アーツカウンシル東京が展開する様々なプログラムの現場やそこに関わる人々の様子を見て・聞いて・考えて...ライターの若林朋子さんが特派員となりレポート形式でお送りするブログ「見聞日常」。
今回は、アーツカウンシル東京が展開している、日本の本格的な伝統文化・芸能を短時間で気軽に体験できる「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」を取材し、3回のシリーズでお届け。第1回では和妻体験をたっぷりの写真とともにレポートします!
(以下、2016年5月2日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)
「和妻??」──和装美しき日本人妻を想像してしまうが、いやいや、そんなこともあるまい。わづま、と読むらしい。本物の和妻を体験できるチャンスがあるということなので、百聞は一見に如かず、お江戸下町・両国にどっしりそびえ建つ東京都江戸東京博物館に向かった。
会場は、江戸東京博物館のなかでもひときわ目立つ「朝野新聞社」(実物大復元模型!)前の広場。時間前に到着すると、演台の上には案の定、和装の女性の写真が置かれ、「江戸手妻」と書かれている。手妻、てづま、ともいうらしい。手が関係あるのか。写真の横には、何か道具のようなものが置かれている。もしかしてこれは...。
今回参加したのは、アーツカウンシル東京が主催する、外国人向けの伝統文化・芸能体験プログラム。世界に誇る日本の伝統文化・芸能を国内外へ広く発信し、次世代に継承すべく、日頃伝統文化・芸能に触れる機会がない人や、外国人観光客、子供たちに向けて開催している。
テーマは「Approaching Tokyo Tradition」「伝統にふれる、東京に感動する。」
「外国人向け」と銘打たれた体験シリーズだけあって、英語はもちろんのこと、韓国語、中国語のチラシが用意され、観光客も興味津々の様子。次第に、広場に人が集まってきた。
ほどなくして会場に現れたのは、和の装い艶やかな女性。
「これよりは日本古来の『江戸手妻』でお楽しみいただきます。わたくし、江戸の手妻師、KYOKOと申します。」
そして取り出したるは―やはり、先ほど演台に置かれていた竹のすだれ。「アさて、アさて、アさて、さて、さてさて、さては......」でおなじみの「南京玉すだれ」の余興から始まった。
「先ず、ご免を蒙りまして、近頃京、大坂、江戸、三ケの津に置きまして、流行来るは、唐人、阿蘭陀、南京無双玉すだれ。竹の数が三十と六本、糸の数が七十と二結び。糸と竹とのはりやいを持ちまして、神通自在ご覧にいれます。恐れ入ります、お手拍子をお願いいたします。ほっ!」
お囃子をバックにテンポよい口上。随時英語通訳も入る。型が決まるたびに、大きな拍手があがる。
「チョイと伸ばせば、浦島太郎さんの魚釣り竿にさも似たり」
「チョイと返せば瀬田の唐橋、唐金擬宝珠、擬宝珠ないのがおなぐさみ」
「チョイと返せば、日本三景は天の橋立、浮かぶ白帆にさも似たり」
「チョイと伸ばせば阿弥陀如来か、釈迦牟尼か、後光に見えればおなぐさみ」
あらためてのご挨拶で、ついに明かされる。
「時は今から約400年前。江戸時代、ここ東京・江戸にて誕生いたしましたのが、江戸手妻。手妻とは、手は稲妻の如し、手を変え品を変え、手品のことを指します。」
はたして「和妻=手妻」は、日本古来の手品のことであった。手を変え品を変える、その様が稲妻のようにすばやいということからの「妻」だったとは。
続いて、紅白の和紙を使った、お出迎え、はじまりの手妻。「手妻は、決して真剣に見てはいけません」と笑いを誘いながらも、手はすばやく動き、和紙が畳まれていく。大事な「まじない」をかけると、紅白2つだった和紙がいつの間にか1つに合体し、「切っても切れないのが人の縁。」次から次へと繰り広げられる技に、観客から驚きの声と拍手があがる。
