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2018年05月28日 12時40分 JST | 更新 2018年05月28日 12時40分 JST

47年ぶりの『吸血姫』  唐組の紅いテント芝居には、人をさらう力がある

見ている人の気持ちをぐっと掴み、非日常の空間へとさらっていく。

目の前でアーティストが汗を流し、身をよじらせ、声を振り絞る。二度と再生できない「今・ここ」だけの時・空間を、好きなアーティストの肉体と一緒にリズムを共振し、体感する幸せ。それはまさしく一回性の至福、特権的な体験です。

CDの売上減少が目立つ昨今。ネットでの有料配信・ダウンロード数は増加しても、CDの落ち込みをカバーするほどには至らず。複製コンテンツに替わって今人気を集めているのがライブです。その市場規模は急拡大し2006年からの10年間で、なんと2倍近くにまで拡大したとか。

そうしたライブの楽しみは、何も「音楽」に限りません。

舞台・演劇に足を運ぶ人も目立つ昨今。そもそも演劇の原点は「芝居」、読んで字の如く「芝の上に座って見る娯楽」です。屋外の土の上で繰り広げられる「芝居」スタイルを、長年追い求めてきたのが唐十郎氏。劇団員が自らの手で土の上に柱を立てて、紅い色のテントを張り、地面にはゴザを敷く。観客たちはその上に膝を抱えて座り、舞台に見入る。

嵐の日も真夏の日も土砂降りの日も極寒の中でも、唐氏の芝居はテント小屋で行われてきました。その唐氏主宰の劇団においても、"ここ数年で10代20代の若い観客、役者の姿がぐんと増えてきた"というのです。

唐組は今、30周年記念公演第一弾として『吸血姫』(演出・久保井研+唐十郎。47年ぶりの再演)のツアーを大阪からスタートさせたところ。

その物語は......幕がパッと開くと、スポットライトを浴びながら白衣姿で歌う銀粉蝶。歌手デビューを夢見る老看護婦の役を、銀粉蝶が取り憑かれたような狂乱ぶりで演じ、観客の心をわし掴みにしていきます。

劇団唐組提供

そして舞台の上には次々に、関東大震災で焼けた町、被災者が眠る上野の森、その先に立ち現れる幻の満州、東洋のマタ・ハリと呼ばれた女スパイ川島芳子......と幻想のように幾重にもイメージが立ち現れ、地層のように折り重なっていく。

まるで禍々(まがまが)しい悪夢を見ているようでもあり、観客の意識は日常と切り離され、幻想空間へと連れ去られます。

5月~6月末まで公演は新宿・花園神社、池袋・鬼子母神、長野市城山公園、静岡駿府城公園(最終日は6月23日)と移動していきますが、もちろん全てが土の上に紅いテントを張って興業される「芝居」そのものです。

戯曲家、演出家であり役者、芥川賞作家でもある唐十郎氏は1964年、「状況劇場」を旗揚げしました。その後集団は「唐組」と形を変えつつも通算50年以上、一貫してテントの野外芝居を続けてきました。本拠地とも呼ぶべき場が東京・新宿、高層ビルやデパートが林立する大都会の真ん中にある花園神社境内です。そう、東京広しといえどもテント芝居を境内で継続して受け入れてきたのは唯一、ここ花園神社だけ。

ご存じのように、「新宿」という町自体が猥雑の極致であり、花園神社の隣にはゴールデン街と歌舞伎町、そして明治通りの向こうには新宿二丁目。境内はまさしく大繁華街の一画。だから、飛び込んでくる騒音も生半可ではない。

サイレン音から宣伝カーのがなりたてるスピーカーまでがテントの中に響く。しかし、その音が邪魔になるかというと、不思議なことに全く逆です。芝居の筋と町の音とが奇妙に重なりあい溶け合って、ライブの緊張感を増幅させ、相乗効果となるから面白い。

まさしく「今・ここ」の一回性のスリル。唐組の芝居は都会に漂う妖気や時代と状況を丸ごと吸い込むライブのパワーを持っているのでしょう。

劇団唐組提供

そして、今回客演をつとめる銀粉蝶は「最後のアングラ女優」の異名をとる存在。昨今は民放ドラマやNHK朝ドラ『梅ちゃん先生』『わろてんか』等にも出演しお茶の間でもその美形が知られていますが、奇しくも、役者になるきっかけが47年前の初演『吸血姫』にあったという。この舞台を観た彼女は強烈な衝撃を受け、芝居の道へと入り込んでいったのだとか。

いや、彼女だけではありません。唐氏のテント芝居に魅了され、いったいどれほど多くの人が心をさらわれてしまったか。

47年前の『吸血姫』初演時のポスターには麿赤兒、大久保鷹、不破万作、田和耶、大月雄二郎、根津甚八、十貫寺梅軒、赤瀬川原平といった名が印刷されています。そう、麿赤兒は当時状況劇場の中心的役者であり、脱退した後は集団による新たな舞踏の世界を拓いて活躍しました。今どきの若者は麿氏の名は知らなくとも、息子の大森南朋の名前はよく知っているかもしれません。

そして、ご存じ、根津甚八。唐氏のテント芝居で活躍した後にテレビへ出て売れっ子となった役者には根津甚八の他に小林薫、佐野史郎ら錚々たるメンツが。

また、ポスターに名前が見える赤瀬川原平は現代アートの騎手として名を轟かせ、後に芥川賞作家(純文学作家としてのペンネームは「尾辻克彦」)に。

一方、世界的演出家とされる蜷川幸雄も、紅いテントの「ゆりかご」で育てられた一人でしょう。唐氏から傑作戯曲『盲導犬』『唐版・滝の白糸』等を書き下ろしてもらった若き蜷川氏は、それを大きなバネとして演出の才能を花開かせていったのでした。

また、女優・吉行和子も唐氏の名作『少女仮面』で少女・貝の役を演じることによって女優としての転機を掴んだのよ、と私に語ってくれました。紅いテントの芝居が排出した才能は数知れず。枚挙にいとまがありません。

舞台に立つ役者は「客をかどわかして連れ去りたいといういたずら心で一杯だ」(『特権的肉体論』)と語っていた唐十郎氏。今は脳挫傷の後遺症で闘病中ですが、今公演ではテントに姿を見せ、カーテンコール時には舞台に上って得意のベルカント唱法で歌のさわりを披露してくれました。

見ている人の気持ちをぐっと掴み、非日常の空間へとさらっていく。強烈な「人さらい」力を持つ紅いテントの芝居。それは同時に、個性派役者を育てる独特な「ゆりかご」であり、今どきの若い人たちをさらっていく、ライブの中のライブなのです。                      

                               (出典「NEWSポストセブン」2018.5.19)