里親、特別養子縁組を増やすのが大切なのはどうして?

生みの親と暮らすことのできない子どもたちのために、やらなければいけないことがあります。

日本には生みの親と暮らすことのできない子どもが約4万5000人いますが、里親家庭で生活するのは、このうちの約6000人。まだまだ里親家庭が足りないのが現状です。

これに対し厚生労働省は今年8月、社会的養護の将来像を示す「新しい社会的養育ビジョン」を発表、7年以内に6歳以下の未就学児の75%を里親委託、特別養子縁組の成立件数を5年間で現在の2倍の1000件にするなど野心的な数値目標を打ち出しました。

10月が里親月間に当たるのを機に、「ハッピーゆりかごプロジェクト」を通じて子どもが家庭で暮らす制度の普及に取り組んできた日本財団の経験を踏まえ、新ビジョンの目標や実現可能性、課題を検証してみました。

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日本財団
赤ちゃんのイメージ写真

▼新社会的養育ビジョンの狙い

生みの親と暮らすことのできない子どもたちが乳児院や児童養護施設などで生活する環境を施設養護、里親やファミリーホーム、養子縁組家庭などを家庭養護と呼びます。

2016年3月時点の日本の里親委託率は約18%、オーストラリアの93%、米国の77%などに比べ著しく低く、その分、施設養護の割合が高い状況にあります。

厚労省が家庭養育優先の方針を示したのは今回が初めてではありません。2011年には里親委託ガイドラインを作成し、施設より里親委託を優先する方針を示しました。ただし、あくまでガイドラインつまり「指針」であり強制力はありませんでした。

他にも家庭養護を2015年度から15 年間に、中・大規模な一般施設、グループホームと呼ばれる小規模施設、里親・ファミリーホームなど3つの形に大別し概ね3分の1ずつとする長期家庭移行計画も打ち出しています。

ところが増加する子どもの虐待をきっかけに2015年9月、「新たな子ども家庭福祉のあり方に関する専門委員会」が立ち上がり、子どもの家庭養育の重要性に関する議論が急速に高まりました。

委員会報告を受け昨年5月、国会で改正児童福祉法が全会一致で可決・成立し、子どもは家庭で養育することが原則と定められました。厚労省が打ち出した新ビジョンは、この法改正を受けて、子どもの社会的養護を抜本的に改革していくための理念とロードマップを示しています。

▼永続的な家庭―特別養子縁組

新ビジョンでは、特別養子縁組を5年間で1000件に倍増させる数値目標に注目が集まりがちですが、最大の意義は、子どもに「永続的な家庭」(永続性=パーマネンシー)を提供するのを児童福祉の目標に据え、特別養子縁組をその重要な手段・選択肢として明確に位置付けた点にあります。

永続的な家庭とは、施設や里親など期間が18歳までに定められた養育ではなく、実親子や養子縁組など一生続く親子関係を意味します。子どもは18歳で独り立ちを迫られることなく、より安定した環境で生活できる利点があり、国際的にも「パーマネンシー保障」の名で子どもの養育環境の目標とされています。

2009年に国連総会で採択された「児童の代替的養育に関するガイドライン」でも、「児童が家族の養護を受け続けられるようにするための活動、又は児童を家族の養護のもとに戻すための活動を支援し、それに失敗した場合は、養子縁組やイスラム法におけるカファーラなどの適当な永続的解決策を探る」とされています。

しかし、これまでの日本の社会的養護の現場には、里親や施設、そこに委託されている子どもの統計はありましたが、養子縁組に関する統計はほとんどありませんでした。

厚労省が取り組んできた家庭的養護の推進も、里親委託率の上昇や施設の小規模化に限られ、養子縁組は含まれていませんでした。里親制度の一環として養子縁組里親という制度はありましたが、児童相談所によって取り組みに大きな差があり、「養子縁組は私的な制度。行政が取り組む対象ではない」といった立場をとる行政機関も少なくありませんでした。

これに対し、新ビジョンは代替養育を「一時的な解決策」とした上で、永続的解決策の必要性を明確にしています。

児童相談所はすべての子どもに対し、家庭復帰、親族との同居、それらが不適当な場合の養子縁組、中でも特別養子縁組といった永続的解決を目的とした対応を行わなければならない。漫然とした長期間にわたる代替養育措置はなくす必要がある」と指摘。

養子縁組、中でも永続的解決を保障する特別養子縁組は子どもの福祉における重要な選択肢である」とも記し、検討されるべき養育の順番を(1)家庭復帰(2)親族・知人による養育(3)非親族等による特別養子縁組(4)非親族による普通養子縁組(5)長期里親・ファミリーホーム(6)施設養護としています。

