やそのサプライヤーと地域社会との関係改善が、まだ解決したとはいえない状況の表れとも言えます。
事件を受け、WWFインドネシアおよび複数のNGOは、真相が究明され、事件が解決するまで、同社との協議を見合わせると発表しました。
インドネシアの熱帯林破壊と社会紛争に関与する日本企業
インドネシアで起きている一連の問題は、日本とも無関係ではありません。なぜなら日本は、中国についで2番目にインドネシアからの林産物(木材含む)を多く輸入しています。
特にコピー用紙は、日本に流通する全体量の3分の1近くが、APP社とAPRIL社の2社が市場シェアの大部分を占めるインドネシアから輸入されているものです。
WWFジャパンも、2003年頃からWWFインドネシアと連携しながら、現地の情報を日本市場向けに発信し、環境や社会に配慮した責任ある原材料調達を呼びかけるとともに、とりわけ大手の購入企業に対しては、現地視察なども行ないながら、こうした問題に関与する企業からの購入の再考を求めてきました。
一方で、企業をとりまく世界的な流れとしても、「企業の社会的責任(CSR)」の取り組みなどとして、自然資源の持続可能な利用についての議論が活発になるなかで、責任ある調達行動を求める声は徐々に高まり、実際に日本でもいくつかの責任ある購入企業は、そうした企業からの調達を見合わせる対応を取りました。
さらに近年では、紙を販売するのではなく、自らが消費するために購買する企業においてさえも、調達の方針を明示し、自らの使う紙製品がこうした問題に関与するものでないことを確認し避けようする、責任ある消費をする動きも見られます。
「植林木ならば問題ない?」見せかけの環境配慮の陰に
しかしその一方で、アスクル株式会社などのインターネット通信販売、ホームセンターなどの量販店などでは、現在もAPP社やAPRIL社の製品の取り扱いを継続。インドネシアの森林破壊、社会紛争、そして地球規模で生じる気候変動問題に関与する紙の調達と消費者への供給を続けているばかりか、その取扱量は増加傾向にあります。
こうした企業の中には、責任の所在を自らに置かず、生産者や消費者にあるとしたり、独自の環境基準や調達方針を掲げ、その実施をアピールすることで、まるで十分な環境配慮を行っているかのような主張がされることがあります。
また時には「自分たちが利用しているのは、熱帯林原料ではなく植林木だから問題ない」という主張も聞かれます。
これは一見、「環境配慮」に聞こえるかもしれません。しかし、こうした日本企業により「植林木だから」などとして購買が継続されたことが、大量の植林木の需要を生み、結果的にはさらなる植林地確保のための熱帯林破壊と、野生生物や地域の人々の暮らしを脅かす要因となっているとも考えられます。
そして2015年2月、今回の悲惨な事件が起きてしまいました。
WWFは、2015年2月に発表されたAPP社の「森林保護方針」に対する第三者評価によって明らかとなった事実と、ジャンビ州での村民殺人事件を受け、あらためて全ての紙利用者に対し、こうした企業からの調達を行なうには、まず掲げられている誓約や方針が、現場において確実に実施され、変化が確認されなければならならいことを主張します。
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