テロ事件後のノルウェーの課題

オスロ大聖堂前に手向けられる花の数は年々減少している。テロの悲劇を後世にどう伝えていくかは、ノルウェーが抱える課題のひとつだ

オスロ大聖堂前に手向けられる花の数は年々減少している。テロの悲劇を後世にどう伝えていくかは、ノルウェーが抱える課題のひとつだ Photo:Asaki Abumi

7・22から4年、ノルウェー連続テロ事件の傷跡

77人の命が奪われた2011年のテロから4年目を迎える7月22日。事件現場となった場所で、追悼行事が開催された。「ノルウェーの価値観を揺るがした悲劇を、我々は忘れてはいけない」。これは式典中に何度も耳にした言葉だ。

悲劇が起きた後、私たち人間は、時間の経過とともに悲しみを少しずつ消化していく。それは、人間の自己防衛反応ともいえるのだろう。ノルウェーでテロが起きた年から、毎年開催される追悼行事を取材している中で気づくのは、明らかに激減してゆく手向けられるバラの花束の量と、事件現場へ足を運ぶ人々の数だ。来年以降は、追悼行事の規模も縮小されることが決定している。

前進する社会と、立ち直れない遺族と生存者とのギャップ

事件が話題になることが少なくなる一方、ノルウェーのアフテンポステン紙は、犠牲者の親の半数以上が、いまだにショックから立ち直れずに通院しており、職場に復帰できていないことを報道した。また、ウトヤ島で生き残った若者たちは十分なサポートが得られておらず、社会の理解と関心が日々薄れていくいくことへの不満の声を、ここ数日メディアを通して訴えていた。

忘れてはいけない。犯人と犠牲者の所有物を展示する「7・22センター」をオープン

政府庁舎を爆破した自動車爆弾の残骸 Photo:Asaki Abumi

悲劇を後世に伝え、事件がなぜ起きたのかを問い続けるために、テロに襲われた国は何ができるだろか。今後の議論を深めていくために、政府は爆破現場となった政府庁舎内に、「7・22センター」をオープンした。

展示会では、服役中のアンネシュ・ブレイビク受刑者が、事件当日に使用した自動車爆弾や偽の警察官証明書のほかに、ウトヤ島での犠牲者と生存者が所有していたカメラなどの電子機器が展示されている。展示会のオープン直前まで、国内メディアでは「犯人が主役になるような博物館は、世間の注目を集めようとした犯人の思惑通りであり、遺族の心の傷を広げる」と批判的な意見が目立っていた。

オープン初日には、議論の的となっている展示を自分の目で確かめようと、多くの人が足を運び、長蛇の行列ができた。「つらい内容だが、大事なメッセージを伝えている展示だ」というのが、政治家をはじめとする訪問者から共通して聞かれた言葉だった。

ノルウェー首相が語る、展示会の目的

政府庁舎前でスピーチをしたアーナ・ソールバルグ首相 Photo:Asaki Abumi

オープン初日に展示を見学した直後の首相に話を直接聞くことができた。「胸が張り裂けるような展示でした。記憶があの日に戻り、犠牲者の顔写真に向き合うことは簡単ではありません」と答えた首相に、なぜこの展示が重要なのかを尋ねた。

「事件当時に幼かった次の若い世代は、何が起こったのかはっきりとは覚えていないかもしれません。学びの場となるセンターでは、記録を見て悲しみにくれる人もいるでしょう。大事なことは、覚えておくこと。そして、テロ、過激派、憎しみに対抗するための授業の一環として利用されることです」。

年齢制限のない展示会

犯人が使用した偽の警察官証明書や小道具 Photo:Asaki Abumi

首相の言葉通り、展示会は学校教育の一環となることが想定されている。そのため、学校側が子どもたちを連れた見学を希望する場合は、特別なガイドが付き添うことになる。展示会の入場には年齢制限がなく、大人に判断がゆだねられる。この規制のない展示会、他国であれば実現は難しかったかもしれない。

追悼式典は政府庁舎とウトヤ島の2か所で開催された。爆破で破損したままの政府庁舎はシートで覆われたままだ。式典には歴代の首相や現大臣たちが出席した Photo:Asaki Abumi

オスロ大聖堂でのミサには、メッテ・マーリット皇太子妃も参列。建物前には数百人の一般市民が集まった Photo:Asaki Abumi

オスロ大学の生徒となった獄中の犯人

追悼式典の数日前に、とあるニュースが世界中で話題となった。事件を起こした犯人がオスロ大学で政治学を学ぶことが許可されたのだ。北欧他国でも驚きをもって報道されており、デンマーク国営放送局は、「政府が犯人に無償教育を提供する」ことがノルウェー市民の団結を弱まらせると指摘する。

ノルウェーでは、無償教育が全市民に適用されている。獄中で自習するかたちで「大学生」となる受刑者が大学側に支払うのは、全生徒と同じように、年2回の学期料である(各学期)約1万円だけだ。規律を変更してしまったら、それこそ犯人の思惑通りであり、ノルウェーの平等という社会システムの根幹が崩れる、それがノルウェーの考え方だ。

同じ悲劇を繰り返さないために

平和だったノルウェーにとって、1人の人間によって起こされた殺人事件はあまりにも大きな傷跡を残した。だが、その記憶も少しずつ薄れていく。同時に、ノルウェー国内ではSNSで過激派を支持する非公開ページができていることなど、新たな問題もでてきている。憎しみとテロと過激派にどう立ち向かっていくか? 同じ悲劇を二度と繰り返さないために、ノルウェーでの議論は続く。

Photo&Text:Asaki Abumi

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