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2018年09月02日 18時39分 JST | 更新 2018年09月02日 19時03分 JST

微生物が雨を降らす!? 気象予測のカギ「バイオエアロゾル」の正体に迫る

“空飛ぶ微生物学者”が見せてくれた驚きの空の世界

空に浮かぶ雲。それが、実は微生物で出来ているとしたら...。雨が、微生物の仕業だとしたら...。そんな可能性をもとに、いま、気象予測の精度向上や、人工降雨など、私たちの生活に役立てようとする、天気の研究が行われている。

ターゲットとなるのは、「バイオエアロゾル」と呼ばれる微生物。世界的に見てもまだ始まったばかりの、最先端の研究に密着した。

(取材・文 NHKサイエンスZERO取材班)

世界屈指の空飛ぶ微生物ハンター

6月末。梅雨時のジメジメした森の中に、その研究者はいた。落ち葉の中から見つけた小さなキノコをつまむと、茶色い粉が吹き出した。

「これや!バイオエアロゾルや!」

お目当ては、どうやらきのこそのものではなく、吹き出す粉、胞子。

「キノコの胞子が空に浮かび、雨を降らしているかもしれないんです。」

胞子を見ながらうれしそうにそう説明してくれたのは、金沢大学の牧輝弥さん。キノコの胞子のような、微生物を使った天気の研究を行っている。

ホコリタケから出る胞子。これもバイオエアロゾル

バイオエアロゾルとは、空気中を漂う微生物やその死骸、体の一部など、生き物に由来する小さな粒子のこと。

金沢大学の研究室を訪ねると、薄暗い部屋の片隅にあった大量の容器を見せてくれた。中には、黒や白、ピンク色の綿のようなものが。これらはすべて、牧さんが空気中から採取したバイオエアロゾル。カビやキノコの胞子などの真菌や、バクテリアといった、微生物だ。

バイオエアロゾルを育て、観察する牧さん

もともと水中の微生物で、環境や健康への影響を調べていた牧さん。

バイオエアロゾルとの出会いは、10年前におこなった黄砂の観測。

「栄養が少なく、微生物はほとんどいないとされていた上空でとった黄砂の砂粒に、微生物がいたんです。それが衝撃的で、不思議で、調べてみたいと思いました。」

以来、気球やヘリコプターまで使って、400種類以上ものバイオエアロゾルを集めてきた牧さんは、世界屈指の「空の微生物学者」だ。

時にはヘリコプターにのり、高度数千mでバイオエアロゾルを集める

牧さんがとらえた微生物の中には、なんと納豆菌も。地元の業者と協力して、実際に納豆を作り販売もしているというから驚きだ。上空3000mで取った菌で作ったからか、空のようにさわやかで、クセのない味になり、好評だとか。

上空3000mで採取した納豆菌から作られた、その名も「そらなっとう」

しかし、空に漂う微生物が、天気とどんな関係があるのだろうか。

なぜ雨が降るのか-身近な雲のナゾ解明に一歩前進!?

私たちは、牧さんの実験を見せてもらうことにした。

牧さんが持ってきたのは、バイオエアロゾルを入れた液体。これを、冷却装置で少しずつ冷やしながら、凍るのを観察するという。

「-4℃から始めよう...-5℃、-6℃...-8℃。だめか」

気にしているのは、凍る温度。これこそが、天気との関係を示す手がかりだ。

サンプルを凍らせる冷却装置

私たちの頭の上に浮かぶ雲。あの雲が、どうやってできるのか、ご存じだろうか。実はその問いには、科学者たちもまだ完全には答えられない。

そもそも、白く見えている雲は、水蒸気が集まった「水の粒」と「氷の粒」の集まり。これらに重要なのが、バイオエアロゾルのような空気に浮かぶ微粒子だ。微粒子のまわりに水蒸気が集まると、蒸発しにくくなり、粒として存在できるようになるからだ。

