アート&カルチャー
2018年03月15日 18時07分 JST | 更新 2018年03月15日 20時34分 JST

宮崎駿監督の新作『毛虫のボロ』は、タモリの“密室芸”とアニメが融合した新世界すぎてワクワクした

「タモさん、すげぇ…」と、私は思わずつぶやいた。

たった14分。だけど、ものすごくワクワクする14分だった――。

スタジオジブリの宮崎駿監督が5年ぶりに手掛けた『毛虫のボロ』が完成し、3月14日に東京・三鷹の「三鷹の森ジブリ美術館」で試写会が開かれた。

『毛虫のボロ』は、わずか14分の短編アニメーションだ。だがそこには、宮崎監督が抱いている自然への崇敬と畏怖の思いや子供たちへのメッセージ、スタジオジブリの"進化"がぎっしりと詰まっているように思えた。

作品について、少し掘り下げてみたい。

■人間から見た世界が全てではない

(C)2018 Studio Ghibli
『毛虫のボロ』のワンシーン。キョトンとした目がかわいい。

主人公は、ボロギクの茎で生まれた毛虫の「ボロ」。宮崎監督は、この小さな小さな毛虫の目線で、自然と世界の美しさと怖さを描いた。

試写会にあたって、宮崎監督はこんなコメントを発表した。

生まれたばかりのちっぽけな毛虫に世界はどう見えているのでしょう。

小学生のとき、植物の光合成について教えられて、光合成はどう見えるのかズーッと気になっていました。

毛虫には空気の粒は見えるのかなぁとか、葉っぱをかじった時はゼリーのような味がするのかなぁとか、狩人蜂は今の戦場でとびまわっている無人攻撃機みたいなものかなぁとか......。

それでこんな映画ができてしまいました。

私たち人間が、日々の暮らしの中で意識する機会が少ない「ミクロ」の世界。それを宮崎監督は、生命力あふれる青々とした色で表現した。

舞台となっているのは、住宅地にある空き地。その中でもボロが生きるのは、半径1メートルに満たない狭い範囲だろう。それでも虫からすれば、とてつもなく広い世界なのだ。

世界は、人間の尺度が全てではない。

世の中には、たくさんの小さな虫たちが、その命をつなごうと生きている。映画からは、そんな宮崎監督の思いが伝わってきた。

■構想のきっかけは、宮崎監督が少年時代に読んだマンガだった。

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli
『毛虫のボロ』イメージボード。

『毛虫のボロ』の構想は、宮崎監督が『もののけ姫』(1997年)よりも前からあたためていたものだった。

きっかけは、宮崎監督が少年時代に読んだ「空飛ぶあくま」という漫画。戦後間もない1948(昭和23)年の単行本『コグモの冒険』に収録された短編作品だ。

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli
『毛虫のボロ』制作のきっかけとなった漫画「空飛ぶあくま」。

登場するキャラクターは虫を擬人化したもので、その中にはこんなシーンがある。

主人公が、道に倒れていた青虫を見つける。青虫はとっても具合が悪そうだ。花の蜜を飲ませ、介抱しようとしたその時だった。青虫のお腹が裂け、中からたくさんのヤドリバチが飛び立っていった。

