「ファンと一個人として関わらないのが大事」 刺傷事件で優月心菜さんが訴えたかったこと

表現活動する女性たちの現場は今、どうなっているのか。

東京都小金井市で5月21日、芸能活動をする私立大学生、冨田真由さん(20)が刃物で刺され重体となった事件の直後、あるツイートが反響を呼んだ。

と、ステージに立つ人とファンの節度ある関係を呼びかける優月心菜(ゆづき・ここな)さんの問いかけだった

Twitterなどのソーシャルメディアでファンと交流するタレントも珍しくなくなったが、ライブ会場の警備などは、一部のメジャーなタレント以外は手薄なのも現状だ。

表現活動する女性たちの現場は今、どうなっているのか。22日午後に優月さんに直接取材をお願いし、25日に話を聞いた。

優月さんは2006年からフリーでアイドル活動を始めた。2012年からは事務所に所属して舞台やネット番組に出演している。漫画を描いてアプリで公開したり、声優として朗読劇などにも出演したりしており、自身を「元々アイドルでしたけど、今は幅広くやっています。タレントに近いのかな」という。

「正直、今は境がなくなっている。アイドルもシンガーソングライターも声優も、一緒にイベントをすることもあります。劇団の俳優さんや、デザフェス(デザインフェスティバル)に作品を出品するクリエーターも含め、ステージに立ってファンと関わり、SNSで交流するすべての人に関わる問題。だからみんなが考えないといけないと思います」と訴える。

――今回の事件をどう思いましたか?

他人事ではありません。ファンと関わる人なら誰でもありえることでした。ステージや芝居を楽しんでもらって、面会や物販(グッズ販売)をする。SNSでファンと交流する機会もある。そこで起こるトラブルが問題だったのかもしれません。

――「警備態勢の問題」を指摘する人もいました。

メジャーなアイドル以外は、手厚い警備を敷ける所なんてほとんどない。小さいライブハウスだと人件費もかかるしスタッフの数だって多くはありません。私はライブハウスでも働いているんですけど、今回の件で、荷物検査を実施しました。今まではやってなかったですけど。予算がない、協力者が少ない人には中々厳しい現場だと思います。

女の子主催のライブですと、女の子しかいないライブも稀にあるので、そういうのは特に怖いですね。終了後にマンツーマンで不審な人物をブロックできるほど、運営の人数も足りていないのが実情です。

メジャーな人と、もう少し知名度の低い人、さらには活動を始めたばかりでほぼ個人でやっている人ではファン層も環境も違うので、そこを混同されている部分があると思うんです。恵まれた環境の人たちは「ファンはみんな善良で、みんなが悪いわけじゃない」とよく言うけど、全部がそうとは限らないと認識してほしいし、状況によっても対応が違うんですよ。

――知名度の高くないアイドルだと、終了後の物販(グッズ販売)などで直接話せる機会も多いし、ファンとの距離は近いですよね。怖いと思うことはありますか。

怖いと思うことは山積みです。たとえば、物販で後ろに人が並んでいるのに30分説教する人がいる。手厚いスタッフがついた環境ならば、引き剥がしてくれますが、個人ではまずないです。助けてくれる回りの人もいないですし。

事務所によって、ファンが終演後にプレゼントをメンバーに直接手渡ししてOKな所と、NGな所があります。それは事務所の認識の違いですが、私、手渡しのプレゼントは怖いと思うんですよ。爆発物がある可能性だってあるじゃないですか。

スタッフが確認してくれたり、危機を感じて受け取り事態を拒否してくれることもあるけど、そういう態勢が取れないこともある。その場合、自分の身は守れない。今回の事件で「プレゼントを送り返したのがまずかった」という意見もあったけど、身を守る一つの手段であると考えています。

――「会いに行けるアイドル」が、一つの転機になった気がします。

接触ビジネスを飲食店のような感覚で「接客業だ」なんて一部で言われ始めましたけど、普通の接客業で、たった1人でたくさんの人を相手にする状況ってほとんどないかと思います。本当は成り立たないことだと感じてます。

メジャーな人たちは、運営スタッフや協力者がついて、プロモーションするからファンがいっぱいついているのであって、そうでない人の場合、個人一人だけで集客する、ファンをつけるのは、どう頑張ったって限界があるんです。でもみんな、それに気づいていないから、「集客頑張って売れたい」と思う。けど、集客だけ頑張ったってつくファンの数も知れている。

スタッフも協力者もなく、一人でやっている人たちは、相談相手も少なく、クレーム処理スタッフもおらず、言われっぱなし。そういう状況は危険だと思います。

――今回の容疑者は、ネット上で尋常でない粘着ぶりだったようです。

ただ、私たちの日常には普通にいます。Twitterでもメンションがガンガンきます。ライブやアイドルに関係ない個人的な話を延々と送ってくる人、返事しないと「なんで僕にだけ返事くれないの? あの人には返したんでしょ? 見てるんでしょ?」と言ってくる人。「なぜ僕だけ特別に見てくれないの」と言ってくる人。また、今回の件で、容疑者のTwitterにほとんど似せたアカウント名で「死ね」と送ってきたり、「あなたが刺されれば面白い」と送ってきたり。私は去年からTwitterで一切リプライしないようにしました。

――被害者は容疑者をブロックしていたと報じられています。ただ、ブロックは逆に相手を刺激することがあります。

そうですね。「ブロックは危険な可能性がある」と教えてくれる人が回りに少ないから、私の回りにもつい簡単にやってしまう人が多いんです。状況を見て機能を使用することが大事だと思います。私は3年前に炎上してしまって、叩いているファンを全部ブロックしたらさらに炎上した。未だに叩かれています。

