NEWS
2018年05月22日 16時12分 JST | 更新 2018年05月23日 23時33分 JST

危険タックルの日大アメフト選手「1プレー目で潰せば出してやる、と言われた」(陳述書全文)

反則行為は、内田正人前監督やコーチによる指示だったと主張した。

HuffPost Japan
記者会見を行った日本大学アメフト部の選手

日本大学アメフト部の選手が、関西学院大学との定期戦で危険なタックルなどの反則行為をした問題で、反則行為をした選手が5月22日に日本記者クラブで会見した。この選手は会見の中で、反則行為は内田正人前監督やコーチによる指示だったと主張した。

会見を行った当該選手が読み上げた陳述書全文は、以下の通り。

 ◇

「やる気が足りない」「闘志が足りない」という指摘を受けるようになっていた

まず最初に、本件により怪我をさせてしまった関西学院大学のアメリカンフットボール部のクオーターバックの選手およびそのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部とその関係者に対し、大きな被害と多大なるご迷惑をおかけしたことを深く反省しております。本当に申し訳ありませんでした。

試合の日までに至った経緯について、試合の3日前の5月3日から話させていただきます。

今年度の試合は、本件までに4月22日、4月29日の2回行われています。そのいずれについても私はスターティングメンバーで出場しました。

5月3日の実践形式の練習で、「プレーが悪かった」ということで、コーチから練習を外されました。これまで同じようなことはありませんでしたが、この頃は監督・コーチから「やる気が足りない」「闘志が足りない」という指摘を受けるようになっていたので、このプレーをきっかけに外されたのだと思います。

そのあと全体のハドルの中で、監督から「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういう奴は試合に出さない。辞めていい」と、井上コーチからは、「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と言われました。

5月4日。練習前に、監督から「日本代表に行っちゃダメだよ」と、当時選抜されていた、今年6月に中国で開催される第3回アメリカンフットボール大学世界選手権大会の日本代表を辞退するように言われました。監督に理由を確認することはとても出来ず、「わかりました」と答えました。

この日は、今年度初めて全体で行うディフェンスインディーの日でした。未経験の1年生がいたので、副キャプテンがタックルをして、私が受ける形でメニューをやって見せるために私がダミーを持ちました。

するとコーチから、「なぜ最初にダミーを持つんだ」と言われてグラウンドを10周走らされました。

その日の実践練習は、練習前に井上コーチに確認したところ、「宮川は出さない」と言われて外されました。

「『相手のクォーターバックを1プレー目で潰せば出してやる』と言われた」

5月5日、この日も実践練習を外されていました。

練習後、井上コーチから、「監督にお前をどうしたら試合に出せるか聞いたら、『相手のクォーターバックを1プレー目で潰せば出してやる』と言われた。『クォーターバックを潰しに行くんで、僕を使ってください』と言いに行け」と言われました。

続けて、井上コーチから、「相手のクォーターバックと知り合いなのか。関学との定期戦がなくなってもいいだろう。相手のクォーターバックが怪我をして秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念を押され、「髪型を坊主にしてこい」と指示されました。

ポジションの先輩から、井上コーチに「宮川にアラインはどこでもいいから、1プレー目からクォーターバックを潰せと言っとけ」と言われた旨を告げられました。「相手を潰すくらいの強い気持ちでやってこい」という意味ではなく、本当にやらなくてはいけないのだと思い、追い詰められて悩みました。

5月6日、色々悩みましたが、これからの大学のフットボールにおいて、「ここでやらなければあとがない」と思って、試合会場に向かいました。試合のメンバー表に私の名前はありませんでした。

その後の試合前のポジション練習時に、井上コーチに確認したところ、「いま言ってこい」と言われたので、私は監督に対して直接「相手のクォーターバックを潰しにいくんで使ってください」と伝えました。監督からは、「やらなきゃ意味ないよ」と言われました。

戻った私は、井上コーチに監督と話をしたこと、監督から「やらなきゃ意味ないよ」と言われたことを伝え、さらに井上コーチに対して、「リードをしないでクォーターバックに突っ込みますよ」と確認しました。

井上コーチからは、「思いっきり行って来い」と言われました。このことは同じポジションの人間は聞いていたと思います。

そのあと、試合前の整列の時に井上コーチが近づいてきて、「『できませんでした』じゃ済まされないぞ、わかってるな」と念を押されました。本件直後は何も考えられない状態でした。そのため、相手のクォーターバックが怪我をして代わったことにも気づいていませんでした。

普段の試合でこんなことはありえません。

本件で問題になっている1プレー目の反則行為のあと、2プレー目が終わり、コーチに呼ばれてサイドラインに戻った時に、井上コーチから「キャリアに行け」と言われましたが、散々「クォーターバックを潰せ」と指示されていたので、井上コーチの発言の意味が理解できず、再びパスをしてボールを持っていない状態の相手チームのクォーターバックにタックルをして倒し、2回目の反則を取られました。

