「ずっとお金が怖かった」川村元気さんは、なぜお金をテーマにした「億男」を書いたのか?

10月19日、佐藤健×高橋一生の初共演となる映画「億男」が公開される
自身が書いた小説について語る川村元気さん
自身が書いた小説について語る川村元気さん
HuffPost Japan

お金と幸せの答えって何だろう。宝くじの当選を機に、その答えを追い求めるはめになった男の冒険譚を描く映画「億男」が10月19日、公開される。

原作は、「告白」「悪人」「君の名は。」などの映画プロデューサーとしても知られる川村元気さんの小説だ。

突如、億万長者となった図書館司書の、お金をめぐる30日間の大冒険
突如、億万長者となった図書館司書の、お金をめぐる30日間の大冒険
「億男」 川村元気/文春文庫

「ずっとお金が怖かったんです。だからとことん向き合ってみた」という川村さん。

彼なりの「お金と幸せの答え」について、そして映画製作だけでなく、小説家としても活躍する、川村さんの仕事との向き合い方を聞いた。

お金を一番の贅沢に使う方法

お金って、実態がない。金属だったり、紙だったり、もっと言うとデータだったり、通帳に書かれているただの文字だったりする。いろんな形がある。

もし、貯金の一番贅沢なかたちがあるとすれば、それは現金を手元に置いておくっていうことなんじゃないかなって思います。

実際、日本人は死ぬときが一番お金持ちの人が多いなんてことを聞く。それってすごく贅沢な買い物だと思ったんです。

使わないで死ぬなら、いくらあっても一緒だとも思います。だとしたら貯金というのはある種、「お金がある」という安心感を買っているということ。

貯めて貯めて貯めて、ずっとお金があるという状態を買っている。その気持ちのゆとりを買っているのかなと。

お金が怖い。ずっと嫌悪感を持っていた

もともとはお金に対する、恐怖心というか「お金に振り回されるのはイヤだ」っていう気持ちがずっとあったんです。お金に対する嫌悪感がすごくあった。

苦手意識ですね。

日本ではお金の話は避ける傾向にある。あまり口にしてはいけない空気がある。自分もずっとお金について考えるのが苦手でした。それでも書店にいくと「金持ちになるための本」が溢れている。そういう矛盾が面白い、と思ったのが興味を持つきっかけだった。

それで小説にするためにとことんお金について調べ始めました。そうすると、気付くんです。お金のこと、何も知らないんですよね。「億男」の中でも、主人公・一男(佐藤健)の親友で、若くして億万長者になった九十九(高橋一生)がやっていますが、お金の大きさを測ったり重さを量ったりしています。

すると一万円札と一円玉が同じ1グラムであるということに気づいたりするわけです。そういうこところからはじめて、自分でお金について知っていって、驚いたり発見したりするプロセスそのものを、物語にしたら面白いんじゃないかなと考えて、「億男」を書き始めたんです。

お金が欲しいくせに、僕らはあまりにもお金のことを知らないということに気が付いた。もしも本当にそれが欲しいなら、とことん知りたくなるはず。毎日自分の体重を量るみたいに、重さとか大きさとかどんなものが描かれているのかを仔細に調べるんじゃないかと思いました。

ただこういうことを、自分で書いた時にびっくりしたんです。こういうことは普段思いつかないので、億万長者を取材し、九十九というキャラクターのセリフを書くうちに、自分じゃない誰かに書かされているような気になったんです。

いろんな億万長者を取材していく中で、その集積が擬人化したような感じでした。

お金=人のことを信じたい気持ち

億万長者への取材を通して、お金について考えることがたくさんありました。

僕の行きついた答えのひとつは、お金って「人間が人を信じたい気持ち」なんだな、と。それがベースで、信用を紙とか金属に乗っけている。

あのお金は、何に対するクレジット(信用)で成立しているんだろうと考えると、そこから人間が見えてくる。お金を前にすると人間の欲望とか、ほしいもの、嫌なこととかがはっきりする。それが面白い。

