「マイク役を探すのは絶対無理だろうと思っていた」田亀源五郎さんとNHKプロデューサーが語る「弟の夫」ドラマ化の裏話

漫画「弟の夫」ができたきっかけとして、田亀さんは「3つの要素があった」と語る。
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東京、渋谷区神宮前二丁目にあるアジアンビストロ「irodori」が3月に閉店する。LGBTのコミュニティスペース「カラフルステーション」を併設しているirodoriは、昨今のLGBTを取り巻く社会の変化の中心地とも言える場所だ。閉店に向け開催される全6回のクロージングイベント、LGBTのこれまでとこれからを考える「カラフルトーク」をレポートする。

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第2回はゲイアートの巨匠・田亀源五郎さんによるトークショー。第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、さらにNHK BSプレミアムでドラマ化が決まり3月放送予定の話題作「弟の夫」の裏話を語った。

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ゲイ・エロティック・アーティストの田亀源五郎さん。

■弟の夫ができた「3つの要素」

漫画「弟の夫」ができたきっかけとして、田亀さんは「3つの要素があった」と語る。

「1つは、約15年前にある青年誌の編集者さんから『(田亀さんの)自伝漫画を読んでみたい』とお話しをいただいたことです。

私の人生はあんまり面白くもないし書きたいわけではなかったんですが(笑)、普段ゲイ雑誌にエロ漫画を書いているので、その時にふと『媒体がその気なら、ノンケ(異性愛者)向けのゲイ漫画を書くのもありかな』と思ったんです。でも当時は「弟の夫」ではなくもっと違う話を考えていました」。

2つ目は、世界中で同性婚の話題が出てきているのを見て面白いなと思っていたこと。「同性婚を絡めた漫画もいいなと思っていたんです」。

3つ目は双葉社から声がかかったこと。「その時に青年誌の時に思いついたノンケ向けのゲイ漫画、同性婚のアイデアを思い出して『弟の夫』の話を思いついて提案しました。そうしたらトトトトっと連載が始まってしまったんです」。

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「弟の夫」:弥一と夏菜、父娘二人暮らしの家に、マイクと名乗る男がカナダからやって来た。マイクは、弥一の双子の弟の結婚相手だった。「パパに双子の弟がいたの?」「男同士で結婚って出来るの?」。幼い夏菜は突如現れたカナダ人の「おじさん」に大興奮。弥一と、「弟の夫」マイクの物語が始まる――。(amazonより引用)

弟の夫を描くに当たって、LGBTを取り巻く課題についてすでに関心のある人や理解のある人ではなく「何も知らないヘテロセクシュアルの人にアピールするというのを意識していました」と話す田亀さん。

同性婚に関する議論が盛んな欧米では、LGBTの知り合いがいるという人も多いが、日本ではまだまだ少ない現状。

「そんな中で同性婚の議論をしたらあまりにも不安だなと思ったんです。そして、世の中を変えるためにはマジョリティの意識を変える必要があるなと思って」。

この考えが「ゲイの弟がいる兄」という設定につながった。

連載がスタートした当時は不安だったと田亀さんは語る。

「私は自分の作品に自信はあるけど、これを読者が面白がってくれるかなと不安でした。幸い第1話の反響は良かったけれど、いわゆるネタ的な消費で出落ちの可能性もある。だから単行本の1巻の反響を聞いて泣きそうになりました」。

自身の作風であるゲイ・エロティックについては、「ノンケをターゲットにしているとはいえ、今まで読んできているファンにも『変わってないよ』と伝えるためにシャワーシーンなどはあえて取り入れました」。

シャワーシーンを入れたことにはもう一つ「批評的な意味もあった」と語る。

「ノンケの青年誌は女の子のシャワーシーンや着替えがカジュアルなサービスとして描かれているけど、男性の場合は描かれない。同じシャワーシーンを男性で描くことで『なんでこんな所に男のシャワーシーンがあるんだよ』とギョっとして欲しくて。そこから自分の中の偏見を感じて欲しかったんです」。

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ドラマ「弟の夫」のプロデューサー、NHKエンタープライズの須崎岳さん

■ドラマ化は正直不安だったが、すごく納得のいくものになった

ドラマ化の打診は「弟の夫」第1巻が出てすぐ複数社から来ていた。田亀さんは「NHKが一番早かったので他のオファーは断りました」と話す。

番組プロデューサーの須崎さんやNHKのドラマ制作チームと田亀さんが初めて顔を合わせたのは2017年の夏だった。

その際、田亀さんは、脚本に新しい要素を加えることは良いが、「涼二の死因はエイズということにはしないでほしい」と伝えたそう。

涼二は、弟の夫の「弟」にあたる登場人物。主人公、弥一の弟で、マイクの夫だ。

「涼二の死因は話の流れ上重要ではないので描いていなかったのですが、以前インタビューを受けた時に『涼二の死因はエイズですか?』と聞かれたことがあって。まだこんな考えの人がいるのかと思いましたが、それもあり、涼二の死因を付け加えても良いけど、エイズということにはしないでと伝えました」。

また、田亀さんは「露骨な悪役は出して欲しくない」ということも伝えた。

それに対してプロデューサーの須崎さんは「自分の中にある無意識の偏見に気づいていくのが大事で、露骨に差別する人は出て来ない方が良いと田亀さんが仰っていて、その通りだと思いました」と語る。

作品の中でひどい言葉を投げかけてくる登場人物も「悪い人ということではなくて、彼らなりの価値観があって、今はそういう見方をしている人なんだと。むしろこれから腹をわって3回くらい話せば分かりあえるんじゃないかくらいのイメージで脚本を書きました」。

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イベントでは、公開されたばかりのドラマ「弟の夫」予告編を流した。たった2分の映像で会場では涙を堪える人も。