今はミュートにしています。ただ、返事を全部返している子は、返事を返せないから「無視された」と思うファンもいるかもしれない。私の回りでも危険を分かっている子は、リプ返(返信)を関係者限定にしたり、クリスマス限定にしたりして、何かしら制約をかけている。でないとチャットやメールのようなやりとりになってしまって、ファンとの距離はどんどん縮んでいってしまうし、根本がずれて来ていると思うんですよね。

――でもお客さんあってのお仕事。誤解してしまったファンをむげにはできないのではないでしょうか。

純粋に応援してくれるファンは大事です。が、誤解してマナーを守らなくなってしまった人をファンと呼べるのか、私は疑問に思います。「応援してるんだから」と嫌がらせしてくる人もいるんですから。もはやそれはファンではなく、自称ファンじゃないでしょうか。そういう人には、対策を取る必要があると思います。

たとえば、私のようにリプライを一切返さないことにするとか、誰かに注意をしてもらうとか。男性の方がいいかも知れません。リプライを止めて、最初は批判がたくさん来ました。でも1年続けたら、みんな受け入れてくれました。勇気を出してみんながチャレンジしていかないといけない、少しでも悩んでしまっているなら。変えていく必要があると思います。

■「業界」の問題も指摘

今回の事件と問題の所在はやや異なるが、優月さんはこれまでにもテレビ番組に出演して、「接客」に依存するアイドル業界の問題も訴えてきた。

――ファンにとってライブは、距離の近さが魅力でもあると思うんですが。

交流を目当てに来る人も最近は多いですね。ライブハウスで受け付けをやっていると、ライブ終わってからわざわざ来る人がいるんですよ。本来、ライブって音楽やパフォーマンスを見るためにお金を払って来るものだと思うんです。それが今では、接触や会話を目当てに来る人も多くなった。CDは特典券がつくし、それに付随してアイドルとの接触ができるから買うのかも知れないけど、CDの音楽を聴く人は減っている。買っても聴いてない人もいます。

今は、CDも売れない時代だし、音楽=ライブ=アイドルという文化も衰えていってしまう。本当は業界全体で考えないといけない問題だと思います。

あるアイドルは、特典会の最後にファンの肩をもむサービスもしています。それでも特典券という、お金で買った権利だからまだいい。引き剥がしスタッフもついているし。私はそこまでサービスはしないですけど。本来は接触でなく、表現で魅せる職業だと思っていますので。しかしながら、地下アイドルの現場は、そういうことでお金を取っていない現状があるから、もっと気軽な存在になる。

――そんなことも?

たとえば、接触時間の短いアイドルと長いアイドルが合同でライブをやると、長い方が動員が多いんです。ダンスと歌のクオリティーに関係なく。それでもメジャーなアイドルは30秒や3分といった制限時間を区切ってスタッフがファンを引きはがすからまだいい。地下アイドルになると、30分でも1時間でも喋っていられることもある。それは危険だと思います。

地下アイドルだと、ファン1人、2人の差でライブの収入が変わってきたりもしますけど、あまり1人、2人のファンに頼りすぎないことも大事なのかな。本来、接触はファンサービスの一環で、メインではない。それで動員が稼げないのなら、ステージに立つのをやめるか、ちゃんとした事務所に入るべきだと思っています。規制が緩いからいいといってフリーでやっている人もいますけど、もっと危機感はもった方がいいと思いました。

――ライブに来てくれるのは、大切なお客さんですよね。

直接意見をもらえるのは貴重ですけど、「ちやほやされて楽しい」のとは違う。大切なお客さんでも、ファンに媚びるのは違う。都合のいいファンとして見るのは違うと思っていて。「惚れさせてなんぼ」という人もいますが、結局、ファンと1対1で会話して惚れたんなら、それはもう、アイドルの仕事ではないですよね。

ネット中継や無銭ライブが増えすぎたことも問題で、ファンはアイドルにお金を払うのがばからしいと思ってしまう。「むしろお金を払うオレがエラい」と思ってしまっている状況が出ているのかなと思っています。

――メジャーなアイドルでも、常連のファンと顔見知りになって、特定のファンと目を合わせたり、物販で喋ってみたりということをしていますよね。これも「ファンサービス」なんでしょうか。

それも私は危険だと思っています。たとえば私なら「優月心菜」というステージや、イメージ全体で勝負するものだと思うんです。媚びを売って自分のファンをゲットするという考えってどうなのか。その気にさせてしまうからファンも勘違いする。そうするとライブも見なくなるしアイドルの価値は下がっていきますよね。

――変なファンがついてしまったら、どう対処しますか。

社会のことを知らない若い子がやっているケースも多いので、報告や相談が上手くできず、一方的にクレームを受けて一人で抱え込む人も多い。ファンと一個人として関わらないというの大事だと思います。そもそも、こちらの意識がしっかりしていれば、そういうファンがなかなかつかないと思うんです。私自身、色々経験して、たくさん失敗して、考えた結論です。これから始める人には同じ思いをして欲しくないです。

私のファンの客層も大分変わりました。いい方向に。私は現在、ライブの時に面会をしてないんですが、接触が少なくてもファンになってくれる人はいます。

私達がファンとトラブルを起こさないように原因をなくしていく、努力するのも大事です。ファンとの付き合い方や距離の取り方を考えていく。ファンの方も相手にきつく当たりすぎていないか、近すぎないか、マナーは守れているか、距離感を考えていく必要があるのかもしれないですね。楽しい中にも守らなければならないことは必ずあります。なんでも自由な場所はないです。一度考えてみて欲しいです。

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