しかし、この雲の粒を作る微粒子には、大きなナゾが。

砂の粒など無機物の微粒子は、-15℃という低温で、氷の粒を作ることがわかっている。ところが、空気の温度が-15℃よりも高い場所でも、雲は発生しているのだ。

ではいったい、鉱物よりも高い温度で凍り、雨を降らせる雲の粒になっているのはいったい何なのか。その候補となっているのが、バイオエアロゾルだ。

6月末の関東地方を例にした、気温と高度の関係。低高度の氷の粒の核がナゾだ

地上では、すでにおよそ-5℃で凍る微生物が見つかっている。

牧さんは、空にもそうした、-15℃よりも高い温度で凍る微生物がいるはずで、それこそが雲を作り、雨を降らせていると考えている。もしこれが突き止められれば、気象予測をより正確にするために必要な、雲のメカニズムが解き明かせることになる。

今回の実験では、幸運にも、牧さんも驚きの発見に立ち会うことができた。

「うわ、もう凍り始めた!こいつ、ホンモノですよ」

冷却装置の示す温度は、なんと-7℃。能登半島の上空3000mで採取したものだった。

その後、温度や湿度などを、より空の環境に近い状態にして再度実験。それでもやはり、-15℃よりも高い温度が示された。

「もしかしたらこれが、上空で雲を作るのに働いていたかもしれないです」

雨を降らすバイオエアロゾルの手がかりをつかんだ牧さん。さらに詳しい正体を、DNAから調べていく予定だ。

不思議な"糸"が示す バイオエアロゾルの発生源

牧さんは並行して、バイオエアロゾルがどこから来るのか、明らかにしようとしている。

雨を降らせるバイオエアロゾルが、どこから来て、どこにどのくらい飛んでいくのか分かれば、どこに雨が降るのか、どのくらい降るのか、予測が可能になるかもしれないからだ。

茨城県の筑波実験植物園で行われた調査に同行した。今回、バイオエアロゾルの採取を行ったのは、森林内の地上付近と、そこに面した、上空約20mの建物の屋上、そしてヘリで向かった、森の上空500m。

3つの高度でとれたバイオエアロゾルに、手がかりがないか探そうというものだ。

牧さんの手元にあるのが、フィルターが入った容器。電動ポンプで空気を吸い、 バイオエアロゾルをこしとる手作りの捕獲装置だ

3日間にわたる調査で採取したサンプルを、顕微鏡で観察した牧さん。ここでも驚きの、新たな発見があった。

「なんじゃこりゃ。こんなもんとれてますよ。いままで見たことないやつが」

そこに映っていたのは、小さな青白い粒から出た、細長い糸のようなもの。菌の体の一部、菌糸だ。上空500mのサンプルで見つけた菌糸。なんと、上空約20m、そして地上でも、似た形の菌糸が取れていた。

「森の中の、菌糸を伸ばした微生物が飛んでいるんです。確実ですよ」

3つの高さで同じ種類と思われる微生物が見つかったということ、それは地上から、少なくとも上空500mまでは、空に向かって微生物が飛んでいる可能性があるということだ。

今回、「雲となり雨を降らせるバイオエアロゾル」、「バイオエアロゾルの発生源」、この二つを明らかにする大きな手がかりを見つけた牧さん。これからおこなわれるという、より詳しい分析で、さらに雨を降らせるバイオエアロゾルの正体に近づけると考えている。

「あまたいる微生物の、ほんの一部分を調べたに過ぎません。きっと世界にもまれに見る成果が上がってくると信じています。」

微生物学者の、気象の謎への挑戦はまだまだ続く。牧さんの研究が、私たちの生活を変える日が来るのが楽しみだ。

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NHKサイエンスZEROとハフポスト日本版は、旬!な科学の現場に潜入するプロジェクトを行っています。

牧さんの活動に関しては、 9月2日(日)23:30~Eテレ「サイエンスZERO」でご紹介予定です。

科学に対する疑問や質問について、#サイエンスZERO でつぶやいてください。番組でご紹介させていただくことも!