国際的な基準に沿った順番で、日本財団も同様の主張を行ってきました。

▼広がる「乳幼児は家庭養育が原則」

昨年成立した改正児童福祉法は子どもの家庭養育を原則としています。

厚労省はさらに、昨年6月に出した通知で「就学前の乳幼児期は愛着関係の基礎を作る時期であり、児童が安定した家庭で養育されることが重要であることから、養子縁組や里親・ファミリーホームへの委託を原則とする」と乳幼児の家庭養育の重要性を強調しています。

新ビジョンはこの原則の達成に向け3歳未満は5年以内に、3歳以上の未就学児は7年以内に里親委託率を75%とする目標を掲げています。

乳幼児の家庭養育は既に国際的な潮流です。例えば国連の代替的養育ガイドラインには「専門家の有力な意見によれば、幼い児童、特に3歳未満の児童の代替的養護は家庭を基本とした環境で提供されるべきである」と記されています。

また、ユニセフと国連人権高等弁務官事務所は、2011年に『行動喚起:3歳未満の子どもの施設養育を終わらせよう(End placing children under three years in institutions A call to action)』との声明を出しています。

国連人権高等弁務官事務所は、他にも『3歳未満の弱い立場にある子どもの権利:施設への措置を終わらせるために(The Rights of Vulnerable Children Under The Age of Three: Ending their Placement in Institutional Care)』との報告書を出し、「施設の環境や衛生状態が改善されたとしても、特に3歳未満の子ども、さらに5歳、または8歳未満の子どもたちに対する悪影響の根本的な解決にはつながらない」とも記しています。

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ユニセフ
ユニセフと国連人権高等弁務官事務所による『行動喚起:3歳未満の子どもの施設養育を終わらせよう』

アメリカやイギリスでは既に、3歳以下の子どもが施設で暮らすケースはなくなりました。ルーマニア、ブルガリア、チェコなど東ヨーロッパ諸国でも3歳未満の子どもや障害児の家庭移行が急速に進んでいます。新ビジョンにより日本でもこうした取り組みがようやく始まろうとしています。

▼新ビジョンの実現に必要な取り組み

では、パーマネンシー保障という考え方を基に特別養子縁組や里親委託を進めるためには、どんな取り組みが必要となるのでしょうか?

長年300件台で推移してきたわが国の特別養子縁組は近年、増加傾向にあり、2016年の成立件数は514件でした。新ビジョンでは5年間で1000件に増やすのを目標としていますが、決して不可能な数字ではありません。

近年の不妊治療の高まりもあり、児童相談所や民間の養子縁組団体には赤ちゃんを養子に迎えたいと希望する夫婦が数多く待機しています。ただし、年長児や障害のある子どもは受け入れ家庭が見つかりにくい状況にあり、今後、研修や長期的な支援を充実していく必要があります。

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厚生労働省
厚生労働省「里親及び特別養子縁組の現状について」より

課題は家庭復帰の見込みのない子どもを、いかに特別養子縁組につなげていくかです。

厚労省の「社会的養護の現状について」によると、乳児院にいる子どものうち610人は親との交流がありませんでした。まずは都道府県や児童相談所が、現在、施設で生活している子どもの実父母との交流状況や実家庭への復帰の見込みを把握する必要があります。

参考になるデータとして、福岡市が実施した調査 があります。これによると、入所期間3年未満の児童の75.3%が18歳前に家庭に復帰しているのに対し、入所期間が3年を超えた児童の64.7%は18歳まで入所生活が続いています。

乳児院からそのまま児童養護施設に移った(措置変更)子どもの84.9%はその後も入所生活が続いていました。この結果から(1)入所3年以内の実家庭復帰への働き掛けが重要である、(2)3年を超え入所が続く可能性が高い子どもには早期に特別養子縁組または里親委託を保障する必要がある、(3)乳児院入所中に家庭への移行が進まないと長期の施設養育となる可能性が高い、ことが読み取れます。さらに多くの自治体が同様の調査を行い、実態を把握することが求められます。

また厚労省の調査では特別養子縁組を選択肢として検討すべきなのに、実際には検討されていなかった298件を精査した結果、68.8%は「実親の同意要件」、15.4%は年齢要件が障壁となっていました。

法務省の下で問題解決に必要な民法改正の検討も進められています。現在6歳未満となっている特別養子の上限年齢の撤廃や実父母が同意を撤回できる期間の限定、さらに児童相談所長にも養子縁組候補児の申し立てを認めることの是非などが焦点となっています。いずれも子どものパーマネンシー保障に不可欠な事項で早期の実現が望まれます。

