紙の「雑誌ブランド」はまだ死んでいない、米国で雑誌購読者が増える異変が

今年は、信頼できる情報提供がカギとなりそう。

雑誌や新聞のプリント(紙)メディアは読者も広告も減り続けている。雑誌および新聞が提供するコンテンツのニーズは決して減ってはいないのだが、オンラインで提供するようになるにつれ、紙の雑誌や新聞のニーズが萎んでいくのは仕方がないのだろう。

ところが米国では昨年あたりから異変が。紙の雑誌が元気を取り戻しているのだ。3月1日に発行されたThe Hollywood Reporterの最新号も、勢いがはじけていた。エンターテイメント業界紙として評価の高い同誌は、毎年この時期に発行するオスカー特集号を目玉にしている。これまでオスカー特集号の総ページ数は160ページ前後だったのが、昨年が188ページに、そして今年がさらに増ページが進み200ページとなった。総ページの半分が広告ページで埋まり、Gucci, Armani 、Rolexなどの有名ブランドが競って広告を出稿している。編集内容も同誌らしい企画で、オスカーに絡ませて#MeToo(セクハラ告発)や Envelopegate(昨年の作品賞誤発表事件)に焦点を当てて、切り込んでいる。

同誌のサイトTHR.comも元気が良い。米国でのユニークビジター数が2017年には前年比で43%増と急上昇。昨年9月には2350万人に達し、トップクラスのエンターテイメント・ニュースサイトとして雑誌ブランドをバックアップしている。同誌編集ディレクターのBelloni氏も、ブランドを高めることに最も注力していると強調する。

図1 The Hollywood Reporterのオスカー2018特集号の表紙

紙の雑誌からの脱皮、ネット版を加えたオーディエンス増を喧伝しているが・・・

このThe Hollywood Reporterのように、米国の有力雑誌の多くが昨年あたりから、ブランドを武器に勢いづいているのだ。でも少し前まで、ひどい状況から抜け出せそうもなかった。

確かに、雑誌の購読者数や広告売上が落下する一方であった。雑誌社のレイオフは日常茶飯事だし、時には発行部数が100万部を超える雑誌までが広告売上減を理由に突然休刊したり(例えば昨年も、Condé Nast社の女性誌Selfが約150万部を誇っていたプリント版をいきなり休刊させた)、さらにトップ雑誌社のTIMEが身売りされたりと、暗いニュースのオンパレードが続いた。

米雑誌協会(MPA:The Association of Magazine Media)は、加盟雑誌社の各雑誌タイトル別に、販売部数(定期購読数と店頭販売数)や広告ページ数/広告売上高の速報値を定期的に公表していた。だが、リーマンショック以降は雑誌事業の低落する姿を見せつけるだけとなり、弱体化する広告メディアであることを浮き彫りにする結果となっていた。

そこで何とか雑誌産業に明るさをもたらす広報活動をしなければということで、MPAは2014年後半に新たな指標となる「Magazine Media 360°」を導入した(このブログでも紹介)。プリント(紙)版だけではなく雑誌サイトの利用状況も集計し、毎月公表することにした。雑誌メディアの多くがデジタル(ネット)シフトに活路を見出そうしているので、プリント版の利用者①に加えて、次のように②~④のそれぞれの利用者も個別に発表することにした。また利用者をリーダーと呼ばないでオーディエンスと称するようになった。

①プリント版(デジタルレプリカ版も含む):Print+Digital Editions

②ウェブ(デスクトップ/ラップトップ):Web(Desktop/Laptop)

③モバイルウェブ:Mobile Web

④ビデオ:Video

そこで、雑誌ごとにオーディエンス総計(Total 360°=①+②+③+④)を発表し、プリント版のオーディエンスを超える多くの人が雑誌メディアに接していることを訴えた。つまり雑誌メディアが幅広くリーチする有効な広告メディアであることを主張したかったのだろう。また各雑誌名を雑誌タイトルと言わないで、雑誌ブランドと呼ぶようにしたのも興味深い。ただ非常に残念だったのは、雑誌タイトルごとに提示していたプリント版の月間広告ページ数や売上高を一般公開しなくなったことだ。

