6月12日、紆余曲折を経たが、シンガポールのセントーサ島で行われた鳴り物入りの世紀のサミットが無事に終わった。結論を言うといつものトランプ劇場、つまり、はじめはビッグマウス(前宣伝はすごい)だが結果は普通でノーサプライズ(中身はしょぼい)ということである。メキシコ国境の壁建設や中国への制裁関税と同じである。
期待値を煽るので、結果、期待に比して中身はしょぼい(トランプ自身はしょぼいと思っていないが)、つまり、2005年の六か国協議に比べて具体性がない、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID(complete, verifiable, irreversible, dismantlement))」や人権問題が盛り込まれなかったなどの点で、この会談の成果に対する評価は、北朝鮮に詳しい国内の専門家を筆頭に否定的に捉える論調が多いように思う。しかし、筆者は決してトランプ氏を評価するものではないが、今回の会談で、初めて核兵器保有国が核の廃絶にコミットしたことは、細かい点はさておくとして、高く評価すべきではないかと考える。リビア方式が引き合いに出されることも多いが、そもそもリビアは核開発計画の段階であり、北朝鮮のように核兵器を保有していたわけではないことは認識しておくべきであろう(参考:https://www.newsweekjapan.jp/amp//suzuki/2018/05/post-12.php)。
実は、会談よりも会談後のトランプ大統領の記者会見がなかなか興味深かった。この記者会見は一時間以上におよび、半分以上は記者からの質問に答える形であったのだが、いくつかの面白い、示唆的なことがあった。
まず、記者会見の冒頭で、定番どおり関係者への謝辞を述べるのだが、その関係者をどう表現するかがなかなか面白い。最初は、当然シンガポールのリー首相である。儀礼的であるが、彼はa friend of mineであると表現した。次が韓国のムン大統領であったが、a friend of mineとは言わなかった(会見の最後の方で韓国の記者の質問に答えたときには、a friend of mineと言い、a fine gentlemanと形容したが)。次が、我らが安倍首相で、a friend of mineで始まりa good manと結んだ。最後が中国の習近平主席だが、special personと前置きし、a terrific person、a friend of mineに続き、 the great leader(この表現は数回使っていた)と形容している。この形容を聞くに、中国がトランプ氏にとって如何に別格であるかということと、安倍首相は、トランプ氏になつく、かわいい子飼いの(頭は悪いが)良い人(愛い奴)であるという認識がわかって面白い。子飼いとして、このサミット前のカナダでのG7においてトランプ氏の唯一の味方となった安倍氏であるので当然a good man(愛い奴)であるのだが。皮肉もあろうが、ムン大統領をa fine gentlemanと形容したのとは対照的である。確かに、安倍氏をa fine gentlemanと表現するとも思えない。この辺りの表現は、日本語の同時通訳では、本論ではないので訳さないので、英語版(https://www.youtube.com/watch?v=RROHeHohNU8)を聞いていただかないとわからないのは残念である。
もうひとつ興味深い点は、不動産屋の一発屋(もし、大組織であるGEのジャック・ウエルチ元会長などをビジネスマンというのであれば、不動産業で倒産を繰りかえしたトランプ氏はビジネスマンではない)としての面目躍如よろしく、dealという言葉の連発である。すでに言われているが、彼の頭の中では政治的交渉も不動産売買や投資の一発dealである。各国間の歴史的経緯や政治・経済の複雑な関係は念頭にない。記者の質問への返答の中で、"My whole life has been a deal."、"I have done great at it."と言い、自分にはdealをするinstinct(動物的勘)があり、そのabilityかtalentがあると豪語している。彼の人生においては、dealが重要であり、大統領になってからでもdealをしているのである。今回もキム労働党委員長がdealを望むので自分が彼とdealしたとはっきりと言っている。ほかの政治家たちはできなかったので、自分がキム委員長とdealしたと豪語している。
実際、今回のサミットでトランプ氏とキム委員長は、双方dealを望んでいたであろうから、両者大満足であろう。サミット前まで、「ちびのロケットマン」、「老いぼれ」など、これでもかと罵りあった両名が満面の笑みで相手を「よいしょ」するわけである。立派な大人である。
