様々な年齢や服装の少女たちが写る写真作品が10点。
セーラー服の子、家の前でピースしている子、キティちゃんのTシャツを着た子...。
よく見ると、全員同じ人物だ。
これらは、作者自身が「行方不明の少女」に変装したセルフポートレート作品である。「幻影 Gespenster」と名付けられたこの作品が、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHT企画展「写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち−」に展示されている。
制作したのは、アーティストの須藤絢乃さん、31歳。家族や警察が捜索を呼びかけるために作った実在のポスターや、インターネットの情報を元に、いなくなった少女たちの当時の様子をポートレート写真として"再現"した。
捉え方次第では、不謹慎ともとれるコンセプトに、怒りだす人もいたという。
これはいわゆる「お騒がせアート」なのか。それともーーー
「人生の"どん底"にいた時期だからこそ、生み出すことができた作品」だと語る須藤さんに、写真に込めた思いを聞いた。
ある日、地下鉄の駅で、行方不明になった女の子のポスターが目に留まりました。
じっと見ると「平成5年に、〇〇ちゃんが、どこどこでいなくなりました。こんな格好していました」って書いてある。それってよく考えたら、もう20年以上前なんだなと妙な気持ちになったんですよね。
彼女たちは、どこか別の場所で生きてくれていても、この写真とは全然違う存在になっているはず。そしたら一体私たちは何を探してるんだろう。そう思ったのが、「幻影」を作ろうと思ったきっかけでした。
この作品は本当に賛否両論で、「心が揺さぶられた」といって涙してくださる方もいましたが、不謹慎だと怒る方もいました。
作っている最中や、発表したあとも、「そんなことしていいの?」言う友人もいましたし、失望したといって連絡が取れなくなった人もいます。
そういう反応を見るにつけ、自分の表現力の足りなさを反省しながらも、行方不明になってしまった少女たちが、いかに社会の中で「語られてはいけないタブー」になっているかを再認識しました。
今、どこにいるか分からないけども、少なくともその時までは確かに幸せに生きていたし、大切にされていたわけですよね。それを、けがれたものを見るようなかたちで扱うのはどうなのかなと。
みんなと同じように生きてたってことまで、封印されちゃいけないじゃないか。
作品を作っていく過程で、そんな思いを強めていました。
「変装」したら、悲しみと裏腹に「輝き」を感じた。
「変装」する時には、失踪当時の服装や格好を再現するために、リサイクルショップを回って似たようなものを見繕いました。
実際に着てみると、彼女たちがすごく無防備な格好をしていることに気付いて、立場の弱い子たちが抱えている恐怖心を疑似体験しました。
一方で、写真の編集作業を続けていると、どこか友だちみたいな親近感もわきました。触れてはいけないものへの恐怖感というよりも、「この子たちはタブーのように扱われているけども、普通の1人の女の子なんだな」と感じるようになりました。
写真の仕上がりをちょっと浅めの淡い色づかいにしているのは、行方不明事件の恐怖や悲しみとは裏腹に、その子たちに強さや輝きを見出したから。そこに光を当てたいと思ったからです。
元々は「キラキラ」した世界の住民だった。
この作品は賛否両論を呼びましたが、このような暗いテーマの作品を作るのは初めてで、その前はキラキラした世界観の作品を発表していました。
作家を始めた頃は、私自身が「ギャル男」に変装する作品などを作っていました。
"thats cause that guy isn't human but some kind of godish japanese hottie from another world " 2010
ギャル男ってよく考えてみると「ギャル」と「男」がくっついた倒錯した存在。「男らしさ」や「女らしさ」といった価値観に疑問を感じていた私は、性の間を行き来している感じがするギャル男の存在に惹かれていたんです。
この頃、国内外のアートフェアなどに作品を展示してもらうと、会場でもカラフルでキラキラした私の作品は人の目を引いていたような気がします。
「なんか面白いことやってる子」って感じで観てもらって、1年ぐらい、毎月のようにどこかで展示して、その度に新作を出して、という感じで勢いよくやってました。
順調に滑り出した作家生活。そんな時...