ただ、知らないものだと怖がっていると、振り回される。大事なのは、得るとか失うとかではなくて、振り回されないということ。

宝くじで得た3億円を、「お金と幸せの答え」を探し求めた一男が最後に決断した「お金の使い方」がよいのかわるいのかは、観客が決めるということでいいと思います。

お金の価値は、結局自分が決める。使い道は貯金だったり、家族のために使うことであったり、宗教だったり。あの映画のなかに、自分にフィットする価値観があるかどうか。

そして、お金から逃げ回っていた人が、自分なりのお金について考え始めてくれるきっかけになるといいな、と思います。

前作の小説「世界から猫が消えたなら」は、死がテーマだった。今回の小説「億男」では、題名の通り金がテーマになっている。小説のテーマを選ぶときは、決めていることがあるという。

川村さんに、小説を書いたきっかけを聞いた。

僕にしか書けないもの

映画を作ること、小説を書くこと、対談をしていくことって、僕の中ですべてリンクしているんです。3つなり、4つなり、5つなりの仕事を並行してやっているから、自分にしか書けないものが書けると思う。

映画を作る仕事をしているから、そこに集まってくるお金持ちに会える。

「億男」を書くために、10億円以上持っている人を100人以上取材した。そこで書いたのがこの小説。

取材じゃ入れてくれないような馬主席にも入って競馬をしてみました。実際、その競馬場で勝った人がいて、ポンと1億円を紙袋に入れて出てきた。

小説に出てくる新興宗教みたいなマネーセミナーにも、実際に偽名で登録して、お金を払って行きました。

体験できることはすべて体験した。そして、体験すると人間はどういう風に変わるのかを実感し、お金がある人がどういう気持ちになっていくのかを、小説に入れていった。

こうした体験をもとに、「星の王子さま」やミヒャエル・エンデの「はてしない物語」みたいなトーンで、寓話的にお金という生々しいテーマを書く、というのが念頭にありました。

だから、出てくる人の名前もすべて数字がついている。一男、九十九、十和子、百瀬、千住みたいに。すべてのモデルは実在の億万長者がベースになっています。

佐藤健演じる一男(右)と、高橋一生演じる九十九らが「お金と幸せの答え」を探し求める
佐藤健演じる一男(右)と、高橋一生演じる九十九らが「お金と幸せの答え」を探し求める
(c)2018映画「億男」製作委員会

自身が作る映画や小説が、ことごとくヒットしている川村さん。

2005年、26歳で興行収入37億円をたたき出した映画「電車男」を企画・プロデュースし、2010年に公開された映画「告白」は日本アカデミー賞最優秀作品賞に選ばれた。

そして、新海誠監督と組んだ2016年のアニメ映画「君の名は。」は興行収入250億円を突破。初小説「世界から猫が消えたなら」(2012)は世界15ヶ国で出版され、140万部のベストセラーに。

どうやってヒットを飛ばすのか。ヒットする作品の嗅ぎ分け方を語ってもらった。

川村流の映画、小説の作り方。

僕は、着想してから作るまでにすごく時間がかかるんです。とにかく取材する。「億男」の取材は、2年くらいずっとやっていました。

映画を作るときもそうですが、1つのテーマやアイデアの思い付きだけで描かないようにしています。2個、3個、4個とアイデアがくっついていって、ようやく人に見せられるものになる。

落語の「芝浜」が、「億男」には出てきます。作品の作り方はちょうど、芝浜が作られたときの状況に似ている。

芝浜は三題噺でできたと言われています。寄席で客から三つのバラバラなお題を貰い、そのお題を絡めて、その場で作る即興の落語。

「億男」で言えば、お金・落語・モロッコかな。全部バラバラだけど、自分の興味のあるものでつながっている。並行して気になっていることが、つながるのを待つ。

僕の中で一貫しているテーマは「幸福論」。死をきっかけに、人間にとって幸せとは何なのか。お金をきっかけに、幸福な状況とは何かを考えるんです。

「時代の気分」=クマに気が付くこと?