そのdealとは、すでに言われているように、アメリカは、北朝鮮のキム政権の存在を容認する。その代わりに、北朝鮮は朝鮮半島の完全非核化(complete denuclearization)を行うということである。今回のdealの肝はこれに尽きる。これ以外は些末である。これによって、北朝鮮のキム政権は、その存在を保障されたわけであり、トランプ氏は、北朝鮮の非核化についての成果(CVIDではないとの批判はあるが、トランプ氏はcomplete denuclearizationとなにが違うと言っている)を得て、11月の中間選挙に向けての票稼ぎができるわけである。経済が比較的に好調である(これがトランプ氏の成果かは疑わしい)以外に就任以来、これと言った成果のないトランプ氏にとっては、キム氏から非核化の発言を引き出したことは確かに歴史的ではあるので、支援者にアピールできるわかりやすい成果である。
話がそれるが、トランプ氏は、支持者のリテラシーに合わせて、何事もわかりやすさを旨としているようだ。今回のサミットを突如中止することを伝えたトランプ氏のキム委員長への書簡の文面はなかなか面白い。アメリカ大統領の公式書簡とは少々思えないのだが(https://jp.reuters.com/article/trump-kim-letter-idJPKCN1IQ09B)(https://www.nytimes.com/2018/05/24/world/asia/read-trumps-letter-to-kim-jong-un.html)、この書簡を公表しているので、トランプ氏は支持者が読むことを念頭に置いているのであろう。
中間選挙を考えると、シリアのような想定外の派手な軍事行動や大風呂敷の経済制裁(EUの様に報復関税を受けるのは目に見えている)では、有利な効果は得られまい。ここで共和党が負けると、トランプ氏はレイムダック状態になるであろうから、これと言った成果のない就任から今までの1年半とあわせ、成果のない4年になる可能性が高い。文句なく史上最低の大統領の烙印を押されるのは間違いなかろう。この意味で北朝鮮は、トランプ氏にとっては良いdeal相手であったのである。事実、不人気なトランプ氏であるが、調査会社であるIPSOSなどが13日に発表した世論調査によると、米市民の51%が米朝首脳会談を含むトランプ大統領の北朝鮮対応を支持したとのことであり、アメリカにおいて一定の評価を得たことは事実であろう(https://mainichi.jp/articles/20180614/k00/00e/030/267000c?fm=mnm)。しかし、よく考えれば、この非核化という話題で51%しか支持を得られないというのも情けない話である。アメリカは、やはり依然分断国家のままであると思われる。
今回のせっかくのdealが言葉だけとなると中間選挙への効果がないので、早々に実行に移されつつある。会談の翌日、朝鮮労働党機関紙・労働新聞は、両首脳は非核化実現をめぐり、「段階別、同時行動原則を順守することが重要」との認識で一致し、トランプ氏は米朝間の対話が進む間は、米韓合同軍事演習を中止する意向を示したと報じられた。つづく14日に米軍は韓国との主要な合同軍事演習を無期限に停止するとしたと報じられている。ここでトランプ氏が商売人であるのは、北朝鮮の非核化のための資金負担は、日本と韓国に宜しくと言ってのけるところである。まあ、非核化で恩恵を受けるのは日本と韓国なのであり、dealをしてやった上に、なんでそのコストまでアメリカが払うのかと言う論法は、米国選挙民に向けては正しいと言えよう。
それでは、突如の中止に始まり、急転直下の会談、そして両国のdealといった今回のサミットをしてトランプ氏はやはり偉大なる策士だという論評もあるが、どうであろうか。おそらくトランプ氏は偉大なる策士ではないであろう。そもそも、北朝鮮が豊渓里の核実験施設の爆破をおこなった直後に会談中止の書簡を送りつけたことは、核実験場爆破に加えて、先に米国人3人も釈放してしまっているキム委員長を出し抜いたとみる向きもあるが、普通に考えて国際的見地からは、核廃棄に向けて行動を起こしている相手に会談中止の書簡を送りつけるのは、評価される行為ではなかろう。
問題は、なぜ突如中止を決めたかである。いろいろな論評を読んでいてもっともだと思われるのは、今回の突如の会談中止決定は、ひとえにトランプ氏の面子(トランプ氏にとっては、彼の面子はアメリカの面子)であったのではないかという視点である。おそらく、トランプ氏が中止を決定した時点では、北朝鮮が本当に核実験場の爆破を行うという確信はなく、トランプ氏の杞憂は、北朝鮮が先に会談を中止する可能性ではなかったか。5月7日と8日にキム委員長が習近平主席を訪問して以来、北朝鮮は態度を硬化し、首脳会談の再考を匂わせていた。
