真の指導者は、教えない。プロ野球・吉井理人コーチが明かす『勝手に成長する人』の育てかた

「コーチって偉そうだなと思って、みんなで話し合いにしたい」
吉井理人さん
吉井理人さん
Rio Hamada / Huffpost Japan

優秀な人材はどうやったら育つのか。多くの指導者が、頭を抱える悩みだ。

スポーツ界では、コーチと選手が「師弟関係」を築いて厳しく教え込んだり、技術を伝えたりする指導方法が多い。一方、プロ野球千葉ロッテの吉井理人投手コーチは、「自ら考えて成長する」選手を育てることが重要だと考えている。自身の経験やコーチ論を、著書『最高のコーチは、教えない。』につづった。

自発的な選手を育てるのは、プロより前の少年・高校野球の指導こそが大事だと、吉井コーチは訴える。組織の人材育成にも活かせる「教えない指導」とは、いったい何なのか。吉井コーチに聞いた。

吉井理人さん
吉井理人さん
Rio Hamada / Huffpost Japan

「自分がされて嫌だったことはしない」

実際にコーチになって初めて気づきましたが、本当にちょっとしたアドバイスや起用法を誤ると、選手の一生を台無しにしてしまいます。

私も現役時代、コーチから言われたことが全然できず、「本当にいいアドバイスなのか?」と思いながら従うこともありました。スポーツ界全般にそうですが、昔は、コーチと選手は師匠と弟子みたいな関係でしたから。

それで、コーチになった当初は「自分がされて嫌だったことはしない」という方針でしたが、本当に選手のためになっているのか不安もあって、コーチングを知るため大学院で勉強しました。

アメリカでは選手とコーチは別物で、選手で成功した人がコーチになるという考えがありません。選手を途中で諦めた人が、コーチの道で生きようという選択肢もある文化ですね。

一方日本では、ある程度成功した選手でないとコーチになれません。中には選手として高い技術があって、それを教える能力もある人はいると思いますが、確率は低いですよね。選手とコーチで、全く別の能力が必要なのはごく当たり前のことですよね。

千葉ロッテや横浜ベイスターズは、コーチへのコーチング講習をし始めていますが、コーチングに力を入れている球団はまだまだ多くないと思います。

コーチの仕事は「選手が気付かないうちにアドバイスを送る」

「教えない」と書いてあるんですけど、実は教えているんですよね。

選手が気付かないうちにアドバイスを送るのが、コーチの一番の仕事だと思っています。選手自らこうしようと気づいて、練習し始めるという。教えすぎないというのが本当かもしれないですね。

コミュニケーション方法として、頭ごなしに否定するのはよくないので、選手の話を聞いた上で、「でもな」よりも「こんなんもありまっせ」と提案するのがいいかなと。butじゃなくてandの方が受け入れられやすい。

僕が実践しているのは質問攻めです。自分のプレーを本人の言葉でしゃべらせ、振り返らせる。そうするうちに気付くことが絶対にあります。その時に「どうしようか?」と聞けば、「こんなことやってみたい」となります。

ブルペンで、ヤクルトから日本ハムに移籍した藤井秀悟(左)を指導する吉井理人投手コーチ(沖縄・名護市)
ブルペンで、ヤクルトから日本ハムに移籍した藤井秀悟(左)を指導する吉井理人投手コーチ(沖縄・名護市)
時事通信社

登板しない選手を記者役に

あとは、日本ハムの2軍コーチの時代に、その日登板しない投手を記者役に設定し、登板した投手に質問させるという取り組みをしました。通常は、試合が終わった後に選手を集めて、コーチが振り返りをします。自分が選手だった時も全く頭に入ってこなかったし、コーチの側からも選手が聞いていないのが分かるんですよ。

それに、失敗したところを指摘されたら、自分でもう分かっているので、逆に嫌になりますよね。選手同士でしゃべれば頭にも入るし、ちゃんと振り返るかなと思いました。

コーチって偉そうだなと思って、みんなの話し合いにしたい。また、2軍は試合に出られない選手もたくさんいるので、彼らもちゃんと試合を見て、何かを感じてほしいという思いもありました。

あとは、1軍で投げた先発ピッチャーに登板翌日、僕のインタビュー形式で振り返ってもらうこともしました。人に言われてやるよりも、自分で考えるほうがモチベーションは高いはずで、上手くいく確率は高いのではないでしょうか。プロ以前の高校や少年野球の段階から、そういう指導を定着させたほうがいいと思います。

吉井理人さん
吉井理人さん
Rio Hamada / Huffpost Japan

影響を受けた指導者は?

