特集
2018年05月29日 18時07分 JST | 更新 2018年05月29日 18時07分 JST

アートに触れたらモヤっとした。「いいね」で評価されない写真が、語りかけるモノ。

写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち−

参加者はスマホやデジカメで作品を写真に収めていった
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参加者はスマホやデジカメで作品を写真に収めていった

戦禍を被ることなく、芸術や商業のピボットとなって世界を巻き込んでいった1950年代のニューヨーク。そのエネルギーを詰め込んだような写真集が、1956年に発表された。

ウィリアム・クラインさん(90)のデビュー作「ニューヨーク」だ。

そんな彼の作品が飾られている、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHT企画展「写真都市展 −ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち−」を、1時間まわった。

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ウィリアム・クライン+TAKCOM「ウィリアム・クライン+TAKCOM, 2018」

彼の作品は、「写真の枠を超えた」と表現されることが多い。

一見すれば、当時の常識ではどうしようもない失敗作を集めたような写真ばかりだ。

街中でおもむろにシャッターを切り、被写体が斜めになった写真からは、構図をじっくり考えた人物写真とは全く違う印象を与えられる。

ピンボケで曖昧、対象の動きがブレた不鮮明な写真。カリグラフィーと融合した映像。

ただ、このクラインさんの写真と見せ方の技術は、20世紀の写真概念をアップデートしていった。

インスタレーションに入ると、360度に囲まれた枠の中に、映写機からクラインさんの写真がどんどん流れ込んでくる。

写真はニューヨークからモスクワ、そして東京――と移り変わっていく。

次々と変わる写真に映画のサウンドトラックや、クラインのインタビュー音声が加わる。

まるでニューヨークやモスクワの雑踏の中に置き去りにされたような怖さを、肌で感じるのである。

みんなが感じたことを聞いてみた

ハフポスト日本版は、読者と一緒にこの展覧会を回るイベントを開いた。スマホで誰でも写真が撮れるこの時代に、「プロの写真家」は何を映すのか、何のためにーー。そんな問いを紐解くイベントだ。

展覧会の企画を担当した21_21 DESIGN SITE プログラム・マネージャーの齋藤朝子さんの丁寧な解説を聞きながら、参加者とともに順に会場を回っていった。

クラインさんの作品を抜けると、様々な手法で撮られた若手写真家たちの作品が並んでいる。

彼らは「斬新な眼差しで21世紀の都市と人間を見つめ、従来の写真のフレームを大きく飛び越えようとする日本やアジアの写真家たち」だ。

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会場には若手写真家の作品が並ぶ

写真を撮る人、いろんな角度からジッと作品を眺める人、音に耳を傾ける人。

同じ時間を共有した参加者は、それぞれどんな1時間を過ごしに来たのか、聞いてみた。

頭のなかがリセットされていく感じ

彼は、須藤絢乃さんの「幻影 Gespenster」というポートレートの前で足を止めていた。写真家が行方不明者になりきり、いなくなった時の服装や髪型の特徴をそのまま写真に収めたものだ。

行方不明者=いなくなってしまった人、無念、かわいそう。言葉のイメージだけだと、そう思い浮かんだらしい。

でも、この作品を見ていると「私たちが生きている都市を構成してるピースとして、それが欠けてしまったような感じ」を受けたのだそうだ。

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幻影 Gespenster

彼は任地だったアフリカから帰国したばかりで、次の仕事までちょっとした余暇を過ごしている25歳の男性だった。

転職活動をぼちぼちしながら、同時に受験している欧州の大学院の結果を待っている。

この日は、六本木でたまたま用事があった。

でも、少し余裕ができてしまった。時間をつぶせないかと美術館をリサーチしたら、企画展を見つけた。

「『違った都市、街の見え方があるのではないか』という興味本位でした」

そんなとき、息抜きのつもりで、会場に入った。

言ってみれば、いまの自分はモラトリアム期間のような日々を送っている。自分がこれから何をしたいのか、思いめぐらすことも多い。

自分一人では考えつかないような、全く違った世界観のものを観たり聞いたりすると「頭のなかがリセットされるというか、すっきりする」と話す。

「こういう期間に、アートを通してこういう経験をすることで、教養を深めたり、新しい知識を取り入れたりする。ストレスもない。それがこれからの人生に、とても有効な気がしています」