ワシントン・ポストが伝えたように、会談中止の判断を後押ししたのは、会談の再考を促した 強硬派のボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)であるようだが、その後すぐに再度会談を行うというメッセージを送ったことを見るに、やはり、トランプ氏の頭をよぎったのは、NBCが伝えたように、北朝鮮に先に席を立たれては、アメリカがこの会談に必死であるかのような印象を与える、つまり、トランプ氏の面子がつぶれるので、その前に先手を打ったということであろう。アメリカは偉大な国家なので、自分が面子を失うのはアメリカの威信にかかわると思っているようである。15日に再び中国への制裁関税を発動すると言い出したのも、今回のサミットで北朝鮮や中国に譲歩したともいわれることに対するトランプ流の強者を装うbluff(はったり)であろう。本当に発動するとトランプ支持層である農民の大反発を受けるのは目に見えており、妥協するしかないはずなのだが、まずは、bluffをかませて強いトランプ像を維持したいのであろう。
この面子問題の傍証となるのが、トランプ氏が、サミットに向けカナダを離れる前、ツイッターにG7主催国カナダのトルドー首相は「極めて不誠実で弱腰」だと投稿したこと、さらに、G7の閉幕時に出された共同コミュニケを承認しないようと米政府代表団に指示をだしたことを受け、トランプ政権のクドロー国家経済会議(NEC)委員長のCNNの報道番組での『今回のサミットを目前に控え、「弱み」を見せないためであった』との趣旨の発言であろう。トランプ支持者にとってトランプ氏は強くてマッチョでなければいけないのである。
支持者の望む大統領像を維持するのは良いが、それは、アメリカ大統領としての資質とは別の問題である。トランプ氏の本質は、自他ともに認める「dealがすべて」なのであるが、現実的でもある。それゆえに、批判もあるが、この歴史的な北朝鮮とのdealが成立したわけである。しかし、後述するが、トランプ氏はこのdealが、地政学的な観点から国際政治の上で何を意味するかは理解していないであろう。dealは、dealごとのシングルイシューであり複雑な国際政治や経済には向かない。国際政治経済でdealを続けるとそのうち破綻し始め、dealは機能しなくなる。そもそも、deal(取引)には失敗がつきものなのである。故にトランプ氏は何度も破産をしているわけである。今のところ、人気取りしか考えていないトランプ氏がdealに使えると思っているのは、巨大なアメリカ市場を盾に取ること(報復を受けて返り血を浴びることになり、グルーバルな金融市場の資金の動き次第では悲惨な結果となる)と軍事力を背景としたあらっぽい軍事行動の脅し(シリアからはミサイルは来ないが、北朝鮮からの可能性はあった)であるが、人気取りのできる領域は、dealをすればするほど現実的にどんどん狭くなるのである。残念ながら、世界はもはや1960年代で止まったトランプ氏とその支持者の頭が考えるほど単純ではない。
さて、最後になるが、今回のトランプ氏とキム委員長とのdealで、本当は誰が一番得をして、誰が一番損をしたかを考えてみたい。今回のdealは、トランプ氏とキム委員長の間でのdealであるから、直接のdealの恩恵を得るのはトランプ氏とキム委員長であるのは間違いない。答えを先に言うと、一番得をしたのは中国であり、次にロシアであろう。損をしたのは、言うまでもなく、日本と韓国であろう。
ここで、キム委員長が得たものは、朝鮮半島での核廃絶の見返りに、現在のキム体制の存続をアメリカに容認させたことである。事実、会談後の共同声明の宣言1にあるように、朝鮮戦争終結と国交正常化への取り組みを間接的に認めている。現在のキム政権にとって、アメリカによる、その体制の容認は非常に重要である。一時期、中国への過激な発言をしたキム委員長であるが、中国が真剣に経済封鎖をし、国境への軍の移動や難民施設の建設を始めたのを見て、掌を返したように、習国家主席詣でを繰り返している。キム委員長が、たとえ核兵器を保有していても、中国とアメリカの考えひとつで現体制の維持は難しいかも知れないという危機感を強めた可能性は高いであろう。
合理的に考えて、キム委員長は、トランプ氏との朝鮮半島での核廃絶合意に先だって、習国家主席から北朝鮮および現体制の維持の確約を取っているであろう。それがあってのトランプ氏との会談での朝鮮半島での完全(complete)非核化と引き換えのキム体制の承認であるはずである。
このことが、地政学的な観点から国際政治の上で持つ意味を考えてみたい。今回のサミットでの合意で明確になったのは、朝鮮半島において、北朝鮮は中国影響圏の国家として存続するということである。他方、韓国はアメリカ影響圏の国家として存続するということである。それゆえに北朝鮮ではなく朝鮮半島の非核化なのである。緩衝地帯に核兵器はいらない。囁かれる在韓米軍の撤退もこの文脈で考えられる。
