アーツカウンシル東京が展開する様々なプログラムの現場やそこに関わる人々の様子を見て・聞いて・考えて...ライターの若林朋子さんが特派員となりレポート形式でお送りするブログ「見聞日常」。
今回は、前回に続きアーツカウンシル東京が展開している、日本の本格的な伝統文化・芸能を短時間で気軽に体験できる「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」を取材したシリーズ第2回。長唄三味線と日本舞踊体験のレポートをお届けします。
(以下、2016年5月7日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)
東京を代表する観光名所、浅草・雷門の向かいにある「浅草文化観光センター」は、台東区が運営する観光案内所。幾層もの木格子にぐるりと囲まれた、建築家・隈研吾氏による個性的なデザインの建物には、毎日多くの観光客が出入りする。とりわけ、海外からの観光客が、情報収集に、両替にとたくさんやってくる。
同センター6階の多目的スペースでは、そんなインターナショナルな場所にぴったりの文化体験プログラムが、無料で開催されてきた。アーツカウンシル東京が主催する「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」だ。今回は、海外からの観光客に大人気の、長唄三味線、日本舞踊体験プログラムに参加させてもらった。
聴いたことのない驚きの音色
会場には20名余りの参加者が、少し緊張した面持ちで腰かけていた。メキシコ、中国、米国などからの観光客のほか、この日は日本人も多く、都内や横浜のほか、新潟や和歌山からの参加者もいる。考えてみれば、観光で浅草にやって来るのは、海外からの観光客とは限らない。
「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」と銘打たれてはいるけれど、外国人観光客と日本人が一緒になって日本の伝統文化を味わうことは、案外とよいのかもしれない。人を介した文化交流の絶好のチャンスである。
時間になると、講師の方々が正面に向き合って着席された。着物姿が凛と美しい。体験プログラムは、一般社団法人長唄協会の松永定世さんによる「長唄」と「三味線」の紹介からスタート。丁寧な英語通訳が入り、多言語で作成された「長唄三味線体験手引書」も配布される。
長唄は、江戸歌舞伎の伴奏曲として発達した三味線音楽で、「唄方」(歌詞にメロディが付いたものを歌う)、「三味線方」(唄方の伴奏。時に単独で自然や情景を表現)、「お囃子方」(笛・太鼓・大鼓・小鼓。唄と三味線の表現を効果的にバックアップ)の3種類からなる。7分ほどの曲から1時間の大曲まで、さまざまな種類の曲がある。
三味線は、「太棹、中棹、細棹」の3種類があって、実は、弦楽器と打楽器が合体した楽器だ。なんとなく知っている気になっていて、実は知らなかったことがたくさんわかり、とても興味深い。今回体験するのは「細棹三味線」で、三味線のなかでは最もリズミカル。曲趣の多い楽器であり、軽く透明で高めの音色が特徴だ。
松永さんの解説は続く。「長唄は、江戸時代に一大ブレークしたんですよ。実際にどんな音楽なのか今から聴いていただき、長唄三味線の世界を楽しんでいただけたらと思います」──講師の演奏が始まった。曲は有名な「吉原雀」と「勧進帳」からの抜粋メドレーである。
演奏が終了すると、いよいよ体験の時間が始まった。最初に、運指、弦の扱いについて全体で学んだあと、個別に指導を受ける。最後は「さくらさくら」のフレーズを弾けるようになることが、本日の目標。むむ、それは結構、難易度が高いのでは...。
しかし、周りを見渡すと、海外からの参加者も臆することなく、初めての三味線に挑んでいる。
「三味線は、たたくように弾くんです」──講師の指導の通りに実践しようとするのだが、これが結構難しい。最初のうちは、皆覚えることに必死で、会場内には教える講師の声のほうが大きく響いていたが、稽古が進むと、あちこちから参加者の元気な声や、勢いある三味線の音色が聞こえてくるようになった。緊張の面持ちが笑顔にかわって、賑やかな空気で稽古が進んでいく。
そして最後には、驚くことに、みんなで「さくらさくら」のフレーズを演奏できてしまった! 自然に拍手が沸き起こり、30分の体験プログラムは終了した。
参加者に感想を聞いてみた。
「最初は少し緊張したけれど、おおいに参加する価値があった」(米国)、「日本の友人にぜひにと勧められて来た。大変よかった」(メキシコ)、「以前体験した時は通訳がなかったので、(通訳のある)このプログラムはとてもよかった」(米国)といった感想が、海外の参加者からは寄せられた。印象に残ったのは、「自分の国の弦楽器とは、音色も弾き方もまったく違うことに驚いた」という声。この驚きと発見こそ、異文化体験の醍醐味である。
