「東京五輪後の産業に関わりたい」ギャンブル未経験の会社員は、カジノディーラーになった。

きっかけは、家族の後押しだった。
時田正美さん
時田正美さん
時田さん提供

カジノを含む統合リゾート施設(IR)実施法が7月に成立した。

計画では、早ければ2020年代前半にも国内でIR・カジノが開業し、今まで日本になかったプロのカジノディーラーの職業が生まれる。

時田正美さんは、ディーラー養成機関「日本カジノスクール」を卒業し、現在カナダ・バンクーバーでカジノディーラーとして働いている。

カジノに行ったことがなかった時田さんが、日本にはない職業にどんな経緯で就いたのか。カジノやディーラーの実態などを聞いた。

時田正美さん
時田正美さん
時田さん提供

きっかけは、家族の会話。

時田さんは、もともとカジノに行ったことはなく、ギャンブルには縁もゆかりもなかった。ディーラーを目指そうと思ったきっかけは、家族の会話だった。

「日本でIRカジノ関連法案が通る・通らないという話になり始めたときに、東京オリンピック後の産業に誰か家族の中で1人でも携われたら楽しそうじゃないかと話しました」

「スクール見学に行ってみたらと言われ、純粋に面白そうだと思いました。私はもともと、何かスキルを身につけて海外で働きたいと考えていたので、家族の意志と自分のやりたいことの両方に合致するなと思いました」

知識も経験もゼロだったが、家族の後押しもあり、日本カジノスクールへの入学を決めた。

日本カジノスクール
日本カジノスクール
Rio Hamada / Huffpost Japan

カジノスクールは2004年に東京で開校し、これまでに700人以上の卒業生を輩出している。ルーレット、ブラックジャック、バカラなどカジノゲーム台が並んでおり、ディーラーの作法などを実践形式で学べる。

ルーレットのゲーム進行を学ぶ授業の様子
ルーレットのゲーム進行を学ぶ授業の様子
Rio Hamada / Huffpost Japan

時田さんは2017年4月に入学し、6カ月コースを受講。会社勤めをしながら平日2日と土曜の週3日、ゲームの進行やチップの扱い方といったディーラーに必要なスキルや、カジノの歴史や英語などを学んだ。スクールに通いやすいよう、時間の融通が利く仕事・職種にかえた。

スクールを卒業後、2017年11月にカナダに渡り、現地にある就職支援機関を通して面接などを受けた。有給のインターンシップの枠組みで、カジノのディーラーとして採用された。

「やっぱりエンターテイメントなので、お客さんは基本、楽しさを求めてくる。そういうところで楽しく働きたいと思っていました。負の気持ちがなくて人に喜んでもらえることが、私が仕事をしていく中での喜びでもあります」

こうして念願だった海外でのキャリアをスタートさせた。

日本カジノスクールで学ぶ時田さん(左列真ん中)
日本カジノスクールで学ぶ時田さん(左列真ん中)
時田さん提供

※カジノを代表する主なゲーム

ルーレット:回転する円盤に球を投げ入れ、落ちる場所を予想するゲーム。数字(0-36)や色(赤と黒)、偶数か奇数などを予想して、コインをかける。

ブラックジャック:配られたカードの手札の合計が21に近い人が勝ちとなるカードゲーム。ディーラーとプレーヤーで数字を競う。

バカラ:カードが配られた2つの山から、どちらの数字の合計が9に近いかを当てるゲーム。合計の数字が10を超えた場合は、十の位は切り捨て一の位の数字で競う。

ポーカー:配られた5枚のカードの組み合わせ、一番強い「役」をつくった人が勝ち。

「面白いね」「ギャンブルに関わりたい気持ちが分からない」

カジノは24時間365日営業で、ディーラーの勤務はシフト制だ。

時田さんの場合は、

・午後6時から深夜2時のシフト

・週5日勤務で、火曜と水曜が休み

次のような勤務内容やスケジュールで働いている。

・45分〜1時間ごとに15分程度の休憩を取る。

・各ディーラーが一つのゲームテーブルを担当する

・ディーラーが休憩中、ブレイカーと呼ばれる人が代理でテーブルに立つ

・ブレイカーは、3、4テーブルを担当する

「時間にはすごく厳しいですね。ゲームの進行状況によっては止むを得ず遅れてしまうことはありますが、1人が遅れると、そのブレイカーが次のテーブルに移動するのも遅れてしまい、グループみんなに迷惑がかかってしまいます」

「スケジュールは当日に張り出されるので、それを見て、自分がディーラー・ブレイカーか、自分がどこのテーブルを担当するのかが分かります。私の場合は午後6時スタートで、30分前〜直前に自分のテーブルが分かります」

海外ではエンターテイメントの一つとして親しまれているが、日本ではカジノが法律で禁止されていたこともあり、カジノディーラーという職業に対して否定的な印象を持つ人も少なくない。

「純粋に面白いねと言ってくれる友人もいれば、『それってギャンブルじゃん。そんな世界に関わりたいと思う気持ちが分からない』という人もいました。気持ちは分からなくもないですが、カジノ業界で働いている今、そう思われるのはちょっと悲しいです」

ルーレット
ルーレット
Rio Hamada / Huffpost Japan

一回の勝負で、家一軒分の金額が行き来する

カジノには、雰囲気を味わいたい観光客や気軽に遊びに来る人をはじめ、高額の勝負をするプレーヤーまで、多くの人が集う。遊び方もさまざまだ。

「もちろんお金を稼ぎに来ている人もいると思いますが、今日はやることがなくて暇なので、ちょっとカジノに行こうかなという感覚で来る人もいます」

カジノは、ゲームの種類やテーブルごとに賭け金の最低額(ミニマムベット)を設定しており、時田さんが勤務するカジノは10カナダドル(約850円)から遊べるテーブルもあるという。

