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2015年02月12日 19時14分 JST | 更新 2015年04月16日 14時38分 JST

「お金が欲しいなら他の仕事がいい」 落選した国会議員が見た政界

昨年末の総選挙では、野党を中心に多くの落選議員も生まれた。そのうちの1人、衆院議員を3期務めた民主党の山内康一さんに政界について話を聞いた。

2014年12月の総選挙では自民党が圧勝、その一方で、野党を中心に多くの落選議員も生まれた。選挙から約2カ月が過ぎ、彼らは現在、どういった活動をしているのか。

そのうちの1人、衆院議員を3期務めた民主党の山内康一さん(41)がハフポスト日本版のインタビューに応じた。山内さんは議員生活を振り返り、「お金が欲しいなら他の仕事がいい」と淡々と話した。今は「休眠状態」として次期総選挙を見据えつつ、仕事探しをする日々だ。

山内康一(やまうち・こういち)さん 1973年、福岡県筑紫野市生まれ。国際基督教大学(ICU)卒業後、JICA(国際協力事業団=当時)に入る。その後、NPOピースウィンズ・ジャパンで東ティモールやアフガニスタンなどに派遣される。ロンドン大学で修士課程を修了し、2005年に自民党から衆院選に立候補して初当選した。その後は「みんなの党」に移り、国会対策委員長などを務めた。

――現在はどんな状況ですか。

一つは選挙の後始末です。秘書6人の再就職活動が重要な仕事です。だいたい片付きましたが、再就職を知り合いの社長さんにお願いすることもしました。また、資金関連の後始末が結構大変です。選挙資金の収支報告を選管に出さないといけません。

今は自分1人だけの事務所ですが、維持管理費はかかります。どこかの市会議員みたいに雑用を全部自分でやっています。民主党のイベントがあれば自分だけで出ていきます。

仮に次の衆院選が3、4年後だとすると、それまでずっと何もしないわけにはいきません。仕事をしようかと探しもしています。一個だけアルバイト的に決まったのは北海道大学の非常勤講師で、教えるのは国際協力論です。非常勤講師が大事なのは、お金というよりも一応の肩書があるからです。「無職」よりも「北大非常勤講師」の方がまだ信用があると思われるでしょう。あと、いま考えているのは博士課程に行くことです。

――政治活動しながら、ですか?

北大以外でも、もしかしたら来年度から教えられるかも知れない大学が東京に2校あります。非常勤は安月給ですけど、3つ掛け持ちすればそれなりの収入になる。政治の世界に戻るかどうかはわかりません。仮に戻るとしても、あと4年もあります。

最初の2年くらいは働いて、選挙の1年半くらい前から準備すれば、まあ良いかも知れないと思っています。次の選挙では、実は民主党から公認が確実に出るとは限りません。その後の活動状況や世論調査で勝てそうならばもう1回公認してもらえるんです。公認が決まると政党は月50万とか60万円といった政党助成金を候補者に払わなきゃいけないから、公認を出すのをズルズル引き伸ばすんです。特に野党はお金が厳しいから。

だから2年くらいは、そんなに一生懸命活動をしない期間です。やむを得ません。僕の場合はパトロンがいるわけでもなし、業界団体が支援してくれるわけでもない。どこかの宗教団体ががっちりやるわけじゃないですし。

――12月の総選挙で民主党から立候補した埼玉13区は春日部市が中心です。それまでは縁がなかった場所ですよね。

民主党への入党が決まった(右から)中島克仁、山内康一両衆院議員と握手する海江田万里代表(中央)ら=20日午前、東京・永田町の同党本部 撮影日:2014年11月20日

全然関係がないですよ。僕は福岡県出身で何のしがらみもないし、その代わりに絆もない。だから支援してくれる人が全然いない。厳しい選挙でした。次も厳しくなると思っています。

――「次の選挙では絶対再選します」とか、そういう雰囲気じゃないんですね?

そんなにないですね。根性と気合いだけの活動で、ずっとダメな人を何人も見てきました。政治も一つのアプローチ、手段でしかない。政策に影響を与えられると思ったら、NGOでもメディアでもいいのかもしれない。学者になって素晴らしい理論を打ち立てても政治を変えられるかもしれない。政治家にならなければいけないと硬直的に捉える方が逃げ場がなくなって、ダメなんじゃないかなと思います。

イギリス議会のアマチュアリズムみたいなものが日本にも必要だと思うんです。教育でもいいしジャーナリズムでもいい、何かしら一つ専門性と経験を持った人が集まって初めて国民の代表になると思う。政治の世界しか知らない人ばかり集まっていたら偏るんじゃないかな。

――今は党総支部長ではあるわけですが、4月の統一地方選は忙しくはならないんですか。

うちの選挙区、4市1町あるのに統一選での民主党の公認候補はゼロ。どれだけ民主党が弱いかってことです。それだけ民主党の地盤のない選挙区で地道に活動しても、手がかりや足がかりがないと地盤って固まらない。僕みたいなよそ者が保守的なところで活動しても、あんまり次の選挙に繋がらない。率直に言って。

――10年近く国会議員をやり、昨年末に落選した時は、ショックはなかったんですか?

