「里親も施設も必要ない社会にしたい」。里親になっている彼女が、45000枚のチラシに託す思い。

「自分の人生も里親をやることによって豊かになっています。やったらやめられないですよ(笑)」
岩朝しのぶさん
岩朝しのぶさん
Asahi

家に帰って電気をつける。夕食に食べたいものをリクエストする。どちらも子どもたちが「普通に」やっていることだ、家庭で育っていれば――。

「里親の家で、『このうちは毎日同じお父さんが帰ってくるんだね』という子もいました。子どもが自分のことを『見て見て』というときに、時間をかけてしっかりかかわって親としてのモデルを見せてあげられるのが里親制度のいいところ。多くの人に知って欲しい」

こう話すのはNPO法人こども支援協会の代表理事、岩朝しのぶさん(44)だ。10月4日の「里親の日」に全国一斉で啓発キャンペーンをするため、クラウドファンディングで支援を募っている。

「里親の日」には、全国一斉に啓発のチラシを配る
「里親の日」には、全国一斉に啓発のチラシを配る
NPO法人 日本こども支援協会

岩朝さんは先天性の病気があり、生まれてすぐに手術をしなければいけなかった。小学4年生ぐらいまでは、ほぼ病院暮らし。入院時は、重病の子と同じ部屋になることも多かった。

「昨日まで一緒に遊んでいた子がいなくなったり、半狂乱になって泣き叫ぶ親がいたり。18歳の誕生日は病院で迎えましたが、その日に亡くなった子もいました。生きたくても生きられない命があり、生きるのは当たり前じゃないと思っていました」

病気の影響で妊娠・出産は難しいと告知されていた岩朝さんは、「子どもが産めないのなら、里親になりたい」と考えていた。33歳で結婚した後、不妊治療も受けたが、あるとき里親支援のボランティア活動に参加してショックを受けた。貧困や虐待など様々な事情で親と暮らせず、施設や里親家庭などで養護されている子どもが、約36000人もいることを知ったからだ(岩朝さんが知った当時の人数。2017年末の厚労省発表では約45000人)。

「病院で亡くなる子どもの命は、私には助けられない命だったけど、こっちはなんとか助けられるのではないかと思ったんです。当時受けていた不妊治療は1回80万円ぐらい。時間とお金をすごい使うんですよ。36000人という現実を知ってからは、ここに子どもたちがいるじゃないか、自分が産んだ子どもにこだわる必要はないんじゃないか、と思うようになりました」

最初は消極的だった夫やお互いの両親とも話し合い、4歳の子の里親となった。また自分1人が里親になるだけでは何も変わらないと、2010年5月5日に日本こども支援協会を設立。里親を対象とした相談や交流事業、出産前後の親への支援活動などに取り組んでいる。

里親の日に配布するチラシ。折りたたむとハート形になる
里親の日に配布するチラシ。折りたたむとハート形になる
NPO法人 日本こども支援協会

今回のクラウドファンディングで支援を呼びかけている「One Loveキャンペーン」は里親制度を知ってもらうための啓発活動の一環で、2016年からスタートした。実施する10月4日は、1950年に里親制度が制定された「里親の日」だ。キャンペーンでは、制度について説明したハート形のチラシを作成。1年目は27自治体の94カ所、2年目の2017年は47自治体の113カ所で配布した。3年目の今年はさらに協力者が増えそうで、社会的に養護されている子どもの数と同じ45000枚の配布を目指している。

里親制度は地域ごとに運用され、自治体が啓発活動に使う予算も少ない。「余ったらもらえませんか」と頼んでくる自治体もあるほどで、発送費用はすべて日本こども支援協会で負担している。昨年までは企業から受けていた助成金があったが、3年目になって助成の条件から外れてしまったという。

社会的に養護されている約45000人の子どものうち、里親家庭にいるのは約6000人。「まだまだ里親の人数も制度への理解も足りていない」というのが、現場を知る岩朝さんの実感だ。

「保護されてくる子どもたちは貧困、虐待などの複雑な家庭環境があり、大人になって自分が家庭を持つときにどう子育てしていいのか戸惑うこともあります。里親家庭では施設のような専門的なケアはできませんが、時間をかけて親としてのモデルを見せてあげられる。『この人だけは自分を守ってくれる』という強いつながりをより感じやすく、自分が親になった姿をイメージすることにもつながります。施設と里親家庭が両輪になって子どもを支えていけるようにしたい」

里親には、特別養子縁組をして戸籍上も親子となる方法、一時的に預かる季節・週末里親などがある。岩朝さんの場合は、大人になるまでの一定期間を家族として一緒に暮らす「養育里親」だ。一緒に暮らし始めた時4歳だった子どもは今、11歳になっている。

「血のつながりがないことはこの子も知っているので、『うちの家族は絆でつながっている』と言ってきました。でも、去年ぐらいから子どもが、『そろそろ血もつながっている感じがする』って言うんですよ。里親冥利につきるというか。こういう瞬間をもらえることで、自分の人生も里親をやることによって豊かになっています。やったらやめられないですよ(笑)」

「本当は里親も施設も必要ない社会が一番いい。1年でも早くこの団体が必要でなくなるような社会を目指してがんばって行きたいと思います」

クラウドファンディングでは8/31まで支援を受け付けている。詳細は、https://a-port.asahi.com/projects/npojcsa/。(伊勢剛)

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