3回目の反則は、相手に引っ張られて尻餅をついたあと、相手のオフェンスの方に行こうとした際に、正面から向かってきた相手選手をついた行為に対して取られました。

この反則は、普段から「相手が掴んできても大人しすぎる」などとコーチから指摘されていましたし、「やる気がない」として外されていたので、向かってきた相手選手にやられっぱなしにできないと思って、意識的に行った行為でした。

HuffPost Japan

「こいつが成長してくれるんならそれでいい。相手のことを考える必要はない」

退場になり、テントに戻ったあと、事の重大さに気づき泣いていたところ、井上コーチに見られていました。

試合後、スタメンと4年生が集められたハドルの時に、監督から「こいつのは自分がやらせた。こいつが成長してくれるんならそれでいい。相手のことを考える必要はない」という話がありました。そのあと着替えて全員が集まるハドルでも、監督から「周りに聞かれたら、俺がやらせたんだと言え」という話がありました。

井上コーチからは、私が退場になったあと、DLの上級生リーダーが、私に相手クォーターバックに怪我をさせる役割をさせたことをすまなく思って、「自分にもやらせてほしい」と申し出たという話を紹介して、「その上級生は、自分にもやらせてくれと言ったぞ。お前にそれが言えるのか。お前のそういうところが足りないと言っているんだ」と言われ、退場後に泣いていたところについても、「優しすぎるところがダメなんだ。相手に悪いと思ったんやろ」と責められました。

5月8日、井上コーチから午後5時頃に、グラウンドに呼び出されました。私がグラウンドのクラブハウスで待っていると先輩が来て、私の様子を心配してくれました。先輩に「もうアメフトはできない」と伝えると、先輩も「そうだよな」と応じてくれました。

そのあと学生のスタッフが来て、監督が待っているコーチ部屋に行くように言われました。当初コーチ部屋には監督1人でした。私と監督が話し始めると、遅れて井上コーチと鈴木コーチが来て、監督との話を聞いていました。

私が監督に対し、「もうフットボールはできない」と言うと、監督は「お前の罰は、あの時罰退になって退場になって、お前の処罰は終わっているんだからいい。世間は監督を叩きたいだけで、お前じゃない、気にするな」と言われました。そのあと監督は練習に出て行ったので、井上コーチと鈴木コーチの3人で話をしました。

当然2人のコーチからは事実関係の確認はなく、「お前が辞める必要はないだろう。向こうとの試合がなくなろうと別にいいだろう」というような話をして、退部を申し出た私を引き止めようとしてきました。

しかし、私としては、あんなプレーをしてアメフトを続けることはとても考えられませんでした。

「怪我を負わせろ」と指示があったことの公表を求めるが「公表できない」

5月9日、森ヘッドコーチから三軒茶屋のキャンパスに呼び出されて、「辞めるべきじゃない。フットボールで返していくしかない。監督が厳しく言ったことをそのままお前に伝えたコーチに責任がある」と言われました。

5月11日、前日の謝罪文公表を受けて、こちらから井上コーチに連絡をして、本部にある監督の部屋で、監督と井上コーチ、私と両親で面会しました。

父から、「個人的にでも相手方選手と家族に謝りに行きたい」と申し出たところ、監督からは「今はやめてほしい」と言われました。

父から、監督・コーチから選手に対して対戦校のクォーターバックに「怪我を負わせろ」と指示を出し、選手はそれに従っただけである旨の公表を求め、そのメモを先方に渡しましたが、「公表できない」と断られました。

面会のあと、井上コーチから父に連絡があり、理由の説明もなく、「関学アメフト部の監督に謝りに行く」と言われました。父がアポイントを取ってほしい旨を求め、アポイントを取ろうとしたようですが、先方から断られたと連絡がありました。

しかし、夜中に再度井上コーチから父に連絡があり、「謝りに行く。息子さんを行かせてください」と言われて、関西学院大学に行くことになりました。

「退場になったあとから今まで、思い悩み反省してきた」

5月12日、謝罪のために私と井上コーチで関西学院大学を訪れましたが、再度先方から面会を断られたため、関学アメフト部の監督にお会いすることはできませんでした。

5月14日、井上コーチから父に連絡があり、三軒茶屋のキャンパスに来てほしいと呼び出され、父と2人で訪問しました。その日は、そのあと私と父が、関東学生アメリカンフットボール連盟の規律委員会で聞き取り調査を受けました。

5月16日、私は日本大学本部の体育局にチームの幹部とともに呼ばれましたが、先方はどう出てくるかわからない不安が強く、体調も良くなかったため、私は行きませんでした。

5月18日に、私と父で関学アメフト部クォーターバックの選手およびご両親を訪問し、直接謝罪の意を伝えました。

最後に、本件は、たとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身がやらないという判断ができずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因であり、その結果、相手選手に卑劣な行為で怪我を追わせてしまったことについて、退場になったあとから今まで、思い悩み反省してきました。

そして、真実を明らかにすることが償いの第一歩だと決意して、この陳述書を書きました。相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をおかけした関係者の皆様に、改めて深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。