衆議院本会議に臨むみんなの党の山内康一国会対策委員長(東京・国会) 撮影日:2010年02月18日

いつか落ちるだろうと、いつも思っていました。世襲でもないし、地盤も看板も何もない。一番初めはインターネットのメルマガで公募して当選したくらいです。自民党から出ましたが、民主党のとても強い選挙区(神奈川9区)でした。負け覚悟です。

――でも、小泉チルドレンとして郵政解散の追い風で勝ちました。スカウトされたわけではないんですね。

たまたま(自民党衆院議員)河野太郎さんと親しかったので、彼のメルマガで神奈川県で候補者を公募していることを知りました。面白そうだと思って軽い気持ちで応募しました。

――政治家って、「当選したら世の中を変えてやる」って感じの人が多くないんですか。淡々としていますね。

ええ。722人の国会議員がいて、たった1人で全部変えられるなんて思ってない。自分がその場その場でできることをやることが大事ですよ。一人で俺が世界を変えてやるっていうやつがいたら馬鹿だと思います(笑)。

――2期目は自民からではなく、「みんなの党」から立候補しました。

そう。北関東の比例から出ました。党ができたばかりで政党名も決まってなかった。どうせ(党代表の)渡辺喜美さんが小選挙区で勝つくらいで、あとは比例なんてゼロだよっていうふうに周りから言われていた。でも、運良く通った。

――3回目の選挙は?

本当は栃木5区から出るはずだったんです。(前経産相の) 茂木敏充さんがいて、絶望的に勝ち目のない選挙区でした。そこに家も事務所も借りて準備していたら、その選挙区の民主党議員が離党して、みんなの党に入党した。そのため、僕はその選挙区からは出ず、また比例に回ることになった。それで当選し、ひょっこり生き残った。これは奇跡的な生き残りです(笑)。

――いろいろな奇跡、運が手助けをしたと。

そうです。ほとんど神風みたいな、スロットマシーンでいうと7が3つ並んだくらい。

――3回目に当選した後、2014年に渡辺代表の8億円借入問題が発生しました。どう見ていましたか。

衆院選公示日を迎え、必勝祈願の神事で神職の言葉を聞くみんなの党の渡辺喜美代表(手前右から2人目)右から3人目は比例北関東ブロックから出馬した山内康一氏(4日、栃木県那須塩原市の乃木神社) 撮影日:2012年12月04日

がっかりしました。お金のことは全然知らなかった。また、党内の権力抗争みたいなのが最後の2年くらいは多くてしんどかったのですが、権力闘争の当事者になってしまって恥ずかしかったですね。

――国会議員になって、初めは別世界に入ったっていう感じでもなかった?

それほどでもないと思います。所得で言ったら一部上場企業の役員の方がよっぽど高い。ITや外資系企業だったら20代で2000万くらい稼いでいるやつはごろごろいる。出費も多い。当選1期目は、実家の親に相当出してもらっていました。2期目からようやく黒字というくらいです。

僕は、政治資金パーティーを、9年間現職だった間に1度もやりませんでした。お金集めはほとんどやらず、政党助成金に頼っていた。イギリスって、個人で資金を持ち出しちゃいけないんです。だから誰でも立候補できる。普通の銀行員が土日だけ地元活動やって、選挙の準備をして、落選したらまた元の銀行に戻るみたいなのが普通に許されるわけです。能力とやる気さえあれば誰でも選挙に出られる。親の世襲なんて関係ない。日本もそうなればいいんですが。

――歳費も、結局は選挙に使ったりして、国会議員は儲かる商売ではないですよね。

選挙が強くて後援会がしっかりしていて、政治資金パーティーやっている人達は、文書交通費とかまで含めて全部が遊ぶ金になる。でも僕は文書交通費とかはちゃんと事務所のお金として使っている。自民党の時代は年に130回くらいお通夜に出ていたんです。香典だけで1回5000円として65万はかかる。それから新年会と忘年会合わせて100カ所くらい出る。会費5000円ずつとしても50万くらいはかかる。自民党時代は、毎年地元の市会議員に餅代みたいなのを出していた。お金が欲しかったら、最初から外資系の金融機関なんかをめざした方がいいと思います。

――最後にもう一度、今後のことですが、まだ41歳と若いので、いろんな可能性を考えますよね。

初めて当選したときから、いつかは外相や官房長官をやってみたいと思っていました。それを諦めたわけではありません。ただ、一旦、休眠状態になり、JICAやNGOで国際協力の仕事をもう一回やってみたい気持ちもあります。もし再び政治に戻るとしても、ただ選挙区で地道に汗を流すよりも、途上国で経験を積めば日本と相手国の友好親善にも役立つ。自分のスキルや付加価値を高めることもでき、とてもいい経験になると思っています。

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