一方、日本に暮らす参加者からは、「初めての三味線だったが、音が響くと心地よい。機会があれば再チャレンジしたい」(東京)、「実際に音を出すと、長唄三味線が身近に感じられるようになった。何かをやってみたいと思っていたので今後の参考になった」(和歌山)、「楽しくて、よい思い出になった。思ったより音が出てよかった」などの声があがった。日本人にとっても、おおいに新鮮な体験になったようだ。もちろん、本ブログ取材チームでも、体験後の感想は「三味線習いたくなったね!」で一致した。
異文化体験のハードルを下げる「着る×踊る」
次に参加したのは、「日本舞踊」体験。参加者の気持ちの高揚が、ストレートに伝わってくるプログラムだ。
浅草文化観光センター1階の受付で参加の手続きをすると、参加者は足袋型の白いソックスを手渡される(持ち帰り自由)。海外からの参加者にとっては、この見慣れないアイテムが、異文化体験のワクワクを掻き立てているに違いない。
会場に入ると、さっそく浴衣の着付けが始まった。講師の方々が、手際よく次々と参加者を変身させていく。あちこちで、浴衣姿の記念撮影が始まり、場の空気が一気にあたたまり、盛り上がってきた。
全員の着付けが済むと、日本舞踊家・花柳静久郎さんによる日本舞踊についての解説と、実演が始まった。約400年の歴史がある日本舞踊。お辞儀の作法、扇の扱い、動作一つひとつが象徴する事柄、しぐさの細やかさが紹介され、着付けの時間とはまったく異なる緊張感が、参加者の間に漂い始めた。
自分があとで踊るとなれば、おのずと真剣に聞き入ってしまう。
解説が終わると、いよいよ日本舞踊に使う扇子、「舞扇」が配られた。繊細なつくりなので、説明があるまで決して開いてはいけないと講師からアナウンス。
雨、雪、風、波、大波、小波、山、富士山、鏡、芸者、侍、刀――扇1本で実にさまざまな事象を表現できることを、静久郎さんが体現してみせる。今度は、「さくらさくら」の曲の振りを、静久郎さんの動きや扇の扱いを真似て練習。3回繰り返して、最後は参加者だけで「さくらさくら」を通しで踊ることが、本日の体験会のゴールだ。扇に慣れてくると、自然に笑顔がこぼれるようになった。皆、初めてとは思えないほど扇の扱いがスマートで、しかもとても楽しんでいる!
見事に「さくらさくら」を舞い終えた後は、舞踊家・花柳鮎翆(はなやぎあゆすい)さんによる、日本舞踊の人気演目「藤娘」を間近で鑑賞。プロフェッショナルの踊りを動画に収める参加者、多数。
最後に参加者全員で、扇を持って記念撮影して体験プログラムは終了した。終わった後も、浴衣姿が名残惜しい様子で、記念撮影がずっと続いていた。
参加者に感想を尋ねたところ、「大変にパーソナルな『プライベートステージ』を味わった気分だった」(米国)、「着物は好きだけれど、ダンスは苦手。でも練習すればどうにかなりそうだと思えて、楽しかった!」(マレーシア)、「子供たちと着物を着てみたいと思って参加した」(オーストラリア)、「すばらしいプログラムなので皆に勧めたい」(米国)、「体験は3回目。友人を連れてきた」(台湾)、「スタッフがすばらしかった」、「浴衣を初めて着た。楽しかった」(台湾)といった声があがった。
一様に、満足度は100%だった。やはり、実際に自分の体を動かして体験することで得られる満足感や異文化への理解は、座って観る・聞くよりもはるかにインパクトが強い。
参加した動機については、「日本舞踊、日本文化を体験したかったので」という声はもちろん多かったが、「浴衣/着物」を着てみたかったからという答えも多数。これはちょっとした発見だった。もしかすると「踊る」ということには気後れする人もいるかもしれないが、日本舞踊×和装体験によって、異文化体験のハードルを下げることにつながるのではないだろうか。
開始前から終了後まで、興奮冷めやらない体験プログラム。こんなに日本の文化に真剣に向き合い、喜んでくれる参加者の姿を目の当たりにすると、素直にうれしく、同時に、自分自身の伝統文化への関心の扉も開いていくように思えるのだった。
※平成28年度「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」の詳細についてはこちら
平成27年度「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」長唄三味線・日本舞踊体験プログラム概要
- 開催日: 【長唄三味線】2015年12月〜2016年3月 第2土曜日・日曜日、【日本舞踊】2015年5月3日(日)〜2016年3月 毎週日曜日
- 会場:浅草文化観光センター6階多目的スペース
- 主催:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
- 共催:台東区
- 助成・協力:東京都
- 協力:一般社団法人長唄協会、公益社団法人日本舞踊協会(東京支部城東ブロック)
写真:鈴木穣蔵
取材・文:若林朋子
取材日:2016年1月9日(長唄三味線)、1月17日(日本舞踊)
(2016年5月7日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)