「塾のときは、夜ごはんはファーストフードしか食べていないみたいで……」
練馬区の小学校で働いていた栄養士・椎名伸江(しいな・のぶえ)さんに、共働きのお母さんからこんな相談が寄せらせた。この事実に衝撃を受けた椎名さんは、子供たちにお弁当を届けるために、一念発起してFCN株式会社を設立した。
東京都内の塾や学童に、旬の野菜を大切にした手作りのお弁当を届ける事業は、3月に行われたビジネスプランを競う「リアンプロジェクト」で優勝。新しいライフスタイルに添う事業の意味が評価されたという。椎名さんに、会社の取り組みやお弁当へのこだわり、そして食育にかける想いを聞いた。
FCN株式会社の椎名伸江さん
■「共働きで、夜ごはんのお弁当が用意できなくて」
——栄養士をされていたそうですが、なぜ会社を始めることになったのですか?
私は練馬区の小学校の栄養士として5年間働いていて、食育講演とかで保護者の方と関わることもあって、その際に保護者の方から声をかけられたんです。
「私の家は共働きで、夜ごはんのお弁当が用意できなくて。塾行く子供たちは皆お弁当を持っていっているんだけど、うちはお弁当を持たせられないから、お金を持たせているんですね」と。「菓子パンとかファーストフードしか食べていないみたいで……。もうできれば、夜も給食出して欲しいです」とお話しされたんです。
小学校では、試食会とか親子クッキングとかを開いたりして、保護者の方と近い距離にいるように心がけていたんですね。普段は「給食はこんな栄養バランスでこだわって作ってます」ってお話していたのに、夜ごはんの状況を聞いて、愕然としたというか。
——共働きのご両親が、塾に通う子供の夜ごはんを準備するのは大変ですね。
考えてみたら、確かにそうだなって。働くお父さんお母さんは、夜のお弁当を作って置いておくわけにもいかないだろうなと思って。
非常勤で区の栄養士をしながら、ベビーシッターもしていたので、共働きの家庭の現状も見ていたんです。そのベビーシッター先の保護者からも、「娘を日能研に行かせようか迷っている。ただ校舎によっては、お弁当を持ってこられない子供のためにファーストフードを提供できる仕組みがあったりするようだ」と聞いて。
夜ごはんをコンビニで買うのも衝撃でしたけど、塾にファーストフードのお店が届けにくるのも衝撃で。私はずっと給食にこだわってきて、とくに子供たちには和食を食べて欲しいと思ってやってきたので、これは今すぐなんとかしないといけないと。育ち盛りの子供のための夜ごはんを届ける仕組みが、絶対に必要だと思って、学校栄養士を辞めました。
■会社を起業、日能研の社長に直談判
——学校栄養士を辞めて、お弁当を作る会社を立ち上げたんですね。
2012年に保護者の声を聞いて、2013年4月に学校栄養士を辞めました。給食は、私がいなくても栄養士さんが来て、ずっと続いていくのはわかっていました。でも、子供の夜ごはんがコンビニ食というのは嫌だったので。それで、すぐに日能研の社長に直談判しに行ったんです。
いろんな人に、日能研の知り合いはいませんか? と聞いていたら、社長を知っている人が現れて。それで無理矢理、時間をとってもらったんです。
「こういう栄養バランスで、子供にとって体にいいもの安全なものを、お弁当としてお届けするので入れてください」とお話して。まだそのときは会社もないですし、店舗もなかったんですけど、「こんなことを考えてます。もし社長の許可を貰えれば、すぐに動きます」といったら、その場で「いいよ」と。
——その場で、即決。
社長の心意気で「頑張ってやってくれるならいつでもいいよ。準備できたらすぐ教えてね」といって下さったんです。凄く緊張して、お金はどうするんだ、何か事故があったらどうするんだ、と聞かれるのかなとビクビクしていたんですけど、「起こったときに考えましょう」と。でも「これだけいいものを子供に届けたいと思っているんだから頑張ってやってごらん」といっていただいて。すぐに準備に取りかかりました。
7月に社長にお会いできて、8月に物件を見つけて準備して、11月に会社を設立して、それで12月からお届けを始めました。2013年中に、1食でも2食でも子供たちにお弁当を届けられたのが、すごく嬉しかったですね。届けた初日のお弁当箱に、ポストイットで「おいしかった」と書いてあったんです。
■地場食材、旬の食材を大切にした手作りのお弁当
——年齢に応じて500円〜620円で、無添加のお弁当。どうやってメニューを決めているんでしょうか? 大切にしていることは?