振り返ってみると、ヤクルト時代の野村克也監督やオリックス・バファローズ時代の故・仰木彬監督など、指導面で影響を受けた人は何人もいます。それぞれコミュニケーションの取り方がうまくて、選手のモチベーションを上げる技術を持っている人たちでした。

野村さんは、特に起用法ですよね。失敗した時の同じ場面で起用したり、交代させられそうだと思ったところで「行け」と言ってくれたりとか。普段はぼやいていますけど、ゲームの中の使い方で「おぉ、やっぱり信頼してくれてんねや」というのが分かるんですよ。

それは気合いが入るし、モチベーションも上がる。「この監督のために頑張ろう」と(思わせる)いうタイプでした。

仰木監督は、しゃべるのが上手かったですね。いろんなところで声かけてくれました。

吉井コーチの野球論。4番打者のバントはあり?

野球は限りなく個人競技に近いチーム競技だと思います。でも打順やポジションといった役割があるので、(バントなど)自己犠牲の役割の人は、それはそれでいいと思います。ただ、野球観の話になりますが、4番バッターにチャンスでバントは違うでしょと。

4番でも、指示がないのにバントしたり、例えばノーアウト2塁の同点のチャンスで、ヒット狙いで右に流し打ちしたりする選手もいます。監督やチームが「打たせる」と決めたのだったら、その選手には長打を狙ってほしい。それでも、右打ちしたりするのが日本の野球文化です。

短期決戦になると、勝利のために4番でもバントしなきゃいけないケースが出てきます。だから日本は、WBCのような短期決戦の大会が強くて、アメリカは弱いんじゃないでしょうか。

投球制限の面からも、野球はリーグ戦が合っているスポーツだと思います。リーグ戦のほうが「負けてもいい試合」が作れるので、選手を休ませることができます。リーグとトーナメントでは、作戦面でも大きく変わってきますよね。

Ten silhouettes of a man playing baseball
Ten silhouettes of a man playing baseball
TrapdoorMedia via Getty Images

少年野球「負けてもいい試合を作ればいい」

高校野球はトーナメント戦(で一発勝負)なので、仕方ない(休ませづらい)部分があると思います。小、中学校も試合が多いので、そこで故障の原因を抱えている子が、高校のタイトな日程のゲームでもっと悪化させるというケースがあります。

もっと、小中高をひっくるめて考えていかなきゃいけない問題だと思います。土日に毎週大会があるという感じで、そうすると勝ちたいってなるじゃないですか。試合数を減らしても力が落ちたりはしないと思います。

それから、少年野球は「負けてもいい試合を作ればいい」と思うんですよね。どれも(一発勝負の)大会にしてしまうので、監督が勝ちたくて「また行ってくれ」と、エースばっかり投げさせなきゃいけなくなる。でもそうじゃなかったら、ポジションを回そうか、となりますよね。

Duplicate boy baseball player
Duplicate boy baseball player
gyro via Getty Images

野球を「2時間ぐらいで終わる競技に」

私も甲子園を経験しましたが、エースばかりが投げる雰囲気になりますよ。選手も「行きます!」と言いますしね。甲子園がアマチュア野球界の最大の目標になっていて、その先のプロをしっかりと見据えている球児はとても少ないと思います。

長い歴史がありますし、もちろん僕も甲子園は好きです。連投や投球数は、大人が調整するしかないですよね。あと、ルールを変えちゃうとか。ストライクゾーンをちょっと広げるだけでも球数が減ると思うので、時間の短縮になります。本当はイニング数を減らすのが一番いいのでしょうけど、それはちょっと難しいので。

野球は大逆転ゲームなので9回やらないと面白くない。でも、故障予防の観点やお客さんをもっと増やす意味では、絶対に短くしたほうがいいと思います。高校野球が1時間半ぐらいで終わるのは、プロ野球よりもストライクゾーンが広いからです。選手の技術も未熟なのでゲームが速く進む。プロ野球もほんのちょっと広くするだけで、30分は短縮できます。2時間ぐらいで終われる競技にしないといけないと思います。

吉井理人さん
吉井理人さん
Rio Hamada / Huffpost Japan

注目記事