今回の北朝鮮の核兵器問題の対処にあたって、中国とロシアの第一優先課題は、両国にとってのアメリカ影響圏との緩衝地帯としての北朝鮮の存続であり、非核化は二の次であった。今回のサミットの共同宣言において、現実策としてのジョイント・ヘゲモニーを志向するアメリカと中国の緩衝地帯としての両国影響圏に属する韓国と北朝鮮という構図の固定化を示したわけである。アメリカ同様に自分だけが核兵器を保持したい中国としては北朝鮮の非核化までついてきたのだから上出来であろう。今回の非核化の合意によって、トランプ氏は北朝鮮への経済制裁はすぐには解除しないと言っているが、目的を達した中国はひそかに支援を再開するかもしれない。ロシアは、このアメリカと中国のジョイント・ヘゲモニーと言う構図のなかでのバーゲニング・パワーの強化を期待できるであろう。プーチン大統領は、14日に、早速9月にキム委員長をモスクワに招待している。
一方で損をしたのは、日本と韓国であろう。南北統一の話題は置くとして、韓国は、北朝鮮の核廃棄や経済開発への巨額の支援という重荷を背負うことになる。これは、日本も同じであるが、日本の場合は、加えて北朝鮮との国交回復をすると同時に戦時賠償の問題が浮上する。賠償の必要はないとの議論もあるが、サンフランシスコ平和条約で、連合国に対して、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、賠償を支払うことに日本は合意している。朝鮮半島は日本に併合したのであって連合国ではないので賠償の義務はないと言って、果たして世界を説得できるであろうか。実際、韓国と、日韓基本条約が締結された時には、日本は韓国に対して、事実上の損害賠償を支払っている。しかし、北朝鮮に対して、国交がないので戦後処理が終わっておらず、戦時賠償は解決していない。そして、2002年に小泉首相が、キム委員長の父親である金正日主席と平壌で会談をした後の日朝平壌宣言で、国交正常化を実現することで合意し、「日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明」、「双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施」というくだりがあるので、巨額な賠償を避けて通ることはできないであろう。最近、日朝平壌宣言そのものを否定する論調もあるが、その否定が国際社会で受け入れられるのかをまず考えた方が良かろう。もし、それを否定するとなると、慰安婦問題日韓合意を否定する韓国政府と同じで、韓国政府を非難できなくなるのではないだろうか。いずれにしても、少子超高齢化と経済縮小均衡に直面する中で、財政赤字に苦しみ、改善の方向性は見えないなかで、新たに大きな負担を国民は抱えることになるであろう。
もう一つの想定外の事態は、この原稿執筆中に言われだしたが、日本の原子力発電所から出る使用済み燃料の再処理から生じる核物質であるプルトニウムの問題である。プルトニウムは核兵器への転用のリスクがあり、日本はアメリカの許諾(日米原子力協定)を得て、非核保有国でプルトニウムの保持をしている国である。その量は約47トンに達し、原子爆弾約6千発に相当するとも言われる。核兵器への転用は容易ではないが、かねてより、中国などから「不要の疑念を呼ぶ」と批判されてきていたが、今回の北朝鮮による非核化合意がなされる中で、アメリカも日本だけを特別扱いし続けるわけにもいかず、日本政府に日本が保有するプルトニウムの削減を求めてきている。使用済み核燃料の再利用を日本に認める日米原子力協定は、今年7月の有効期限以降も自動延長されることが確定しているが、7月以降の協定の扱いは、日米どちらかの政府が通告すれば6カ月後に失効するので、アメリカが日本に大きな変更を求める可能性はあろう。平和利用を旗印にしてきた日本の原子力施策は、米国の意向に一層左右されやすくなるであろう。
安倍首相は、内閣支持率の低下の挽回策として、日本国内政治のアジェンダとしての拉致問題を今回のサミットで国際舞台にもちだすことを企図し、わざわざアメリカに行って、トランプ氏に会談で取りあげることを懇願したにもかかわらず、トランプ氏の扱いは、「会談で一応言ったのでは、あとは知らんよ」程度ではなかったか。つまり、自分の飼い犬へのご褒美程度としての言及ではなかったか。日朝会談か、と盛り上がる日本の期待を裏切るように、案の定、北朝鮮は、会談後拉致問題は解決済みという見解を示した。期待と失望に振り回される拉致被害者のご家族には本当に気の毒なことである。
戦後の経済的成功の中で慣れ親しんで来た「日本はアメリカや世界から特別扱いされて当然」という考えは、もはや通用しないと思うべきなのであろう。