でも、うまくいってる時にガクっとくるのが人生。
作家になって、 注目されて、もっと面白い作品を、たくさん作らなければと思いながらガムシャラに働いていた矢先に、深刻な病気にかかり体調を崩してしまったんです。
出かけている時やひとりの時、パニックになったり過呼吸に悩まされることもありました。
みんなが当たり前にやってることができない。みんなが仕事にいっている間、私だけ家にこもっている。体もうまく動かなくて、経済的にも苦しんで、社会と断絶したみたいな、取り残されたような気分でした。
地下鉄の駅で、行方不明の少女のポスターに目を留めたのは、この頃です。
これまでの人生で全然目に入ってこなかった少女たちの存在に、ぐっと引き寄せられました。
毎日鬱々としていて、今いる場所から逃げたいと思っていた私は、いなくなった彼女たちへの想像を膨らましていくうちに、だんだんと憧れめいた感情も抱くようになっていったんです。
こうして「幻影」が生まれました。
それまでの自分は、人に見てもらうための洋服を着て、派手なメイクをした「ハレ」の世界の作品をつくってきました。でも「幻影」は「ケ」の作品。
キラキラしたパステルカラーのいわゆる「カワイイ」文化に登場しない少女たちの存在に光を当てたい、と思って作りました。
それは、病気でもがいている自分自身を治癒することでもあったと思います。
あたらしい私は、「すごくフラット」
体調を崩してどん底だった私は、「幻影」をつくることで変わりました。
光の世界を求めて、ハイな状態で明るい作品を作っていた自分が、影の世界にぽーんと入ってしまった。取り残されている感じはしんどかったけど、光の世界からは見えていなかったものが、見えた気がしますね。
両方体験したから、今は、すごくフラットになった。
自分のアイデンティティも体のキャパシティも、客観的に見直して、受け入れて、だんだん生き方を習得してきている感じですね。
かつては、無理をして10時間以上ぶっ続けで働き続けることもできましたが、体を壊してから「私は1日4、5時間くらいしか働けないんだな」というリミットもわかりました。
仕事以外の時間は、アトリエ兼自宅を掃除したり、きちんとした食事を作ることを心がけています。その時間は制作とは別のことに集中するので、精神の整理もできてとても健康的になったと思います。
自分がここまでしかできない人なんだなって認めたり諦めたりすることは、別にネガティブじゃない。これが100%だから、この範囲で一生懸命やろうって思い直すことができて、すごく前向きです。
「生きていれば何とでもなる」
治療をしながら働き続けるのは本当に大変でした。生きるために死ぬほど辛い思いをすることってあるんだな、と思いました。
でも、家賃が払えなくて、水道が止まりそうになって「もう死にそう」って思っても、死なないんですよね。死なないってわかったら強くなりました(笑)。
生きていれば何とかなる、何とでもなる、と。
作家をしていると作品のためなら自分はどうなってもいいと思いがちですが、今はそこまでは思いません。
いくところまでいって、どん底を経験して、「体と命は一つだけ。壊れても買い替えができない」って気付いたら、フラットな気持ちになりました。
今は、限られた時間を工夫しながら生きています。この歳になっても知らなかった事や、驚くべき出会いや感動があって、最近特に生きてて良かったなぁって思います。
誰でもスマホで上手に写真が撮れる時代に、プロが目指すこと
フラットな気持ちで生きている今、作家としてこれから何をすべきか。
今は携帯アプリもすごく進化してますし、誰でもきれいに写真が撮れますよね。肌もつやつやに写せるし、背景も上手にぼかせます。撮れば撮るほどもっとうまく撮りたいっていう願望も芽生えて、熱中する人も多いと思います。
そんな状況で、作家がやることは、独自のセンスと手作業で写真を編集し、そこに写っているものの「印象」を表現することだと思います。19世紀のモネやルノアールといった「印象派」の絵画に近い感じがします。
技術が進歩し、カメラのマシーンが映し出すものは画一化されています。でも、その人がキラキラして見えたとか、優しく笑ってたとか悲しみが宿っていたとか、そういう感覚は人間じゃないと感じることができない。
人はみんな、自分のフィルターを通して世界を見ています。私は「私」のフィルターから見えた世界の印象を、写真にのせて、世界のひとつの見え方を提示したいと思っています。
(聞き手:笹本 なつる・南 麻理江)
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ハフポスト日本版は5月16日、須藤さんの「幻影 Gespenster」が展示されている展覧会をめぐるツアーイベントを開催します。「写真と時間」について話し合いましょう。
どん底があるから、フラットになれる。「アタラシイ時間」は勝ち取るものかもしれない。
ハフポスト日本版は5月に5周年を迎えます。この5年間で、日本では「働きかた」や「ライフスタイル」の改革が進みました。
人生を豊かにするため、仕事やそのほかの時間をどう使っていくかーー。ハフポスト日本版は「アタラシイ時間」というシリーズでみなさんと一緒に考えていきたいとおもいます。
【展覧会情報】
写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち−
会期:2018年2月23日(金)~6月10日(日)
開館時間:10:00~19:00(入場は18:30まで) ※火曜日休館
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2
住所:東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン
http://www.2121designsight.jp/program/new_planet_photo_city/