2015年7月17日と19日の2日間、雑誌「BIOCITY(ビオシティ)」のWWF Edition発刊を記念して、WWF森林セミナーを開催しました。世界でも稀にみる豊かな生物多様性を誇るインドネシアの熱帯林は、紙やパーム油などを生産するためのプランテーション開発のため今も減少・劣化を続けています。日本で流通する多くの日用品や食品に、そうして生産された原料や製品が含まれている一方で、より環境や社会に配慮した「責任ある調達」や「持続可能な利用」への動きもみられます。本セミナーでは、BIOCITYでも取り上げたインドネシアの原料生産現場で続くさまざま問題や先進的な取り組みの事例を紹介し、いかに持続可能な利用を拡大してゆけるかパネルディスカッションで議論を行いました。
特別発言:エシカル消費を普及せよ
東京大学名誉教授 山本良一氏
国内外で長く環境配慮型の社会の構築を推進してきた山本氏より、環境配慮に加えて、人権問題や児童労働などの社会的課題への配慮もあわせて行う「エシカル(倫理的)」な消費の普及についてお話をいただきました。
そしてこのエシカル消費の普及のためには、FSC®(Forest Stewardship Council(R):森林管理協議会)やフェアトレードをはじめとする認証商品を、どのように社会が取り入れていけるのかを考えるべきであると主張しました。
また最近の動きとして2015年5月、消費者庁に「倫理的消費に関する調査研究会」が設置されたことを紹介し、2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックに向けても日本は、最も環境に配慮していたといわれるロンドン大会を越えるような、環境と社会の双方に配慮した社会へと向かうべきとの提起がありました。
講演1:インドネシアの森林破壊と日本との関係
WWFジャパン自然保護室 森林プログラム 古澤千明 / 南明紀子
現在も自然の森の減少が続くインドネシアのスマトラ島では、1985年から約25年間で森林がほぼ半減しています。
森が皆伐された跡地には、製紙原料用の植林地やアブラヤシ農園などが開発されてきました。
開発にともなう野生生物の減少、地域住民との紛争、泥炭地火災、火災や土地転換による温室効果ガスの大量排出などの森林減少によってさまざまな問題が起きていること、特にパーム油の生産に関しては、国立公園や保護区などの法的に守られるべき自然の森でさえも、アブラヤシを植えるために失われ続けていることを報告しました。
長年の森林破壊の結果、スマトラ島では大規模な開発に適した土地の確保が難しくなりつつあります。
その一方で近年、まだ多く自然の森が残っているカリマンタン島(ボルネオ島インドネシア領)では、カリマンタン中を埋め尽くす勢いで新たな開発許可が発行され、森林破壊が進行中です。
そして多くの紙製品やパーム油を輸入する日本がこうした生産現場での問題と決して無関係ではなく、より責任ある調達のためにFSCやRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:持続可能なパーム油のための円卓会議)といった認証制度が活用されるべきと強調しました。
講演2:責任ある原料調達、世界の動向と日本企業
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 足立直樹氏
企業による責任ある原料調達を専門とする足立氏からは、企業活動に欠かせない原材料の安定調達のために日本企業がどう対処すべきか、パーム油を中心にお話をいただきました。
優れた生産性を持つ一方で生産現場では環境や社会面の問題が指摘されるパーム油。最近では、原料の生産現場における問題の責任の所在について、現場の生産企業だけでなく消費者に最も近い最終ブランド企業が注目されるようになっていること、そして影響力ある最終ブランド企業が正しく力を発揮することによって問題の解決に貢献することが、効率的なアプローチと考えられることを紹介しました。
また、EUで発表された2020年までの認証パーム油への全量切り替え目標、海外で盛んに行われているNGOのキャンペーンや国連、海外の法規制などの国際社会の動向を紹介。こうした動きは、パーム油に限ったものではなく、他のさまざまな自然資源に由来する原材料においても同様で、さらに2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、日本企業も無関係ではいられないと発表しました。
講演3:暮らしの中の環境問題 商品の一生を知ろう
公益社団法人日本消費者生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会 理事・環境委員長 大石美奈子氏
消費者側からの環境配慮に取り組む大石氏からは、暮らしの中にある多くの食品や日用品がどのように自分たちの手元に届くのか、その過程が昔と比べて消費者からは見えにくくなっていること、しかもたとえ消費者が環境や社会に配慮された製品を選びたいと思っても、消費者にとってわかりやすい、入手しやすい形での情報が少ないとの指摘がありました。
消費者の意識を高めてゆくには、まずきちんと情報を伝えることが重要で、そうすることでより多くの消費者が環境・社会に配慮した製品を選ぼうとするのではないか。
また、消費者にとって最も簡単に情報を得られる機会は、日々の暮らしの中で手に取る製品であることから、製品を通じて知ってもらうような工夫も必要で、そのためのわかりやすいツールとして認証制度が活用できるとのお話をいただきました。
企業からの報告
持続可能な調達の取り組みについて ~森林資源の持続可能な利用の取り組み事例~
イオン株式会社 グループ環境社会貢献部 部長 金丸治子氏
国内外で18,000以上の店舗を展開する小売企業として、社会の発展と事業の発展を両立させる「サステナブル(持続可能な)経営」の実現にむけての取り組みについて報告いただきました。