メニューは、毎日違う献立。1カ月間、毎日違う献立で、成長期の子供たちにあったバランスと量です。あとは私が、和食の良さを子供たちに伝えていきたいので、和食であること。旬を大事にしていることです。
お弁当は、主食が必ずご飯です。ご飯は、黒米を混ぜたり雑穀を混ぜたり麦を混ぜたりキビを混ぜたりしている雑穀のご飯であること。あと、ご飯には必ずちょっと手作りのふりかけや漬物を、ちょこんと乗せるようにしています。
主菜は2品。お肉と魚のどちらかと卵や豆腐系のどちらかという2つの主菜があって、副菜も2品、煮物と和え物。デザートには大体季節の果物かお団子。昨日は、抹茶団子にきな粉をまぶしたものを入れました。
和の食材が詰まった、ある日の手作りお弁当
――手の込んだ和食ですね。食材は、どうやって仕入れているのでしょうか?
食材は、できるだけ地場のものを使おうと思っているので、練馬区の農家に寄ってきたり、JA青葉という農作物が集まっているところで野菜を買ってきたりしています。お魚は、栄養士時代にお世話になっていた魚屋さんに届けてもらっています。地場でとれないものや旬でないものは、八百屋さんに買いに行ったり配達してもらったり。それ以外の食品は、自分で買ってきて揃えています。
栄養士のときに知り合った信頼できる業者さんに「お弁当屋さん、一緒に手伝ってもらえませんか?」とお願いしたら、業者さんも、子供たちの和食や魚離れを、なんとかしたいと思っていたみたいで、かなり協力してもらっています。お米屋さんとか八百屋さんも、子供が食べることを理解して「じゃあこれがいいよ」といってくれている業者さんなので、安心して任せられますね。
■子供たちに旬の食材を伝えるメッセージカード
——手作りのお弁当、子供に人気のメニューは何でしょうか?
やっぱり子供は唐揚げが好きなので、「唐揚げ、待ってました!」みたいな(笑)。でも、意外に子供がおいしく食べてくれるのは、凍り豆腐。よく凍り豆腐を煮物にしたりミンチにもすりおろして入れたりします。ミキサーにかけてそぼろにしてハンバーグ等に入れたり、味をつけて唐揚げにするんですけど、食感が面白いみたいで「ふわふわがおいしい」っていってくれたりしますね。
「唐揚げ弁当とか食べたいです」とか、たまに感想が届きますけど(笑)。いろんなものを食べて欲しいから、唐揚げは1カ月に1回しか出せないんだよね、と伝えると、子供たちも「ああそうか」とわかってくれますね
——今描かれているメッセージは、お弁当に添えているんですか?