子どもにも見せたかった

「子どもにも見せたかった。アートに限らずたくさんの経験をさせてあげたいですね」

5歳の娘を持つ、都内でフリーランスで働く女性はそう言った。

クラインさんの写真が、好きな映画監督の作品に似ていて、惹かれたのだという。

写真が好きで、インスタグラムなどのSNSでも発信している。

誰でも写真や作品を発表できる時代。「技術ではプロには叶わない」けど、レタッチの技術などで独自のセンスを磨いていきたい、と思っている。

独身の時は週1回は、単館上映の映画を観ていた。結婚後は、夫と一緒に月イチくらいで映画館やアート展などに行っていた。

最近は、もっぱら子どもが参加できるアートイベントの参加が中心になった。でも、月に1、2回は見つけて足を運んでいる。

ライフステージが変わるごとに、アートとのかかわり方も少しずつ変わっていった。この日は、一人で会場に来た。「一人で来るのは、久々です」とほほ笑んだ。

一方で、「子どもと来たかったな。5歳には分からないかもしれないけど」とも言う。

確かに、5歳の子どもに写真やアートの背景を理解することはできないかもしれない。「1人の人間として成長する為に、子供にアートに触れることに限らず沢山の経験をさせてあげたい」

音が降ってきたり、回廊があったり

会場内には、さまざまな仕掛けのインスタレーションが組まれていた。

2011年の東日本大震災以来、母親とともに、写真に映る海の水の部分だけを焼き消すという作業を通じて、海への恐怖と傷をなだめようとしたという多和田有希さんの作品。写真を彫刻のようにとらえ、水の部分だけを焼いて「消す」手法を用いた。

安田佐智種さんは、東日本大震災の後で、津波に巻き込まれ基礎だけになった家屋が並ぶ区画を、自分の足で毎年回り、その写真をコラージュ。身体的な感覚でとらえた都市のイメージを表現している。

写真が掲げられたいくつもの柱を縫うように歩くと、空から音が降ってくるように、カモメの鳴き声が聞こえてくる。

サウンドアーティストの森永泰弘さんと、写真家の石川直樹さんの合作。まるで南極や北極の極地に連れていかれたような気持ちになる。

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写真が飾られた回廊に入ると、カモメの鳴き声や風の音が聞こえてくる

そこから、光を遮られた廊下に入る。朴ミナさんが、長時間露光で水族館の水槽を撮影した「ブルーの形態」。

静かな青を眺めて、ゆっくりと進んでいくと、いきなり空間が開ける。

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藤原聡志さんの作品

屋外に、大きな作品が現れた。ヨーロッパで活動中の写真家・藤原聡志さんは、印画紙では表現できない手法を使い、いろいろなフォトオブジェを作っている。それの一つだ。

モヤっとして終わった。アートと触れる時間を持つ意味って?

いつの間にか、1時間が過ぎていた。参加者は、それぞれの感性で、この時間のできごとを切り取っていた。

カメラの進化や、スマホの登場で、だれでも上手な写真が撮れるようになった現代。

1枚の写真が、1秒もかけられないまま消費されていく。久しぶりにじっくり、写真に見入ったかもしれない。

埼玉県から来た大学生の男性は、「SNSを通した写真とは全く異なるように感じ、何のために写真を撮っているのだろう」と考えた。

SNSで投稿した写真に「いいね」をもらう。でもそれは「一週間も経てば、自分も見る人も、その写真のことなんか忘れて、また新しい写真を撮ったり消費したりする」と、認識させられたのだそうだ。

イベントを終えて「より、もやっとして終わった」といった。

写真展を見たから何かがガラッと変わるわけではないし、ものすごく役に立つ実用的な何かを得られるわけではない。

けれど、日常に少しアートが入り込む非日常感に少し気持ちが高揚する。ちょっと頭をひねったりする。

そんな新しい1時間が見つけられるかもしれません。

写真都市展 ―ウィリアム・クラインと22世紀を生きる写真家たち ―

・場所:21_21 DESIGN SIGHT ギャラリー1&2

・開催期間:開催中〜6月10日まで(火曜休館)

・開館時間:10:00-19:00(入場は18:30まで)

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