シンガポールやマレーシアで毎年乾季となる5~10月頃に問題となる「煙害(ヘイズ)」と呼ばれる大気汚染。煙害の発生源は、インドネシアのスマトラ島やカリマンタン島で行なわれる野焼きや、それに伴う泥炭火災などです。この主な原因の一つとなっているのは、日本でも日々消費されている紙やパーム油製品の原材料を生産するためのプランテーション開発。エルニーニョの年である2015年の秋、インドネシア国内はもちろん、シンガポールやマレーシアなどの近隣諸国でも健康被害や経済面での大きな損失を引き起こし、世界的に大きく報道されています。
止められない泥炭地の火災
かつては鬱蒼とした熱帯の森に覆われ、スマトラトラやスマトラゾウ、スマトラサイなど多くの絶滅危機種が生息する、インドネシアのスマトラ島。
世界で最も速く森林減少が進む場所と言われたこの島は、1985年からの30年間で半分以上の熱帯林が失われました。
その主な原因は、数年前まで大きな問題となっていた紙の原料を調達するための自然林の大規模皆伐や、今も続くパーム油を生産するためアブラヤシの農園を造成するための森林破壊、そして泥炭地におけるアカシア植林やアブラヤシ農園の開発です。
特にアブラヤシ農園の開発に際し、今もしばしば安価にできる野焼きが違法に行なわれ、これが特に泥炭地において大規模かつ長期化する火災の原因となっています。
地中に炭素を多く含む湿地「泥炭地」は、開発されていない自然の状態では炭素が水に浸っている状態なので燃えません。
しかし、湿地では発育しにくいアカシアやアブラヤシの植林開発のためには水路を造成して排水する必要があります。
そうして、人が乾燥させた泥炭地は燃えやすく、タバコのポイ捨て、落雷など意図的ではないものによっても火災は発生しうるうえ、一度火が付けば地表だけでなく乾燥した泥炭層、つまり地中が燃えるため、消すことが大変難しいのです。
インドネシアでは毎年、乾季に火災が起こりますが、2015年は特にエルニーニョ現象の影響で雨季の始まりが遅れ、大規模なプランテーションが多く開発されているスマトラとボルネオの両島では、非常に深刻な状況となっており、オランウータンなどの野生動物が焼け出され、街中で保護されるといったことも報告されています。
今後もまだ火災は続くことが予想されていますが、2015年10月下旬時点で、東南アジア最悪の煙害が起きたとされる1997年以来最悪の、過去最大の15億トン(CO2換算)以上の温室効果ガスが排出されています。
この値は、2013年の日本の温室効果ガス排出量をも上回る量です。
煙害の発生
毎日多くの場所で火災が発生、継続しており、数千ヵ所の火災地点が観測される日もあります。
こうした火災は、自然の森と野生動物に被害をもたらすだけでなく、地域の社会や経済にも深刻な影響を引き起こしています。
その一例として、インドネシア、シンガポールやマレーシアでも「煙害(ヘイズ)」という大気汚染に毎年悩まされています。
泥炭等が燃えることで主に発生する煙は、人体に有害とされる二酸化硫黄、二酸化窒素、PM2.5などを含む、有毒な煙です。
大気汚染を表す指数として、有害な6物質の濃度をもとに計算される大気汚染指数、PSI値があり、301を超えると「危険」とされていますが、インドネシアの中央カリマンタンでは2,000を超えることもありました。
火災が起きているインドネシアはもちろん、スマトラ島にほど近いシンガポールやクアラルンプールなど大都市でも、酷い時には1カ月以上も太陽が見えないほどの厚いもやが上空を覆うことが知られています。
この煙害は、有害物質による呼吸器・循環器疾患といった人への健康被害を引き起こすだけではありません。大規模な火災が発生しているスマトラ島ジャンビ州では、2か月も空港が閉鎖したり、シンガポールでも航空機が欠航・遅延する、学校が休校になるなど経済活動や人々の生活に多大な影響をもたらし、深刻な国際問題にも発展しています。
毎年繰り返されるこの問題について、政府レベルでの話し合いが行なわれてきましたが、今のところ、有効な解決策に繋がっていないのが現状です。
スマトラ島で多くの植林地を管理するシナルマスグループの製紙メーカー、APP社(以下、SMG/APP社)は、2015 年8月に7,000ヘクタールの植林地で泥炭地を再生させることを世界初の取り組みとして発表しています。
しかし、1980年代から始まったAPP社の操業により200万ヘクタールに及ぶ大規模な自然林が破壊されたこと、また2014年4月に同社が発表した100万ヘクタールの保全・再生目標を考慮すれば、この7,000ヘクタールの再生はその1%に満たず、早急に更に広いエリアでの再生に着手することが望まれます。
WWFインドネシアも参加する森林のモニタリングを行なうNGOの協働プロジェクト「アイズ・オン・ザ・フォレスト」によると、2015年1月1日から10月11日までにスマトラ島全体で観測された信頼度の高い火災地点の39%、また、スマトラの泥炭地で観測された信頼度の高い火災地点の53%がSMG/APP社のサプライヤーの伐採許可地内で観測されたと報告されています。
こうした状況に対して9月中旬にはインドネシア警察が、火災に関する違法行為の容疑で複数の企業の幹部を逮捕。
また9月下旬には、シンガポール政府の環境庁が「越境煙害法」に基づく発表を行ない、そのなかでは、SMG/APP社のサプライヤー4社とAPP社についても言及されていました。
その後、同社の製造したティッシュなどの紙製品が一部のスーパーの棚から取り除かれるなどの事態にも至り、一層大きな注目を集めています。
企業活動と煙害
泥炭地火災を鎮めるため、インドネシア政府は消防活動に軍を出動。また日本やロシアにも消火活動への支援要請を行なうなど、力を入れています。
しかし、もっとも重要なことは、火災の原因となっている野焼きと泥炭地の開発を止めることです。
現在確認されている火災発生地の大半は、合法、または違法に自然林が伐採され、新しくプランテーション開発が起こっている場所や、アカシアやアブラヤシ植林のためすでに泥炭が開発されており、乾いた泥炭地が燃えやすくなっている場所であると指摘されています。
こうしたプランテーションから生産された紙パルプやパーム油といった原材料を調達すれば、そうと知らないまま、泥炭地での火災や煙害に加担することになるでしょう。
日本でも、多くの消費者が毎日、紙製品やパーム油が含まれる石けん、食品を消費しています。
例として、日本に流通するコピー用紙の4枚に1枚はインドネシアで生産されたもの。パーム油もインドネシアからマレーシアを経由して日本へも輸出されているとみられます。
これらの多くが実は、インドネシアでの火災の原因にも繋がっているとしたら、その被害と影響には、消費国としての日本にも責任があるといえます。
そしてこれ以上、森林破壊や煙害、温室効果ガス排出等を引き起こさないためには、生産者だけでなく購入企業も、積極的に「こうした問題に関与しない製品を買いたい」、「泥炭地は再生させるべき」という意思表示をすることが重要だとWWFは考えます。