2010年に「イオン生物多様性方針」を発表し、事業活動全体において、生態系への影響を把握し、その影響の低減と保全活動を積極的に推進してゆく上で、林産物であればFSC、水産物であればMCS(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)やASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)といった信頼できる認証製品の取り扱いを開始していること、さらに2014年には、「イオン持続可能な資源原則」のもと水産物の調達方針を発表したことを紹介。こうしたさまざまな取り組みは、消費者とともに行い理解を得てゆくことが重要という考えのもと、今後もコミュニケーションを継続してゆくとお話いただきました。
王子ネピアの取り組み ~大切な自然を守る~
王子ネピア株式会社 マーケティング本部 本部長 田代裕貴氏
原料に木を使う製紙メーカーとして、必須である木材を利用することと環境を守ることの両立。しかし完成した紙製品そのものでは、製品の成り立ちについて伝えることが難しく、そんななかでどのように消費者へのコミュニケーションを行っているかを紹介いただきました。
「幅広い年齢層のお客様に、快適な暮らしのお手伝いを」という「nepia Quality」の考えのもと、生活、環境、社会の3つの品質において取り組みを行っていること、特に環境品質については、2011年より主力商品にFSC認証紙を採用、製品パッケージでもFSCラベルが目に留まりやすいような工夫をし、取り組みを紹介する冊子やウェブサイト、店頭での普及・啓発キャンペーンなどを通じて、商品の背景にある現状を伝えるよう取り組み、その一方で、環境に配慮していない製品を敢えて選ぼうとする消費者はいなくとも、認証ラベルの認知度はまだ低いため、今後さらにFSCラベルが認知と理解の向上に活かされるよう期待しているとお話いただきました。
パネルディスカッション:認証制度の普及について
ファシリテーター:株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役 足立直樹氏
パネリスト:
公益社団法人日本消費者生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会 理事・環境委員長 大石美奈子氏
イオン株式会社 グループ環境社会貢献部 部長 金丸治子氏
王子ネピア株式会社 マーケティング本部 本部長 田代裕貴氏
WWFジャパン自然保護室 森林プログラム 古澤千明 / 南明紀子
パネルディスカッションでは、生産者がより責任ある生産と供給を行うのはもちろんのこと、いかにこの取り組みが、最終的に商品を選択する消費者にまで伝えられるかについて焦点が当てられました。
消費者が簡単には原料調達地を把握できない状況で、消費者が製品を選ぶ際に環境や社会に配慮された製品であることを識別できるようにするためには、やはり認証マークが有効であるとの意見がありました。
現状では、認証ラベルのついた製品は少なく、制度の認知度も低いため、たとえラベル付きだったとしても消費者がラベルを理由に選んでいるのではないという課題があります。
ラベルは付いているだけでも意味がありますが、その意図を消費者により深く理解してもらい、その先の「選ぶ」につなげてゆくためには、やはり商品の数を増やしたり、ラベルの意味を伝えるなどの取り組みを積極的に実施していく必要があるのではないかとの議論がありました。
消費者の認知をあげるためには一企業だけが取り組んでも大きな変化に結びつけるのは難しく、多くの企業がより協力して取り組む必要があります。
すでに認証制度への認知が比較的高まっている海外の事例をみた場合も、NGOや一企業が単独でそれを遂げたわけではなく、その国ごとに多くの生産者や販売者と連携してきた歴史があり、今後日本においてもそうした連携ができることを期待したいとの意見もありました。
寄せられた質問
Q:いくつもの認証制度があるが、どう考えればいいか?認証制度だけで問題は解決できるのか?
FSCやRSPOだけではなく様々な認証制度が世界中に存在します。おそらくどの認証制度もより良い生産や持続可能な管理へと向いている点で方向性はどれも同じではないでしょうか。ただし、認証制度を管理する組織のガバナンスや基準などはそれぞれ異なり、一括りにはできないとの認識です。例えば、RSPOの場合、泥炭地の保全など一部で課題を指摘されている部分もあります。認証制度の基準は、ステークホルダーが話し合いながら継続的に改善されていくべきもので、必要に応じて基準をより厳しくしていくことも重要です。その一方で、まず日本国内においてはRSPO認証油への切り替えから始めることが、スタート地点に立つということだと思います。
Q:今後、認証制度を導入する企業が増えることで、認証原材料は不足しないのか?
今すぐ全量を切り替えるとしたら、認証原料が市場の全供給量をまかなえるわけではないでしょう。しかしFSCにしてもRSPOにしても認証面積は世界中で増え続けており、1993年に発足したFSCの認証林面積は2億ヘクタールを超えました。認証原料に限った話ではないでしょうが、供給量を左右する要因の一つは需要の大きさです。より多くの消費者が需要を起こすことで、供給量もさらに増えていくと考えられます。認証原材料の需要が増えることで、認証原材料の供給も増え、バランスが保たれることが期待されます。
Q:インドネシアで開発の許可を出している行政への働きかけはないのか?
WWFジャパンが日本市場への情報発信をする一方で、インドネシア現地ではWWFインドネシアが、現地で行政や企業を含め、多様なステークホルダーへの働きかけを行っています。
持続可能な利用を拡大してゆくために
2日間にわたって開催した本セミナーには、企業の立場からだけではなく多くの一般消費者の方にもご参加いただきました。日本の消費者が日々の生活のなかで選ぶ製品のなかには、森林破壊に関与している商品がある一方で、責任ある調達を行おうとする取り組みは着実に進み、そうした責任ある企業によって供給された製品が消費者の手の届くところでも増えていることは、着実な前進といえるでしょう。
信頼できる認証制度は、生産の現場にプラスの影響をもたらすだけでなく、さらに認証ラベルをつけて製品が流通することにより、消費者がそのラベルの意味を知ってさえいれば積極的に選択することができるという点で、認証制度には利点があるとWWFは考えます。
一方、社会の認知度の低さは深刻な課題です。WWFジャパンは、今後も継続して信頼できる認証制度の普及のため、多様なステークホルダーとの連携を強めていきたいと考えます。