他方、高額ベット向けのバカラ・ブラックジャック専用「サロン」では、最低額が50〜500ドル(4250円〜4万2500円)にまで跳ね上がる。

時田さんはサロンを担当することが多く、サロン内にあるプライベート個室では、さらに高額な勝負が行われているという。

「私は、ディーラーではなくブレイカーとしてその個室に15分間だけ行ったのですが、日本円で1枚50万円するチップがチップトレイにたくさん入っていました。ボスに聞いたら、その高額なチップを何枚も積んで、家一軒分ぐらいの金額が行き来するようなプレーをする人がいたみたいです」

実際にワンゲームで大金が動くこともあり、自分が担当したテーブルでも、客が1000万円相当の勝負をするのを目の当たりにしたこともあるという。

カジノ内では飲酒もできるため、中には気が大きくなったり、興奮したりしてしまう客もいる。負けが続くと「このディーラーは全然良くない」「勝てないのはあなたのせいだ」などと嫌味を言われることもある。

客とのトラブルを避けるため、時田さんは「自分で解決しようとしないで」と忠告されている。公平性を保つため、ミスや問題が起きそうな時は、ディーラーと客以外の第三者を呼んで解決するという。

「カジノ内のルールに則ってディーラーとして仕事をしていれば、常にボスやセキュリティの人たちが守ってくれます。お客さんに一番近い立場ですが、スクールで『ディーラーがカジノ内で一番安全な仕事』と言われた意味が、実際に働いてみて分かった気がします」

ディーラーのイメージ画像
ディーラーのイメージ画像
Blair_witch via Getty Images

「ディーラーをしてるなんて夢みたい」

24時間営業しているカジノにはレストランも併設されており、トイレや食事休憩のため、自分の席をキープしたまま離席できる。戻ってくるまでの間だけ、他のプレーヤーが遊ぶこともできるという。

「トイレなどちょっとした休憩の時は、プレーヤーはホールドボタンを置き、チップをそのままテーブルに残しておくことができます。ディナーの場合は、45分や1時間以内と決まっていますが、自分の席を確保するディナーボタンというものがあります。その際はチップを一度現金に変える人もいますが、お客さん自身がポケットに入れてそのまま持って行ったりします」

時田さん自身も、休日に客としてカジノに行くことがある。ただ、勤務先でのプレーは禁止されているため、別のカジノまで出掛けている。ゲームのそのものの面白さに加えて、ディーラーや同じテーブルのプレーヤー同士との会話も楽しみのひとつだ。

「もう1枚カードをヒットした(引いた)方がいいかなとか聞いたりします。プレー経験が豊富そうなおじいさんから『普通だったらここはステイするんだけど、僕はヒットするね』と言われて、勉強になるときもあります」

カナダに渡ってから半年以上が過ぎた。生活やカジノディーラーの仕事に慣れてきた今、次のように振り返る。

「(スクールに通い始めた時には)カナダで働くなんて全く想像もしていませんでした。もしディーラーになれなくても、面白い経験ぐらいに思っていたんですよ」

「(ディーラーをしているのは)夢みたいです。テーブルに立って、お客さんがいなくて暇な時に考えるのですが、『私はカジノでディーラーやってるんだ』と思うと嬉しいです。幸せだと思います」

時田さん
時田さん
時田さん提供

日本のカジノ「一番最初に関わりたい」

7月に成立したカジノを含む統合型リゾート(IR)実施法は、IRの施設数は当面、国内3カ所までと定めている。2020年代半ばの第1弾の開業を目指している。

最大の焦点となったギャンブル依存症対策については、以下のような内容となった。

・日本人の入場料を6000円

・日本人の入場回数は週3回、月(28日間で)10日までに制限する

対策が不十分だという指摘もあがったが、法案は世論や野党の反対が強まる中で強行採決された。

カジノスクール校長の大岩根成悦氏は、海外の事例を踏まえて、次のように指摘する。

「海外のカジノでは、プレーヤーの依存症のリスク予防を目指す『レスポンシブルゲーミング』(責任あるゲーミング)という考え・取り組みが浸透しています。依存症が疑われる人にカウンセリングをしたり、カジノへの入場を規制したりしています。こうした対策やケアをしっかりするべきです。そうすれば、カジノが解禁になってもギャンブル依存症は減るのではないかと思います」

日本カジノスクール校長の大岩根成悦氏
日本カジノスクール校長の大岩根成悦氏
Rio Hamada / Huffpost Japan

大岩根校長によると、シンガポール級のIRが3カ所開設された場合、6000人程度のディーラーが必要になるという。

現在スクールに通う20代の男性は、オーストラリアでカジノを訪れた際、日本人ディーラーが働いているのを見て「すごく新鮮でかっこよくて見えて、こんな仕事をしている人がいるんだ」と興味を持った。卒業後は、「オーストラリアでディーラーになりたい」と話す。

一方時田さんは、日本でディーラーとして働きたいと考えている。だが、日本にIR施設・カジノができるのは、早くても2020年代の半ばだと言われている。

「長崎県がハウステンボスの水中にカジノをつくる構想を打ち出したというニュースを聞いた時には、そんなところで働けたらかっこいいよねと、日本人のディーラー同士でテンションが上がりました」

「2025年と考えてもまだ7年あるので、それまで日本には帰れないと思っています。今のうちに海外で経験をたくさん積んで、日本にカジノができるとなった際には、やはりスタートアップメンバーで一番最初に関わりたいです」

注目記事