ふつうの人が自宅やマンションを観光客に貸し出す「民泊」が人気だ。私も海外旅行にいくときは、ホテルのことを調べるより先に、アメリカ発のネットサービス「Airbnb(エアビーアンドビー)」を使って家を貸してくれる地元の人を探し、寝るところを確保する。
でも、トラブルもあると聞くし、今の旅館業法では、無許可の一般の民家が、繰り返しお金をとってお客さんを泊めることはできない。「違法」であるケースも指摘され、ルール改正も議論されている。日本で根付くのか。Airbnbの国内トップ、日本法人代表取締役の田邉泰之さんに聞いてみた。
——民泊の魅力はどういうところにあるのでしょうか。田邉さんが初めて Airbnb を使ったときはどうでしたか?
2013年の5月か6月だったと思います。日本ではAirbnbが出来ていなく、当時別の外資系企業に勤めていました。ためしに利用したのが、アメリカのサンフランシスコの民家です。
ネットでAirbnbにアクセスして行き先を入力すると、貸し出し中の民家や部屋の写真が見られます。特徴や立地、値段を調べて好きなところに泊まれるんです。出張でホテルに泊まる体験とは全然ちがうんですね。生活臭がしました。
——ホテルとは違いますか。
まず立地ですが、当然、地元の人が住んでいるエリアに泊まります。リビングに座って仕事をしていたら、芝刈り機の音が聞こえてきて、芝生のにおいがする。近所の子どもたちが遊んでいる声が聞こえる。以前アメリカに住んでいたことがあるので、「あ!なつかしいな」と。
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——ただ、知らない人の家には泊まりたくない、という気持ちは、使ったことがない人にはありますよね。
Airbnbのアプリやサイトなどを通して、ホスト(民家の持ち主)の顔写真付きのプロフィールが表示され、さらにメッセージのやり取りができます。
朝起きてお腹がすいたら、ホストに普段行っているところを聞いて、地元の人と同じところに買い物へ行くんです。今までの観光だったら、ガイドブックでサンフランシスコのことを調べて行くのでしょうが。地元のライフスタイルに入り込んでいく、という楽しみ方ですね。
これまで、見知らぬ土地に行くことはエンターテイメントでした。Airbnbの体験は、それに加えて、より地域に入り込む「エンゲージメント性(愛着の深まり)」が高まるのだと感じました。ディープに地元を理解すると、やっぱり1回じゃ足りなくなるんですよね。
この地区とは違う場所を見てみたい、あそこのエリアはまた違うんじゃないか。好奇心に繋がって、また同じ土地に戻ってくる。
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——ふつうの人の家にどんどん観光客が入ってくることでトラブルを心配する人もいます。ゴミだしのルールを守らない人もいるでしょうし、万一火災などの事故が起きたらどうするのでしょうか。
今後、Airbnbのような、ホームシェアリング(民泊)が増えていくことによって課題になると我々も認識しています。ルール作りが必要ですね。まず現状のことをお話すると、2015年に合計約3500万人がAirbnbを使いましたが、緊急を要するトラブルは、ほとんどないんですね。
その上で、私たちは安全安心を確保するための仕組み作りはずっとやっています。たとえば、オンライン上のやり取りでトラブルはないかを見ていますし、宿泊者(ゲスト)とホストがお互いをオンラインで評価出来る仕組みもあります。家に泊まったあとに、感想を報告できるんですね。
難しいのは、カルチャーギャップですね。ホストや地元の方が「ゴミをこう捨ててほしい」と思っても、文化が違ったり、習慣を理解してなかったりして、別の形でゴミを捨ててしまうことがあるかもしれません。
だったら、そのカルチャーをうまく伝えればいい。ホストの方、あるいはAirbnb側から様々なチャネルを使ってコミュニケーションをすることが大事だと思っています。
海外の人に対して、「日本の家屋は、こういうところの壁が薄いので音に気を付けてください」とか「(住宅街なので)午後9時以降は静かにしてくださいね」とか。
それに加えて、近隣の方々が「Airbnb」に対して報告いただくようなオンラインフォームを設けさせてもらっています。
——ふつうの人が自分の車で送り迎えをする「Uber (ウーバー)」もAirbnbと同じような「シェアリングビジネス」と言われていますが、日本ではなかなか広まりません。日本でAirbnbを広めるのは難しいのでは。
Airbnbに限らず、日本ではサービスを広めるとき情報量が必要なのです。私は別の外資系企業で働いたこともありますが、海外から会社の人が来たら、まず本屋さんに連れていくんです。
簡単な携帯アプリやFacebookなどのサービスに関して、使い方のマニュアルの本が、ダーッと並んでいますよね。