2014年後半から始まった「Magazine Media 360°」の対象となる雑誌ブランドには、米国の伝統的な有力雑誌の大半が含まれている。最近の2017年12月の集計では、32雑誌社の135雑誌ブランドが参加していた。図2に示すように、2017年12月には135雑誌ブランドのオーディエンス総計(Total)が18億1100万人に達し、年々順調に増え続けている。特に②のMobile Webのオーディエンス、つまりスマホユーザーのオーディエンス増がTotalの底上げに貢献するようになっている。

(ソース:MPA、単位:100万人)

図2 雑誌ブランドのチャンネル別のオーディエンスの推移。オーディエンスの総計(Total)は増え続けている。この1年間でも、2016年12月の17億8600万人から、2017年12月の18億1100万人へとリーチを拡大している。注目すべきは、長期にわたって減り続けていたプリント版オーディエンス数が、2016年12月の9億200万人から2017年12月の9億3200万人へと、久々にプラスに転じたことだ

その総オーディエンス数の雑誌ブランド・ランキング(上位25)を、図3で示す。124誌の雑誌ブランドの中で64誌ブランドが、月間1000万人以上の総オーディエンスを抱えている。また2017年の1年間で、75誌ブランドが総オーディエンス数を増やしてきている。

(ソース:MPA、単位:1000人)

図3 総オーディエンス(Total)数のランキング。Totalでトップ25の雑誌ブランド(左)と、前年比成長率でトップ25の雑誌ブランド(右)

このように総オーディエンスが増えているのだから、雑誌メディアは衰退しているのではなくて、発展しているのだ。米雑誌協会としては、外部に向かってそのように主張しておきたかったのだろう。

ただ総オーディエンスが増えたということだけで、雑誌メディアが復活しているとは言い切れない。かつてのコンシューマ向け雑誌メディア(プリント版)のオーディエンスは、ほとんどが有料読者であったし、接触時間も比較的長く売上に貢献してくれる優良読者であったとも言える。でも新しい指標の総オーディエンス(Total)には、滞留時間が短い無料のネットユーザーが多く加わってきている。1人当たりの売上貢献の低いネットオーディエンスが増えても、雑誌の収益性がなかなか向上しないのが常である。雑誌のプリント広告売上は長期的に低落しており、そのプリント広告売上の減った分を、ネットオーディエンス向けのデジタル広告で穴埋めできていないのが現状である。

実際、図2でも明らかのように米国の雑誌全体の総オーディエンス(Total)は年々上昇し続けていたのだが、雑誌ブランドからは収益悪化を伝える話が相変わらず多い。雑誌ブランドの収益の柱である広告売上についてMPAが全く公開しなくなったことが、雑誌産業に対する心配を膨らませることにもなった。そこで外部の調査会社のデータを見ることになる。PwCの調査によると、多くの雑誌ブランドはやはり未だにプリント版(紙の雑誌)に大きく依存せざるえないようだ。米国の雑誌メディアの広告売上高は2016年度に166億ドルとなったが、そのうちの62%がプリント広告に頼っていた。また販売売上の紙依存はもっと大きく、売上の87%がプリント版からであった。

若者を中心に紙の雑誌離れが進んでいるにもかかわらず、雑誌ブランドは収益面でプリント版にまだまだ頼ざる得ないのだ。急落していたプリント版のオーディエンス(図2のPrint+Digital Editions)数も2016年ころには下げ止まりの傾向が見られていても、プリント版雑誌への広告離れが相変わらず進んでいた。ところが驚いたことに、昨年(2017年)あたりから、そのプリント版雑誌に追い風が吹き始めたのだ。