はい。これは日能研の社長にお会いしたときから、絶対にこのメッセージをつけて、子供たちが食べるだけでは終わらないようにしています。これを家に持って帰ったら、保護者の方も安心して任せられると思ってもらえるかなと。これはずっと何食になってもやっていきたいなと思っています。
椎名さんが毎日手描きするメッセージカード
なんで毎日手紙を描くかというと、「今日の旬はこれだよ」と伝えないと、子供たちは食べないで終わっちゃうと思って。春のお弁当にウドを入れるんですけど、多分メッセージが無いと、(食べ慣れてない)ウドを食べないかもしれない。
でも「春を代表する食材で、春の食材のえぐみは、冬眠あけの熊の目を覚ます」とか「春ボケがなくなるよ」とちょっと伝えると、子供は「じゃあ食べてみようかな」って思うんですよね。だから、子供が慣れない旬の食材を使うのと、お手紙をセットにしています。「今日はこれだけは食べてみて」みたいな思いを込めたお弁当は、多分他の業者さんには無いことなのかなと思います。
■椎名さんが、日本の農業を大切にする理由
——和食や旬の食材に関する深い知識をお持ちですが、何か原点があるのでしょうか。栄養士になられたきっかけがあれば教えてください。
もともと母が料理好きで、柏餅を一緒に作ったりおせち料理を作ったり、本当に季節の食を大事にする家庭で育ったのはあると思います。
あとは、元々中学時代から青年海外協力隊になりたいという夢があって、農業で食を支えられたらいいなと思って、大学では農学部に入ったんですね。農業の経験はなかったので、いろんな農業の畑で実習しました。
そのときに長野県野辺山で、レタスやキャベツ、白菜とかたくさんの野菜を育てている農家さんと出会って、「若い人が世界に出るのはいいけど、大学を卒業しただけで、海外に農業を教えに行くって変だど思わない?」といわれたんですね。「日本の農業だって大変な状況だよ。そっちを救った方がいいんじゃない?」と。
——農家の方との出会いがきっかけに。
同時に、出荷調整の廃棄を目の当たりにして「捨てるために収穫する」という矛盾をすごく感じたんです。農業の政策はよくわかっていなかったので、単純に需要がたくさんあればいい話だと思って。旬のものを食べてないから廃棄をしなきゃいけなくなる。じゃあ、旬の時期に旬のものをとことん食べればいい。季節感を大切にする和食だと、旬の食材をたくさん食べることができるので、やっぱり和食って素敵だなと思いました。
それで自分は、とにかく旬のものを多くの人に食べてもらいたいと思って、栄養士になろうと決めたんです。大学には行かなくてもいいやと思って2年で辞めて、短大に行って、栄養士と栄養教諭とフードスペシャリストの資格を取りました。
——旬のものを食べるのは、農業を守ることにつながる、と。
学校の栄養士になって、子供たちに献立を立てさせたりしても野菜が少なくて。「じゃあ、野菜が足りないから何か足したらどう?」っていうと、みんな「サラダ」と書くんですよ。みんな、レタスにトマトにキュウリって。
でもレタスは本当に旬で食べられるのは、春とか夏とか、限られた時期だったりするんですね。冬のレタスは凄くエネルギーを使って作り出されているものです。「サラダじゃなくてもいいんだよ。おひたしや煮物でもよくない?」という話をしていたんですけど、やっぱりみんなの考えかたが1年間を通して同じになってきてしまっているのが、すごくもったいないなと思ったんです。
せっかく四季があってこんなに旬のものがあるので、とにかく「旬のものをとことん食べよう」と広げていけば、ちょっとは過剰生産を助けられるんじゃないかという思いで、和食にこだわろうと。私は農業のためになったらいいなという想いで始めました。
——大学を辞めて栄養士に、栄養士を辞めて起業家に。日本の食、農業を守るために、大きな決断をされてきたんですね。
■保護者からの「ありがとう」が励みに
——今、毎日どのくらいのお弁当を作られていますか。
日能研の春期講習のときは、100個近くあります。学童も、一番多いときは150個作っているので、学校が休みのときは250食を作っています。平日は大体30食くらいですね。
子供が学童や日能研に通っている保護者の方には、ホームページからFCNに入会していただいて、メールでやりとりをして必要な日に注文をしてもらいます。施設に直接、お弁当を届けているんですが、「もっと早く出会いたかったです」みたいな感想をいただきますね。お手紙をいただいたり、1年間で100通以上「ありがとうございます」というメールを受け取ったり……。それが本当に、やりがいになって励みになっています。
今は、応援していただいている保護者の方の期待に応えたい。もっともっと子供たちのお弁当を広げていけたらいいなと思っています。
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