青虫は泣きそうな表情で、こう語る。

ヤドリバチは青虫の卵の中へタマゴをうみつけるのです。そして青虫がタマゴからかえると(中略)青虫のおなかを食べて大きくなるのです

朗らかなタッチとは裏腹に、そこには虫たちの現実世界が描かれていた。自然の恐ろしさを象徴するようなシーンは、宮崎監督の記憶の片隅にずっと残っていたという。

『毛虫のボロ』にも、狩人蜂(カリウドバチ)が登場する。感情のない「無人攻撃機」のような動きで、不気味な存在感を放っていた。

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli
カリウドバチのデザイン

■宮崎監督、CG表現に挑む

(C)2018 Studio Ghibli
『毛虫のボロ』のワンシーン。毛虫たちが、一心不乱に葉っぱを食べている。

『毛虫のボロ』は、宮崎監督にとって挑戦的な面がいくつかあった。

まず、宮崎監督がCGでの表現に挑んだことだ。今回はキャラクター、ボロの目から見た「空気」や「花粉」を表現したゼリー状の物体など「動く立体物」にCGを使った。

ボロが歩くときは一本一本の毛が柔らかそうに揺れ、足の動きもリアルだった。CGなのに、手書きっぽさも感じられた。

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli

もちろん従来通り、ジブリの緻密な背景描写も健在だ。葉っぱの形や質感、厚みなどはとてもリアルで、美術監督・吉田昇さんのこだわりが垣間見えた。

古くもあり、新しくもある。宮崎監督も、新たなスタイルを模索しながら、実験しているようでもあった。

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli

Kei Yoshikawa/(C)Museo d'Atre Ghibli (C)2018 Studio Ghibli

■思わず出た「タモさんすげぇ...」の言葉

時事通信社
タモリさん 撮影日:2014年08月28日

音にも注目だ。今作では全編を通して、タモリさんが「声」と「音」をひとりで担当。宮崎監督が何度もラブコールをおくって実現したキャスティングだという。

セリフらしいセリフは一つも無い。BGMも、エンディング以外は一切ない。

私たちが日頃見ているアニメーション作品で、いかにBGMが大きな役割を果たしているのかを実感した。

一方で、タモリさんの演技とジブリの作画に、観客は全神経を集中させることができる。

(C)2018 Studio Ghibli
『毛虫のボロ』のワンシーン。見ているうちに、タモリさんにどことなく似ている気がしてきた。

コミカルな顔をしたボロと、タモリさんが声で作り出した効果音。その相乗効果に、思わず夢中になった。

ボロが外の世界を不思議そうに眺める様子、一生懸命に植物の茎を昇る音、みずみずしい葉っぱをおいしそうに食べる音、敵に狙われ恐怖に震えるボロの様子、昆虫たちの羽音、果ては人間の女の子が漕ぐ自転車の音まで...。

作品を見ながら、思わず私は「タモさん、すげぇ...」とつぶやいてしまった。

時事通信社
「ユンケルンバガンバルンバ」で特別部門傑作賞を授賞したタレントの森田一義(タモリ)さん(東京・千代田区の東京会館) 撮影日:1988年12月01日

思えばタモリさんは、「密室芸」と呼ばれる形態模写や声マネを得意としたエンターテイナーだった。

イグアナ、サル、ハエなどのマネのほか、ポットにお湯を入れる音、戦闘機のプロペラ音などニッチな声帯模写も得意としている。野生動物の声マネを織り交ぜたアフリカ民族音楽風の曲「SOBAYA(ソバヤ)」も、往年のファンには人気だ。

そうだ。タモリさんの声は、まさに「楽器」なのだ。

『毛虫のボロ』では、タモリが培ってきたそんな芸の一端を垣間見ることができる。宮崎監督も、コメントで「タモリさんなくては、この映画は完成しませんでした」と綴っている。

タモリと宮崎駿、密室芸とアニメーション――二人の天才と、2つの世界の融合、それが『毛虫のボロ』の真骨頂かもしれない。

■上映にあたって、宮崎駿監督のコメント(全文)

AFP/Getty Images
宮崎駿監督

ごあいさつ

生まれたばかりのちっぽけな毛虫に世界はどう見えているのでしょう。

小学生のとき、植物の光合成について教えられて、光合成はどう見えるのかズーッと気になっていました。

毛虫には空気の粒は見えるのかなぁとか、葉っぱをかじった時はゼリーのような味がするのかなぁとか、狩人蜂は今の戦場で飛び回っている無人攻撃機みたいなものかなぁとか...。

それでこんな映画ができてしまいました。

さいごまでつきあってくれたスタッフと、ノボロギクを教えてくれた家内と、音をあててくれたタモリさんに感謝します。

タモリさんなくては、この映画は完成しませんでした。

ありがとう。

宮崎駿

 ◇

毛虫のボロは3月21日〜8月末まで「三鷹の森ジブリ美術館」で上映される。美術館の入場は日時指定の予約制。詳細はローソン特設サイトで。

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