不正、虐待、自由は抽象的概念ではない。その向こうには命がある。
失われた命、救われた命、尊厳を持って生きる命、絶望のうちに生きる命。
そして涙と微笑みがある。
そのひとりひとりに名前がある。
何人かの名前は世界をめぐるニュースの見出しとなる。そのほかは多分聞いたことがないかもしれない。でも紹介させてほしい。人生を変えたいと思っているのなら、この人たちのことを知るべきだ。
■□■ 戦火と避難生活の試練 ■□■
トルコのアクチャカレ難民キャンプ
マハさんはシリアから来た8歳の少女。ミサイル攻撃でアレッポの自宅を破壊され、両親を亡くしたため、叔父と共にトルコへ脱出した。
トルコのアクチャカレにある新しい「家」はコンクリートの箱。3方を壁に囲まれ、ドアもトイレもベッドも洗濯場も料理する場所もない。水はホースから飲み、食べ物は近くの難民キャンプで難民たちが集めてくれたのをもらっている。皮膚には発疹ができ、下痢に苦しみ、風邪をひいている。悲惨な状況を見てきたトラウマが原因で、今は一言もしゃべれない。受けられる支援もない。
この3年間でシリアから脱出した難民は約380万人になる。シリアの紛争は終結する気配もなく、難民は増えるばかりだ。
国際社会の対応は惨憺たるものだった。提供された資金も再定住枠もまったくお粗末で、しわ寄せを受けたシリア近隣諸国が過分に難民受け入れざるを得ない事態となっている。トルコは、9月にはわずか3日間で約13万人の難民を受け入れた。EU全体が過去3年間に受け入れた数より多い。
アムネスティは来年、各国にもっと多くのシリア難民を受け入れるよう、積極的に働きかけていくつもりだ。また、人道支援に必要な資金を負担する義務を果たすことも、強く要請していきたい。こうした要請が首尾よくいけば、マハさんは新しい住まいを得て、いつの日か再び微笑むかもしれない。
■□■ 死を待って45年 ■□■
袴田巖さんと姉のひで子さん
袴田巌さんは78歳だ。1968年に殺人罪で死刑判決を下されて以来、45年という人生の大半を独房で過ごしてきた。他の囚人と話すこともテレビを見ることも禁じられた。トイレと散歩以外は、房内にじっと座っていなければならなかった。
日本における死刑執行は秘密のベールに包まれている。処刑の日も知らされないため、袴田さんは45年間毎日、「今日は守衛に名前を呼ばれるかもしれない」と怯えた。独房に入れられて間もなく、精神疾患の兆候を示し始めた。
アムネスティなどの団体が精力的に運動したことが功を奏し、今年3月、静岡地方裁判所は、証拠は改ざんされた恐れがあると死刑判決を無効として、再審と釈放を命じた。
死刑制度が袴田さんから奪った年月と健康は、もう取り返すことができない。二度と同じような犠牲者を出さないために、私たちは何をすべきだろうか。
■□■ 流産で投獄 ■□■
中絶の絶対禁止をやめさせる活動のビデオより
エルサルバドルのマリア・テレサ・リヴェラさんは、衣料品工場で働くシングルマザーだ。ある日、激しい痛みを覚え洗面所に行った。義母が床に倒れ出血しているのを見つけ、急いで病院に運んだ。
病院は警察に通報し、その結果裁判所は、妊娠にまったく気付いていなかったテレサさんに、加重殺人罪で懲役40年の刑を下した。病院や警察は、証拠がないにも関わらずテレサさんがわざと流産したと主張した。
エルサルバドルは世界でも特に厳格な中絶禁止法を定めている。妊娠が健康や生命を脅かす時でも、強かんによる場合でも、中絶は禁じられている。やむを得ず危険を承知で、怪しげな中絶手術を隠れて受ける人もいる。時には自殺を選ぶ人もいる。中絶禁止法は根拠のない疑心暗鬼を生み、流産や死産に苦しむ女性を殺人の罪で牢獄へと追いやる。とりわけ貧しい人たちを。
30カ国以上のアムネスティの支援者たちは、エルサルバドルの中絶禁止令に終止符を打つ運動に加わっている。国はマリア・テレサさんをはじめ16人の女性の恩赦を検討しているが、アムネスティは彼女たちの釈放を求める運動もしている。マリア・テレサさんの8歳の息子には母親が必要なのだ。
■ マハさん、袴田さん、マリア・テレサさん ― この3人の名前を忘れないでほしい
この人たちのことを考えると、怒りが込み上げてくる。彼らだけでなく同じような運命にある何千という人たちを苦しめてきた不正義には、まったく言い逃れの余地はない。しかし3人のことは、誇りでもあり希望でもある。なぜなら、彼らも私たちも、この不正義が正されるまではあきらめないからだ。そして2015年も、私たちは3人のことを世界に刻み続ける。
(アムネスティ・インターナショナル調査局長、アンナ・ニースタット)
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