大半の雑誌ブランド、プリント版読者を増やしている

1年少し前から、伝統の新聞や雑誌のコンテンツが急に見直されている。トランプ大統領の出現などで、フェイクニュースなどの信用できない情報が、ソーシャルサイトなどを介して氾濫し始めたからだ。信頼できる情報に飢えた人たちが、どうも伝統の新聞や雑誌コンテンツに飛びつき始めているようだ。

有力な伝統的な雑誌メディアや新聞メディアは、社会面や文化面で大きな影響力を米国民に及ぼしてきており、長く培ってきた伝統メディアのブランドへの信頼はまだ根強く残っている。

新聞コンテンツの場合、速報性が要求されるフロー情報が主となるので、プリントよりもデジタル(ネット)版がサービスの中心となる。NTタイムズに代表される高級新聞の有料デジタル版オーディエンスがトランプ大統領就任前後から爆発的に急増している。一方雑誌コンテンツの場合、月刊や週刊で提供する比較的賞味期間の長い情報が主であるため、かならずしもネット版である必要はない。また米国の伝統的な雑誌(紙)は、宅配の定期購読者が多いのが特徴である。時間をかけて企画し熟成されコンテンツを読みやすくレイアウトした紙の雑誌メディアに対し、信頼を寄せる人はもともと多かったが、ここにきて新たに見直されてきているのだ。

図2に示した、雑誌メディアのチャンネル別オーディエンス数の推移でも、プリント版(Print+Digital Editions)オーディエンス数が2016年12月の9億200万人から2017年12月の9億3200万人へと、久々にプラスに転じている。MPAの調査によると、昨年は124誌のうち91誌もの多くの雑誌ブランドで、プリント版のオーディエンス数が増えたというから凄い。プリント版のオーディエンス数にはデジタルのレプリカ版(PDF版など)のオーディエンスも含まれるが、重要なのはいずれも紙向けに制作された雑誌コンテンツの読者ということだ。

そこで、日本でも良く知られている6誌の雑誌ブランドについて、プリント版オーディエンス数の推移を見てみよう。図4に示すように、Sports Illustratedを除く5ブランドで、この1年間(2017年)で増えている。有力誌ともなると、Cosmopolitanが178万人、Peopleが416万人、Timeが186万人のように未だに多くの読者を抱えている上に、昨年は読者を減らさないで増やしている。プリント版コンテンツが廃れていくという動きを吹っ飛ばす出来事である。他にも、The New Yorkerが前年比17.5%増、The Atlanticが同11.3%増のように、プリント版オーディエンス数が2桁台の高成長を示した雑誌ブランドが相次いだ。優良顧客であるプリント版オーディエンス数が増えることにより、多くの雑誌ブランドが久々に活気づいてきた。

(ソース:MPA、単位:1000人)

図4 有力雑誌ブランドのプリント版オーディエンス数

ソーシャルプラットフォームを活用、プリント版コンテンツを補完して雑誌ブランド力を高める

プリント版コンテンツが見直されてきたからと言っても、プリント版に特化した雑誌メディアに戻ろうとはしていない。雑誌ブランドの紙(プリント版)コンテンツに惹きつけるためにも、オンライン(ネット)での展開がより重要になってきているからだ。速報性やマルチメディア性(動画など)、対話性など、プリント版では提供できなかった類のコンテンツを中心にネットで補完することにより、若い人にもプリント版ブランドの存在を知らしめている。

そこで雑誌ブランドはソーシャルメディアなどを活用して、ネットオーディエンスの確保に競って動いている。幾つかのソーシャルメディアに公式ページや公式アカウントを設け、いいね!数/フォロワー数の獲得に注力してきている。そこで雑誌ブランドのネット上での取り組みを後押しするために、MPAは雑誌ブランド別に代表的なソーシャルメディアにおけるアクティビティー(いいね!数/フォロワー数)を計数し、毎月ランキングを公表している。

以下の図5に、2017年12月のランキングを示す"Social Media Report"の一部を掲げておく。図の左の表で、Facebook、Twitter、 Google+、Instagram、それにPinterestの5サイトにおけるアクティビティー(いいね!数/フォロワー数)総数による雑誌ブランド・ランキング(トップ25)が、右の表でFacebook、Twitter、 Google+、Instagramのそれぞれの雑誌ブランド・ランキング(トップ10)が示されている。

