この7月、2018年サッカーワールドカップがロシアで開催。日本中がサッカーの応援に熱狂した。そして、この10月24日からは、日本を含む24カ国が参加するアンプティサッカーの世界大会がメキシコで開催されることをご存知だろうか。
アンプティサッカーとは、四肢に切断障がいを持つ人たちがプレイするサッカーのこと。「アンプティ」は、英語で「切断」を意味する。日本アンプティサッカー協会では、メキシコ世界大会出場に向け、その遠征費用を確保するために、A-portでクラウドファンディングのプロジェクトをスタートした。
【動画】前回の世界大会で4大会連続3位のトルコ代表相手に予選で勝利したときの映像
■杖を支えに、ボールを蹴る片足のサッカー選手
アンプティサッカーが誕生したのは、1980年頃のアメリカ。足に切断障がいを持つ人がクラッチという杖を使い、片足だけでボールを蹴るサッカーだ。ゴールキーパーには、腕に切断障がいを持つ人があたる。チームはキーパーを含めた7人。クラッチを駆使しながらボールを追いかけてフィールドを走り回る選手の姿には、圧倒的な勢いが感じられる。
「杖をついているとは、とても思えないスピード感。選手がせめぎ合うシーンではクラッチが激しくぶつかり合う金属音が鳴り響くなど、白熱した試合が展開します」と語るのは、日本アンプティサッカー協会の副理事長で日本代表監督の杉野正幸さん(44)だ。
■ブラジルからやってきた片足の青年
日本でアンプティサッカーが始まったのは、約10年前。ブラジルから訪れた片足を失った青年がきっかけだった。彼の名は、エンヒッキ・松茂良・ジアス(通称ヒッキ・29歳)。ブラジル生まれの日系三世だ。
ヒッキさんは5歳のときに、交通事故で右足を切断するという大怪我を負う。
「もともとスポーツ好きで、小学校では杖をつきながら、ボールを蹴って遊んだりしていました。そんなとき、ブラジルに僕のように足を切断した人たちがプレイするアンプティサッカーをする団体があるのを知ったんです」(ヒッキさん)
ブラジルはサッカーが盛んなお国柄。アンプティサッカーの世界大会で4回優勝するほどの強豪だ。ヒッキさんも、18歳でブラジル代表としてアンプティサッカー世界大会に出場している。
そんなヒッキさんが、2008年、日本で就職するために来日。日本でもアンプティサッカーを続けるつもりだったが、当時の日本には、アンプティサッカーの団体も、プレイしている個人もいなかった。そこで、同じ職場にいた杉野さんの協力を得て、仲間を探したのが日本のアンプティサッカーの始まりだ。
■もう一度、生きる希望を取り戻す
「最初は杉野さんがかかわっていた知的障がい者のサッカーに参加させてもらったりしながら、自分と同じような条件でプレイできる仲間を探していました。義足は定期的なメンテナンスが必要なので、メンテナンスをしてくれる場所で出会った人たちに、"アンプティサッカーをやってみませんか"と声をかけたりして。ちょうど1年くらい経った頃、ようやく7人のメンバーが集まりました」(ヒッキさん)と当時を振り返る。
集まったメンバーはサッカー未経験者も多く、慣れないながらも日に日にアンプティサッカーの魅力に夢中になっていく。
「やってみると、すごくおもしろい」「体を動かすのって、やっぱり気持ちいい」。
そんなふうにメンバーから笑顔がこぼれるようになっていった。
杉野さんは言う。「ない機能を嘆くのではなく、今ある機能を最大限に発揮するスポーツ。それがアンプティサッカーなのです」
それから10年。今では北海道から九州まで、全国に9チーム、登録選手は96人にまで増えた。
「事故や病気で手や足を失って絶望していた人たちに、アンプティサッカーがもう一度生きる希望を与えてくれています。体を使ってスポーツをする喜び、自分にできることがあるという自信、同じような境遇の仲間たちとの絆。それが "アンプティファミリー"という仲間をどんどん増やしています」(杉野さん)
■高額な遠征費の自己負担が代表選手個人へのしかかる
彼らの最大の目標は、現在、4年に一度行われるアンプティサッカー世界大会だ。日本はこれまで3回の出場を果たしているが、15位、12位、11位に終わっている。しかし、昨年、ポーランドで開催された6カ国対抗戦では、3位に入賞。MVP選手が選出されるなど、好調な成績を収めている。
この勢いのまま、メキシコ大会での活躍もおおいに期待されている。しかし、代表選手団にとって、メキシコへの遠征費用は大きな負担にもなっているのだ。
アンプティサッカー世界大会では、大会期間中の滞在費などはすべて開催国が負担するが、現地までの航空運賃や道具などは自費で負担しなくてはならない。協会が用意できる資金は、大会に向けた合宿費用までが精一杯。2010年の世界大会では、航空運賃などの費用として、選手1人当たり35万円を自己負担でまかなった。2014年の大会では、一部のスポンサーから援助があったが、杉野さんは「このままではお金のある障がい者だけが楽しめるスポーツになってしまう」と危機感を抱く。
「ピッチに立つのに、障がい者であること以外の条件、お金があるとかないとかを加えたくない。そのためにも、みなさんからの資金援助が必要なんです」と杉野さんは語る。
■選手だけでなく、観る者にも勇気と感動を与えてくれる
日本には、Jリーグ以外に障がい者サッカーが7団体ある。残念ながら、2020年東京、2024年パリで行われるパラリンピックの正式種目に、アンプティサッカーは選ばれていない。社会的認知度はまだまだこれからだ。
「クラウドファンディングへの参加は、みなさんから支援だけでなく、より多くの人にアンプティサッカーを知ってもらうチャンスにしたい」(杉野さん)
メキシコ大会の日本代表でもあるヒッキさんは、練習では、健常者と混合でプレイすることも。アンプティサッカーの魅力を尋ねると、
「健常者とか障がい者ということは関係なく、サッカーをしているのがとにかく楽しい。代表メンバーの全員が、お金のことを気にせずにメキシコで思いっきりプレイして、もっとみなさんにアンプティサッカーを知ってもらいたいですね。それが、仲間も増やすことにもなっていくはずです」
晴れやかな笑顔で、そう意気込みを語る。
どんな状況であろうと未来に希望を持ち、ひたむきにがんばるアンプティサッカーの選手たち。彼らの明るく前向きな姿は、わたしたちに感動という大きなプレゼントを与えてくれている。(工藤千秋)
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クラウドファンディングのリターンには、日本代表選手着用モデルのサイン入り練習着などが用意されている。支援受け付けは10月20日まで。詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/jamputee/。