原作のある作品をドラマ化する際、内容が変わることもある。

須崎さんは自らを「オリジナリティを取り入れるタイプ」と語るが、弟の夫は原作のストーリーをあまり変えなかったという。

「脚本家と話し合う中で『原作にすごく繊細に思いが乗っかっているので、僕らの方で新しい要素を盛り込むと、何かバランスが崩れてしまうんじゃないか。その"何か"が何なのかはわからないけど』という意見が出たんです。その声にチームの考えが一致し、概ね原作のストーリー通りに制作することになりました」。

田亀さんは「かなり変わるのかなと思っていたら、エピソード的にはほとんど変わっていませんでした。原作には出てこないオリジナルの役がひとりだけ出てきますが、『あー、なるほど』という感じで、むしろ漫画でもこれやれば良かったと思うほどでした」と話した。

先日マスコミ向けの試写会で第1話を見たという田亀さん。

「見るまえは正直不安でした。でもそれは杞憂に終わりました。すごく納得のいくものでしたし、誠実に向き合って下さり、真剣に作っていただいたというのを感じました」。

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irodoriの2Fに併設されている「カラフルステーション」では、「田亀源五郎『弟の夫』の世界展」と称し原画が展示されている。

■佐藤隆太さんと把瑠都さん。なぜこの配役になったのか

ドラマでは、主人公の弥一役を佐藤隆太さん。弥一の弟・涼二の夫であるマイク役を、元大関の把瑠都さんが演じる。なぜこの配役になったのか。

マイクの役について、田亀さんは最初「どう考えても(探すのは)難しい」と感じていた。「クマみたいで、体がでかくて、日本語が話せて、演技も出来てって、絶対無理だろと思いました(笑)」。

須崎さんは「日本語が話せるタレントさんやアーティストを片っ端から探した」と話す。

「キャスティングのミーティングでマイク役に迷いシーンとなっていた時に「把瑠都さん、どうですか...?」という意見が出て、一瞬何のことを言っているかわからなかったんです。『え、地域の名前だよね?バルトって」と(笑)」

「元大関の...と言われて『あー、今タレントをやっている』と気づき、スマホで検索したら、ちょうど今、舞台をやっていることを知って。しかも準主役だったんです。見に行ってみたらすごく良くて。ちゃんと気持ちが伝わってジーンと来ました。その後すぐに会わせてもらって決めました。」

「キャスティングは随時送られてくるのですが、把瑠都さんが送られてきたときは『は〜〜!』と。すごい興奮しました』と、田亀さんもこのキャスティングに感心したそう。

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主役の佐藤隆太さんについては、「どういう弥一になるかがすぐに想像できました」と話す田亀さん。

須崎さんは「明るい雰囲気であること」を重視したという。

「弥一はすごく悩んでいくポジションなので、あまりシリアスな感じだと重くなってしまうなと思っていて、普段明るくコミカルな役をやる佐藤さんなら面白くなるんじゃないかなと。実際に子育てをされていて子どもが好きだというのも小耳に挟んでいたので。マッチョではないけど佐藤隆太さん合うなと思ってキャスティングしました」。

続けて田亀さん「この間ロケを見学した際に初めて佐藤さんにお会いして、その時にいきなり『マッチョじゃなくてすみません』と言われました(笑)『それ、単に私の絵のクセので気にしないでください(笑)』と伝えました」。

■人と人との関わり方や、家族のあり方が描かれている

最後に須崎さん、田亀さんそれぞれから一言ずつ話があった。

須崎さん「私自身、ゲイだったりLGBTについて、取り分け興味が強かったり詳しかったわけではありませんでした。ですが、こうしてご縁で取り組ませてもらって『あ、そうだったんだ』と、自分自身考えさせられることが多かったです」。

「LGBTという言葉が浸透しつつ、でも実際理解はまだまだだろうなというところはあると思います。ゲイや同性婚だったりというテーマではありますが、すごく普遍的で、人と人との関わり方や、家族のあり方が描かれていて、多くの人に見てほしいなと思っています」。

田亀さんは、昨年テレビで放送され炎上した保毛尾田保毛男の件について言及し「表現」について自身の思いを語った。

「問題がある表現を指摘するのはあって然るべきだけど、問題がない表現を世に問うていくことも大切だと思います。"ちょっとこれは"という表現を非難するのに精力を費やすのではなくて、私は良い作品を世に出していきたいと思っています」。

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今回イベントに登壇した3名。左からNHKエンタープライズの須崎岳さん、田亀源五郎さん、そしてモデレーターをつとめた認定NPO法人good aging yells代表の松中権さん。

「良い作品を出して行きたい」そう語った田亀さん。今後の予定について、来月からはじまる新連載についての情報も明かした。

「来月の月刊アクションで『僕らの色彩』という新連載を出すんですが、これもゲイの話にしています。弟の夫ではノンケを主人公にしていますが、今度はゲイを主人公にして、ノンケを感情移入させられると良いなと思っています」。

「内容としては青春モノというイメージを抱きつつ、中学生のころの自分が読みたかった漫画を描きたいなと思っています。主人公が高校2年生で、ゲイであることは自覚しているけど、同級生に告白できなくて悩んでいる。幼馴染の女の子や、謎めいたじいさんが絡んできたりという、セックスでもロマンスでもないゲイを描きたいと思っています。3月24日発売の月刊アクションで掲載します」。

和気藹々とした雰囲気の中行われたトークショー。終了後は懇親会も開かれ、田亀さんは気さくに参加者と交流した。

ドラマ「弟の夫」はNHK BSプレミアムで、3月4日(日)夜10時からスタートする。田亀源五郎『弟の夫』の世界展は、irodori2Fのカラフルステーションにて、3月24日(土)まで開催中だ。