(ソース:ソース:MPA)

図5 ソーシャルメディアのフォロワー数の多い雑誌ブランド(トップ25)。特定SNS(Facebook、Twitter、Instagram)のフォロワー数の多い雑誌ブランド(トップ10)

MPAに入っている雑誌ブランドはもともとプリント版が中核であり、そのプリント版で培ったブランド力を前面にオンライン版にも拡大展開している。オンライン版オーディエンスは、以前はPC Web版が多かったが、いまやモバイルWeb版が主流となり、さらにビデオ版が急増し始めている。オンライン版コンテンツも、紙の雑誌ブランド力を高めるものが多く、結果としてプリント版オーディエンスの新規獲得に貢献している。

伝統雑誌社のほうが伝統新聞社よりも生き延びる?

伝統的な雑誌メディアも新聞メディアも、見直されているといっても厳しい状況は変わらないだろう。明るい展望を開くには、収益の柱となっていた広告売上高の落下を食い止めなければならない。そのためには、プリント版広告で減った分をデジタル広告で補う必要がある。幸い雑誌メディアでは一時的にしろ、プリント版オーディエンス数が上向いたので、プリント版広告売上の落ち込みが少しは鈍りそう。その間にオンラインオーディエンスに向けてのデジタル広告売上を増やしていきたいところだ。

PwCのレポート「Entertainment & Media Outlook」によると、コンシューマ雑誌の広告売上高は2017年の166億ドルから2021年の167億ドルへと、ほぼ同じ売上規模を維持できると予測している。年平均成長率マイナス9.7%で減り続けるプリント広告売上を、同16.7%で増え続けるデジタル広告売上で補っていけると見ているわけだ。2021年における雑誌のデジタル広告売上は99億ドルに達し、プリント広告売上(68億ドル)を大きく上回ると予測している。

(グラフ作成:MarketinCharts.com、データソース:PwC、単位:10億ドル)

図6 米国における広告メディア別の広告市場規模。2017年と2021年(予測)のメディア別に市場規模を示している。2021年の雑誌広告売上は167億ドル(デジタル広告は99億ドル)、同年の新聞広告売上は122億ドル(デジタル広告は54億ドル)と予測されている。

PwCのレポートでは、図6のように米国における広告メディア別の広告市場規模を予測していたが、興味深かったのは雑誌と新聞との比較である。2017年における広告売上高は、コンシューマ雑誌も新聞も167億ドル前後と同じ規模であった。ところが2021年の予測では、雑誌の167億ドルに対し新聞は122億ドルと大きく落ち込んでいる。新聞広告が雑誌広告に大きく差を付けられたのは、新聞のデジタル広告の伸びが雑誌に比べ低いからである。雑誌ブランドはオンラインでも、広告に向いた特定分野をカバーするターゲッティングメディアとして成り立つため、ニュース主体の新聞ブランドに比べデジタル広告を獲得しやすいのだろう。

こう見ていくと、米国の雑誌ブランドのほうが新聞ブランドよりも、しぶとく生き延びるのかもしれない。雑誌メディアについてはレイオフや休刊といった暗いニュースが多かったが、信頼の高い雑誌ブランドに対する期待が高待ってきたこともあって、明るい話も増えてきた。2月末に入ってきたThe Atlanticに関するニュースもそうだ。レイオフが日常化している雑誌業界において、同誌は全従業員の30%増に相当する100人を今後12カ月以内に採用すると発表した。The Atlanticはこの1年間で購読者数を13%も増やし、さらにサイトのビジター数を25%も増やしたという。ワシントン、ハリウッド、ヨーロッパ、それにテクノロジー分野の編集カバーを強化していく方針である。

今年は、信頼できる情報提供がカギとなりそう。

◇参考

(2018年3月14日メディア・パブより転載)

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