僕はマーケティングのデータは見ないんです。自分の中にある何かを見つけるようにしている。

いま世の中の人たちが何に不満を持ち、何を求めているのか、そういった「気分」みたいなものに気が付きたいと思い続けています。

自分が気になっていることは、世界とつながっているんじゃないかと想像する。大衆について考えるのとは逆のアプローチなんです。個から全体を考える。

僕がよく話すたとえに、クマのぬいぐるみの話があります。

僕がいつも使っている駅の前にある赤いポストに、ある日、ポストの上にクマのぬいぐるみが置き忘れられていた。「なんでこんなところにあるんだろう」「誰が置き忘れたのかな」って気になりながら、その駅を使っていました。

次の日も、その次の日もある。なんで誰も何も言わないのかな、なんて考えていた。

そして、3日目に気が付いたんです。

このクマのぬいぐるみ、この駅を使う僕以外の何千人、何万人、そのほとんどがここにあることに気付いているのではないかと。みんな分かってるのに、誰も何も言わない。

だから、僕の仕事はそこでポストからクマのぬいぐるみを持ち上げて「これ、誰のですか」と叫ぶことなんです。その瞬間、いろんな人が「私も気になってた」「僕も誰か何か言ってくれないかと思ってました」って次々と言い出す状態になる。

それは、谷川俊太郎さんと「仕事。」という対談集でお話しした時に、お聞きした「集合的無意識」という言葉がすべて説明してくれました。

みんな同じことを考えているけど、なぜか言葉になっていないもの、表現されていないこと。そういうことを形にすると、映画でも小説でも「観たい」という連鎖が起きるのではないか。

その「時代の気分」に気が付くために、海外にも旅に出る。自分の普段いる場所を遠くから眺めてみる。思い切って取材で掘り進めて行くこともある。

そういうことをしながら、いま世の中は何を考えているのか、どんな気分を共有しているのか、自分はどういう気分をごまかしているんだろうかってことを考えるんです。

紋切型エンターテイメントの時代は終わった

僕は、規定の単語が嫌い。気分や考え方を簡単な言葉でまとめちゃうのが苦手なんです。常に疑い、考え続けたいと思っています。

新聞やテレビでも、短くまとめたり、紋切型で語られる文章が多いけど、それは時代に合わなくなってきているとも思います。

むかし、テレビならテレビだけを家族で見ていた。朝起きたら新聞だけ読んでた。

でも今は、テレビもついてて、新聞があり、雑誌も手元にあって、スマートフォンを開けばLINE、Facebook、Twitterーーいろんなアプリがある。

インターネットエクスプローラーやサファリを開けば、ネットのページが20枚くらいレイヤーになっている。

僕らの人生が、複雑なレイヤーになっていて、複雑な価値観になっている。なのに、ジャーナリズムやエンターテイメントが一つのレイヤーで紋切型でものを語れる時代は終わっている。

アニメ映画「君の名は。」は、とても複雑な作りになっている。音楽も、映像のレイヤーも多く、物語も入り組んでいる。

「億男」は、お金でもあり、旅でもあり、落語でもあり、家族の話、哲学の話でもある。

そういう複雑なものを掛け合わせている。一言で言いきれる時代は終わったなと思っています。

複雑で、かつ観る人がそこから自分で答えを見つけるものを作りたい。今はそう思っています。

川村元気(かわむら・げんき) 映画プロデューサー/小説家。1979年横浜市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、東宝(株)へ。社内の企画募集に応募し、プロデューサーになる。映画「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「君の名は。」など数々のヒット作を世に送り出し、2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。初小説「世界から猫が消えたなら」は発行部数140万部を突破。次作小説「億男」も、2作連続で本屋大賞にノミネートされ、10月19日から映画として公開される。 2019年には、認知症と記憶をテーマにした小説「百花」が発売される予定。

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