MVNO市場が継続的に伸びている。2016年3月末時点では約539万回線だったが、17年3月末には約810万回線に増加(独自サービス型SIMの回線契約数。MM総研調べ)、1年で約1.5倍に伸びた計算だ。そんな中、競争で優位に立つ大手キャリア系企業と別次元での戦いに挑む企業があった。あのLINEだ。(経済ジャーナリスト 夏目幸明)
MVNOの中で異彩を放つLINE
金満の大手傘下企業に勝てるか?
MVNOは総務省の後押しによって誕生した事業と言っていい。携帯キャリア3社の料金は諸外国より高く、特にライトユーザーにとって割高と言われていた。そこで同省は「3社の通信網を借りつつ、ユーザーに安価なプランを提供する」MVNO各社の誕生を促したのだ。
結果、ライトユーザーにとって魅力的な各社が誕生したものの、問題も起きた。大手キャリアの「サブブランド」がシェアを伸ばしているのだ。具体的には、KDDI傘下の「UQ mobile」や、ソフトバンク傘下の「Y!mobile」など、通信網を持っている大手キャリアのグループ会社が、豊富な資金量を活かしてショップの出店攻勢をかけ、CMを大量に投下。新規参入業者からは「競争が不公平ではないか」といった声もあがっている。
そんななか、サブブランドとは別の方法で競争を勝ち抜こうとする企業がある。通信アプリ・LINEの子会社であるLINEモバイルだ。
LINEモバイルの戦い方は、ほかの新規参入業者とどう違うのか。それを説明するために、通信アプリ「LINE」開発時の経緯を少し振り返ってみよう。
LINEの武器は「機敏さ」。例えば11年に同社がLINEをリリースしたときだ。東日本大震災発生時に「電話はつながらないけどネットにはつながる」ことが多々あったため、同社開発陣は「今後、ネットを経由したチャットアプリのニーズは増えるはず」と考え、同年6月に「ただのチャットアプリ」としてLINEをリリースしている。
もちろん「通話機能を付ける」「スタンプ機能を付ける」といった計画は当初からあったが、タイミングを逃したら永久に勝機は来ない。それより「ユーザー数を確保すれば、いつか収益源はみつかる」と考え、速さを重視したのだ。
さらに「機敏」だからこそ、ユーザーと対話しながらアプリを開発できる。例えば、いまや大人気の「スタンプ」も、最初は三十数種類の絵柄でリリースした。人気が出なければやめ、人気になれば拡大していけばいいのだ。そして「スタンプ」の人気化を受け、同社はスタンプの数を増やし「スタンプショップ」のアイデアを得て大きな収益源とした。
当社に「責任論」はなく
「機敏な対処」しかない
開発陣の1人が話す。
「アプリをリリースしたとき『スタンプショップ』は計画にすらありませんでした。私は弊社で3ヵ月以上先のことが書いてある計画表を見たことがありません(笑)。スタンプの絵柄だって、当初は爽やかなイラストを思い描いていましたが、デザイナーがインパクトの強い絵柄を描き、私たちも『面白い!』と感じたため『一旦これで』と決まったものです」
アプリは頻繁にアップデートできるから、例えば自動車や家電製品の開発のように、ロードマップを決めて動く必要はない。それより開発陣が「やってみなきゃわからない」感覚を共有しつつ、すぐリリースし、ユーザーの変化に機敏に対応することのほうが重要なのだ。
これは「誰がいつまでに何をする」と、計画をきっちり立てて進めることが多い日本企業の中では、画期的な考え方だろう。
そしてこの考え方が「LINEモバイル」にも活かされている。同社・嘉戸彩乃社長によれば、16年9月の同サービスローンチも、市場が"#温まった"タイミングだったからだという。
「市場は1人(=1社)で頑張っても動きません。とくにMVNOは、お客様が『どんなメリットがあるのか』『なぜこういう業者があるのか』と理解するまでのハードルが少し高い。だから競合がいて、市場全体が盛り上がっているタイミングで参入しました」
同社のプランの特徴は、LINEがカウントフリー(データ消費がカウントされない)になるプラン、主要SNSもカウントフリーになるプラン、さらに『LINE MUSIC』もカウントフリーになるプランの3種類。これらはユーザーの行動パターンを分析し尽くして誕生したものだ。
学生ユーザーは「LINEとSNSができればいい」「通話はほとんどしない」というユーザーが多い。また、親も「何でも見放題のスマホより、友人同士のコミュニケーションや音楽に特化したスマホのほうがいい」と考えるのは当然のこと。しかも嘉戸社長によれば、同社にはこれらのデータを日々見える化する部署があるらしい。
「私たちには、どんなプランをご利用の、何歳のお客様が、どれくらいデータ通信したかなどを見える化する『ビジネスインテリジェンスチーム』が存在します。例えば『この端末だけが、なぜか選ばれない』といった異変が起きたら、すぐ原因を調べ対処します。当社に『なぜこうなったんだ!』という責任論はなく『こうなったならアテが外れたからこうしてみよう』という機敏な対処しかありません。やってみなければわからないから、そもそも、すぐ修正が利く体勢をつくってスタートするのです。新たな試みは9割、いえ99%、想定通りの形で成功はしませんから(笑)」
ローンチから3ヵ月
マーケティング費用ゼロ
実を言うと、この特徴的な仕事の進め方には名前がある。「アジャイル(機敏)」式というのだ。多くの日本企業が得意とする、ロードマップに従って粛々と進めていく仕事のやり方は、「ウォーターフォール(滝)」式だ。
LINEのこの特徴は、プロモーションにもよく現れている。同社はCMに女優の「のん」さんを起用。6月13日には、サッカー日本代表戦で、彼女が1分間アカペラを披露するCMを流した。これがネットで話題になり、Youtube等での再生回数も10万に達した。
しかし、そもそもネットで話題になるかはまったく未知数。多くの企業のように、市場調査をするなど、経営陣を納得させるロジックを事前に用意する...というような仕事の仕方を、LINEは志向しない。むしろ、面白いアイデアはどんどん形にし、実際に反応を見てみよう、というスタイルだ。プロモーションでも「大資本にお金があるなら、ウチはアイデアで知名度を上げる」という気概が見える。
嘉戸社長が話す。
「我々は、ユーザーの反応を見ながら、『今』求められているサービスを考えるしかないんです。キャッシュバックもなく、店舗も少ない当社が生き残るためには、日々変化し続け、お客様にフレンドリーと感じていただけるサービスをつくるしかないのです」
同社発表によれば、サービスをローンチした16年10月から17年2月にかけ、毎週の申込件数は1.5倍に増加している。一方、ローンチ直後の16年10月から3ヵ月間はマーケティング投資はゼロだった。即日受渡しが可能なカウンターを設置している家電量販店は、いまだ14店しかない。彼らは今のところ、予算規模が小さい中で必死の善戦を繰り広げていると言っていい。
大ヒットアプリを世に出した「アジャイル」式の企業風土を持ったLINEモバイルは、大資本に勝てるのか。今後が楽しみだ。
(夏目幸明:経済ジャーナリスト)
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