桜の絵が描かれた小さなハンカチ。まじないをかけると──1枚が2枚に!歓声があがるなか、さらに2枚を足して...「ほっ!」。4枚だったハンカチが、1枚の大きな桜と富士山のハンカチになった。真剣に注視していた観客から、「ええ?!おぉぉ!」と、大きなどよめきが起こる。
「本日は皆さまに、日本の手品の歴史をご紹介いたします。」―江戸手妻の紙芝居が始まった。「なんと今から一千二百年前、奈良時代から、日本の手品の歴史を文献にて確認することができます。」かつては歌舞や曲芸の要素もあり、道端で行われていたが、中国や他の国々から伝わってくる手品の影響も受け、やがて室内での芸になっていったという。
幕末〜明治時代の手品師「養老滝五郎」の紹介
次は、「お座敷手妻」の実演。まずは紙幣を使った手妻。観客から5000円札を1枚借り、まじないをかけて増やして返す約束が...なんと1000円札になってしまった! 再びまじないをかけたら、無事、元通りの5000円になり、紙幣を貸した観客もほっと一安心。
今度は、2枚の扇型の紙が配られ、これをまじないで「伸ばしたり縮めたりする」手品を、観客全員で練習。種も仕掛けもない紙片に潜む、ちょっとした種をあかしてもらい、一同真剣に実践。
次は、掌を合わせてまじないをかけると、指が伸びたり縮んだりする手品。
「江戸時代、江戸手妻は花開き、明治時代、文明開化の音がする、西洋のマジックが主流となりました。残念ながら現在も、この江戸手妻、受け継ぐものも、見ていただく機会も大変少なくなってしまいました。しかしながらこの江戸手妻、日本が世界に誇る伝統芸手品の一つでございます。どうか今日をご縁に、応援のほどよろしくお願い申し上げます。」
こう告げて、最後の芸、お手玉をつかった「お椀返し」が披露された。最後もどよめきと惜しみない拍手で、30分のプログラムが終了。
体験した観光客は、ジャパニーズ・マジックをどう受け止めたのだろうか? 話を聞いてみたメキシコ人カップルは、南京玉すだれとお椀の手品が気に入ったそうで、衣装の美しさもたいへん印象に残ったとのこと。母国にも似たような手品があり、遠く日本で同じようなものを見るのは、手品も旅をしているような不思議な気持ちになったそうだ。エストニアの男性は、しぐさがユニークでおもしろかった、南京玉すだれがやはり一番好きだったとの感想。見て楽しい、自分でやればさらに楽しい手品は、国際交流にはもってこいのアイテムだ。
本番を終えたばかりの手妻師KYOKOさんにもお話を伺った。
「一方的なショーは普段も多くやっているのですが、こうしてワークショップや歴史をお話ししたうえで、皆さんに実際に手品を覚えていただくというのは、とても新鮮です。今、『江戸の手妻師増幅計画』を掲げているんです。このプログラムは、多いときは1回50人ほどの参加があるので、これまでの13日間で39回行ってきましたので、およそ2000人の江戸のマジシャンが増えたことになります。そうやって増えていったらいいなと思ってやっています。」ちなみに、プロの女性江戸手妻師は、現在片手ほどしかいないそうだ。
奇しくも今年は、日本最古の奇術書『神仙戯術』が元禄9年(1696年)に発行されてから320年にあたる節目の年。繊細さと美しさを兼ね備えた和マジックの奥深さを、外国人観光客はもちろんのこと、多くの日本人にもぜひ体験してほしいと思う。
※平成28年度「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」の詳細についてはこちら
平成27年度「外国人向け伝統文化・芸能体験プログラム」演芸体験プログラム(曲芸、紙切り、和妻)概要
- 開催日:2015年4月25日(土)〜2016年3月 毎週土曜日
- 会場:東京都江戸東京博物館
- 主催:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
- 助成・協力:東京都
- 協力:公益社団法人落語芸術協会
写真:鈴木穣蔵
取材・文:若林朋子
取材日:2016年1月9日
(2016年5月2日アーツカウンシル東京ブログ「見聞日常」より転載)