「子供を産みたい」という感情が出てこない40代、未婚、子なしの私について

男に頼らずとも、女が一人で生きていくことは、十代の頃に自分が夢見た姿だ。夢が現実になったけれど、現実はそう甘いものではない。
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Ponomariova_Maria via Getty Images

家族を持つことに絶望した理由

私が幼い頃、父は母に暴力を振るっていた。夜になると、寝室の襖の向こうで両親の怒鳴り合う声が聞こえて、私は落ち着いて眠ることができない。私の兄は兄妹喧嘩といえないほど、ひどく私を殴り、冬の日に裸足のまま家の外に締め出した。その時、母は助けてくれず、布団にずっと横になっていた。そういう家庭で育ったせいか、私には家族を持ちたいという願望が生まれなかった。むしろ、「絶対に結婚するものか」という気持ちが強く、たくさん稼いで一人で生きていくのだと10代の頃に決めた。しかし、希望していた美術の大学へは両親の強い反対にあい、行くことができなかった。不本意な短大へ進学をしたが、卒業後は就職氷河期のため就職先が決まらない。「たくさん稼いで一人で生きていく」ことができなくなり、実家で引きこもっていた時期、母に当たったことがある。

「なんで希望の大学へ行かせてくれなかったのか」

母は泣きながら言った。

「普通に就職して、普通に結婚して欲しかったのよ」

その言葉を聞いた時、目の前が真っ暗になった気がした。夫に殴られながら無償労働の家事をして、幸福とはいえない家庭を築いた母が自分と同じ道を歩ませようとしていたことが信じられなかったのだ。

「それは、お母さんの幸せであって、私の幸せじゃない!」

私は半ば絶叫するように言った。

それから20年近く経った。私はいまだに独身であり、子供もいない。

 

子供が欲しいと言われて戸惑う

30代半ばの頃に付き合った彼氏がいた。彼は付き合って3ヶ月という速さで同棲をしたいと言ってきた。私は彼のことが好きだったので、まだ早いと思いながらも一緒に住む住居を探した。しかし、ある日、彼が口にしたのは「エリコの子供が欲しい」という言葉だった。

私の年齢のことを考えて、同居を急いだというのだ。私はその時、「子供は欲しくない」と泣いてしまった。

 

長い間、女として生きているのに「子供を産みたい」という感情が全く出てこない。多分、それは自分が幸せな子供時代を送っていないのと、今現在が幸せでないからだと思う。正直、こんなに辛いことばかりがある世の中を生きさせることは、子供にとって酷だと思う。苦しい人生をわざわざ歩ませるなど、可哀想でできない。それが正直な理由だ。

 

しかし、その時の彼氏に「子供が欲しい」と言われて、気持ちが揺れたのは確かだ。結局、その彼氏とは別れたが、「結婚したら子供を産むのが当たり前」という世の中の規範に襲われて、そうしないといけないのではないか、と悩んだ時期もある。しかし、子供を産んでしまったら、自分の人生がガラリと変わる。もしかしたら、母と同じ轍を踏むかも知れないのだ。それだったら産まない方が良いと考えてしまう。

 

私は結婚が幸せになるための手段だと思っていない。むしろ、不幸になる制度だと思っている。結婚を機に、自分の名字を失う女性は多い。子供ができたら仕事を失うかもしれない。家事を分担してくれる優しい夫なら良いが、大半は妻に家事を任せきりにする人が多いと思う。そして、夫に経済的に依存した場合自分の立場が弱くなり、夫の振る舞いに耐えられなくなった時がきても、離婚に踏み切ることができない。

 

歳を重ねて経験することで、意識が変わる

しかし、歳を重ねて働き始めて気がついたことは、女はそれほど稼げないということだ。良い大学に行き、良い会社に入った人は違うかもしれないが、世の中の大半を占める同年代の女性たちは非正規で働き、安い給料でなんとか生きている。その一人である私は「結婚したほうが良かったのでは」と考えてしまう。