近年は民間の養子縁組団体が特別養子縁組の成立件数の約3分の1を占めており、その活動にも注目が集まっています。民間の団体を規制する養子縁組あっせん法が来年4月に施行される予定で、民間団体の質の向上と合わせ公的助成の強化も必要となるでしょう。児童相談所の意識改革と、実践に向けた研修や制度の普及啓発等の取り組みも欠かせません。

厚労省も今年、特別養子縁組制度のポスターを制作するなど制度の周知に乗り出しており、今後の広がりが期待されます。

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厚生労働省
厚労省の特別養子縁組制度のポスター

▼参考となる事例は海外にも豊富にある

乳幼児の里親委託はどうでしょうか。ビジョンでは3歳未満は5年以内に、3歳以上の未就学児は7年以内に里親委託率を75%とする、としています。

日本の里親委託率が最新の数字でも18%前後に留まっている現状を見ると、目標が高すぎるようにも思えますが、静岡市のように委託率が既に46%に達している自治体もあり、現行の制度でも取り組み次第で委託率を上げることは可能なはずです。

もちろん里親委託を進めていくには里親のリクルート、研修、アセスメント、フォローアップなどを包括的に行う民間のフォスタリング機関が欠かせません。

民間フォスタリング機関は現在、大阪府や福岡市で活動しているキーアセットなど限られた団体しかありませんが、新ビジョンは2020 年度までに各都道府県にフォスタリング機関を設置することを目標にしています。

乳児院や児童養護施設ではこれまで、職員が集団で子どもを育てていましたが、今後は里親が子どもを育て、施設は里親を支援するフォスタリング機関や産前産後の母子支援、さらに高度なケアを必要とする子どもに、より手厚い専門的な施設を提供するなど機能転換と多機能化を目指すことになっています(図参照)。

乳児院や児童養護施設の職員には子育てのプロとして高い専門性を持つ人が多く、今後は自ら里親になる、あるいは実親や里親を支える役割に回るなど新たな活躍が求められています。

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日本財団

イギリスでは乳児院や児童養護施設などの機能転換と多機能化が既に30年前から進められており、昨年の日本子ども虐待防止学会で日本財団がスポンサーとなったセッションでは、バーナードスの元CEOロジャー・シングルトン卿がそのプロセスの経験を披露しました。

ルーマニア、チェコ、ブルガリアなど東欧諸国でも同様の動きが進んでおり、 アジアでもカンボジアが2016年から2018年までに5つの州の施設入所児童を30%減らすアクションプランを発表しています。 子どもが家庭で育つ社会づくりは国際的な潮流と言え、日本にも参考となる事例が豊富にあります。

▼子どもたちの未来のために

次に、新ビジョンを進めていくための課題を見てみたいと思います。日本で里親養育が伸び悩んできた大きな理由の一つに、民間の養子縁組機関やフォスタリング機関に十分な資金がなかった点があります。

今後、乳児院などの機能転換を進めるためにも、フォスタリング機関や母子支援事業に十分な予算を配分する制度設計が急務と考えます。

一般に子ども一人に掛かる費用は施設養育より里親養育の方が低く、里親委託が増えればその分、社会的養護全体のコストは下がる理屈です。そこから生まれる資金を活用して里親支援や施設養護を手厚くすれば制度の充実・強化が期待できると思います。

現在の児童相談所が虐待対応で手一杯であることも大きな問題です。新ビジョンでも触れられているように児童相談所の強化が最優先で進められる必要があります。

同時に里親や特別養子縁組の数だけ増えても子どもの生活の質が向上しなければ意味がありません。そのためには社会的養護に関わる全ての機関の評価を行う専門的評価機構の設立も急ぐ必要があります。

新しい社会的養育ビジョンは、多くのメディアの注目を集め、関係者の議論を巻き起こしました。しかし国全体として家庭養育を進める方針は別に目新しい考えではありません。国も従来の方針を大きく転換したわけではなく、新ビジョンによって、より早く、より包括的に進める目標を明示したところに意味があります。

数値目標を追求するあまり子どもに不利益が生じるようなことがあってはなりませんが、子どもがあたたかい家庭で育つことに反対する人はいません。

0歳だった子どもが3歳になるまでの3年間と、大人の3年間では重みが全く違います。その重さを考えると、できる限り迅速に子どもたちに最適な養育環境を提供していく努力が欠かせません。

ビジョン達成に向け、まずはできるだけのことをやってみる姿勢が必要と考えます。里親月間で里親家庭を募集するイベントや説明会が全国各地で行われる中、日本の子ども達の未来のためにも、そんな思いをあらためて強くしています。

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10月は里親月間です。ハフポスト日本版ライフスタイルでは里親にまつわるストーリーを紹介します。