海外の人はみんな驚きますね。これだけの情報量があって、初めてサービスを使ってもらえる。今後も、丁寧な説明をしていきます。
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——日本人はテクノロジー好きですが、FacebookやTwitterでも、始めは入門書を片手に使う人も確かに多いですね。
テクノロジーは定義が広い。日本は家電や端末への関心は高いですが、オンラインサービスという意味でのテクノロジーは少し遅れているかもしれません。
たとえば、いま海外の企業は、割と仕事中にチャットツールを立ち上げて、リアルタイムで会話をしています。
遠く離れていても、まるで隣に座ってるかのように、パソコン上のチャットで「今話せる?」と呼びかける。ビデオ動画の通話もすぐ使う。日本はまだface to face(直接会うこと)にこだわっている部分がありますね。
——アメリカの大手紙のニューヨークタイムズが、日本でのAirbnbについて特集していました。Airbnbは手軽に始められるサービスとはいえ、日本のホストは、気を遣う人も多いと思うんです。人を泊めるからにはお茶を出さないといけないのではないか、と接待のように思う人も多そうですが。
日本と韓国は、相手のことを「察する能力」がある、とサンフランシスコの本社の人間も驚いていました。日本人はこうしたサービスを使うことに慎重な部分はあるかもしれませんが、逆にそれは日本人特有の良さだと思っているんです。
たとえば、ある人がシンガポールから来て日本の民家に泊まった。お風呂場にボタンがいくつもあるのも珍しいのですが、なぜか音が鳴ったのでびっくりしてしまった。
それを日本人のホストに問い合わせたら、午前1時半なのにきてくれて、直してくれたらしいのです。そういうサービスのレベルは、日本は非常に高いとおもいますね。
——民泊は、既存のホテルや旅館から仕事を奪うという批判もあります。日本経済にとって良い効果はあるのでしょうか。
宿泊するゲストから支払われる金額のうち手数料を抜いた分は、ホストに渡ります。ですので、まずホストの方々が副収入でお金が入るということと、また、その副収入によってそれを消費しますね。
それと、必ずしも観光地だけでなく、普段だったら外からのお客様が来ないような地域にもゲストが来るという効果もあります。その周辺のコンビニ、カフェ、スーパーなどでの消費も喚起されます。2015年の調査だと5,207億円の経済効果がこれまで日本であったという試算があります。
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——でも、ホテルから見るとイヤな存在ですよね。
実はホテルとAirbnbのユーザーのターゲット層が違んです。目的も違います。たとえばユーザーが「Airbnb」に泊まりに来て、日本に2週間滞在したときに、ずっと「Airbnb」に滞在しているかといいますと、そうではなくて、やっぱり旅館で温泉に入ったりとか、ホテルに泊まったりする人もいるんです。どちらかというと相乗効果も大きいのではないでしょうか。
我々のユーザーさんはすごくヘビーユーザーさんなので、たとえば日本を体験していただいて、好きになってまた来ていただくと。
そうすると観光客のパイも増えると思います。ホテルや旅館の方にもメリットが大きいように、様々なコラボレーションもこれからしていきたいです。
——私は、日本の空いている資産(空き部屋)が活用され、ホストが新しい人と出会ったり、副収入が生まれたりするのは良いことだとおもいます。田邊さんは、ふつうの個人の力を信じて社会が活性化する、という世界観なのですか。
たとえばニューヨークでは、不動産バブルがはじけて、本来だったら家から出ていかないといけなかった人が、空いている部屋を「Airbnb」で貸すことによってローンが払えて、家に残ることが出来たとか。
子供さんたちが家を出て行って寂しくなり、家にこもるようになっちゃったご両親が、ゲストがひんぱんに来ることによって、外部の社会とのコミュニケーションが生まれ、アクティブになってきたというような話もあります。
町レベルでも今まで誰も海外から来る場所ではないのに、誰か一人がリスティング(家を貸し出すお知らせ)をすることで観光客が来る。周りの人たちが驚いて、何が起きているんだということで聞いて初めてこのサービスを知り、みんなで観光客を呼び込む「おもてなし隊」が出来たケースもありました。
個人へのインパクトもありますし、地域へのインパクトもあるっていう意味では非常におもしろいと思います。
■田邉泰之氏のプロフィール
たなべ・やすゆき 1994年に米国の大学を卒業後、ミズノ、マイクロソフト勤務などを経て、2013年にAirbnbのシンガポール法人に入社し、日本法人設立に参加。2014年5月のAirbnb Japan設立と同時に代表取締役に就任。2002年米ジョージタウン大学院経営学修士(MBA)取得。大阪府出身。