40代でパートとして働きながら生計を立てるというのは意外にハードで、欲しいものがあっても躊躇することが多い。スーパーで100グラム198円の豚バラ肉は買う勇気が出ない。結婚している友人とスーパーに行った時、たいして値段も見ずに豚バラ肉やカット野菜をカゴに入れる姿を見ると「羨ましい」という感情が頭をもたげてくる。私が短大を卒業した時は就職氷河期のため、新卒なのにどこの会社にも受からなかった。その後、中途採用で編集プロダクションに入社したが、社会保険も残業代もない会社で手取り12万だった。生活がままならない絶望感から自殺未遂をし、精神病院に入院した後は実家で10年近く引きこもっていた。その後、生活保護を受けながら仕事を探して、やっとパートの職を得たが最低賃金に近い値段で働いている。

 

思い返すと、短大時代、周りの女の子たちは必死に良い大学に通っている男性と付き合おうとしていた。私は当時、自分の力で稼がないで、生活を男性に頼ろうとする彼女たちを情けないと思っていたが、今思うと、自分の方が愚かであった。生活保障材として彼女たちは収入が良い男性と結婚をするために努力した。それが間違っているとは言い切れない。職に就くことができず、生活保護まで受けた自分だからそう思う。

 

そして、子供を持ちたくないと思っていた自分だったけれど、友人の子供と遊ぶようになって、少し意識が変わってきた。子供といるのは面白くて楽しい。欲しいものを欲しいと言い、嫌なことがあると泣きながら嫌だという。その姿を見ていると、私はホッとする。自分が子供の頃、欲求を表に出すことができない子供だったので、感情を表出する様を見ていると自分が癒されるのだ。

 

それに、自分が大人になってもアニメやゲームが好きなせいか、子供に変に気に入られてしまう。子供がやっているゲームを私もやっているし、子供が見るアニメを私も見ているので、自然に話があう。友達は「プリキュアの映画に1900円も出す気がしない」と言うが、私は全く構わないので、友人の子供と一緒にプリキュアの映画を観に行かせてもらった。むしろ、大人だと入りにくい場所に入れるので、子供がいるのはありがたい。

そして、子供と行動するようになって気がついたのだが、子供といると周りの大人が優しくしてくれることが多いので、世の中は意外と良いものなのかも知れないと思い始めた。

 

今現在、付き合っている人がいるのだが、その人は子供を持つ気もなく、結婚もする気がないと言っている。私の条件に合っていると思う。しかし、最近、自分の中で気持ちのブレが生じてきた。子供を持つこと、結婚をすることが本当に不幸なのかということだ。まだ、自分の中では否定的な気持ちが強いが、そうでもない自分が顔を覗かせている。年齢的に子供を持つのは無理だろうけれど、その人と一緒に暮らすくらいは良いのではないだろうか。

 

結婚せず、子供もいない日常を生きる

母は今ではもう「結婚」などということは口に出さなくなった。私の家は親戚づきあいをしないので「結婚はしないの?」などと聞かれることもない。それは本当にありがたいと思う。しかし、自分の中に、いくばくかの結婚に対するコンプレックスが残っているせいか、精神的に落ち込んでいる時には、街中の家族連れが羨ましくなることがあるし、妊婦マークをつけている人を見ると、なぜだか辛くなる。結婚をしない方が良いと頭ではわかっているのに、感情では結婚に憧れている自分がいる。街中に貼られている結婚式場のポスターに写っているウェディングドレスを着た女性を見ると、自分が間違っている気持ちになるし、このままではいけないと言われている気がする。

 

しかし、子供を持たなかったこと、結婚をしなかったことは、自分の意思によるところも大きい。そして、私の頭の中には、夫に殴られながらも結婚生活を続けた母の姿がある。私の母の時代では、結婚をしないで自立して生きている女性がほとんどいなかったし、離婚をして元気に働いている母親の姿もあまり見なかった。私は今、男に頼らずとも、女が一人で生きていけることを実践している。それは十代の頃に自分が夢見た姿だ。夢が現実になったけれど、現実はそう甘いものではない。

 

一人暮らしをはじめて十年以上が経った。付き合っている人がいても予定が何もない金曜日の夜はいたたまれなくなり、一人で安い居酒屋で酒を飲んだり、映画館に行って映画を観て過ごしている。一人で寝ていると猛烈に孤独が襲ってきて、不安で胸がかきむしられる。子供はいなくてもいい、だけど、誰かと寝食を共にしたい。若い頃は一人で生きていけると思ったが、人間は一人で生きてはいけないのだと、今更ながら理解した。結婚をする気がなく、今のところ同棲も考えていない彼氏と付き合いながら不安な日常を生きている。

 

(文・小林エリコ/編集・榊原すずみ)