20代を日本で過ごした私が見つけた「この世界で女性が生きていくための勇気」【これでいいの20代?】

もし私の人生が映画になったら、私が彼氏から逃げたシーンで終わると思う。

私の本当の名前は鈴木綾ではない。

かっこいいペンネームを考えようと思ったけど、ごく普通のありふれた名前にした。

22歳の上京、シェアハウス暮らし、彼氏との関係、働く女性の話。この連載で紹介する話はすべて実話にもとづいている。

個人が特定されるのを避けるため、小説として書いた。

もしかしたら、あなたも同じような経験を目の当たりにしたかもしれない。

ありふれた女性の、ちょっと変わった人生経験を書いてみた。

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もし私の人生が映画になったら、私が彼氏から逃げたシーンで終わると思う。

でも、残念ながら現実はそんなにバラ色じゃない。そのあとも、人生は続いていく。

森の奥深くへ走った。10分、15分、20分。逃げた自分を疑い始めて足を止めた。逃げるのは過剰反応だったのか。戻った方がいいのか。だけど周りの森は全部一緒に見える。携帯を出した。太郎からLINEでメッセが来ていた。

「なんだよーさっき僕死んでたかもしれないよ。幸い車に傷がない。綾をだいぶ待ったけど、もう待てない。どこ行った?」

・・・・・・私は間違ってなかった。太郎の残酷なまでのわがままさ、身勝手さがはっきり見えた。

今逃げないと逃げる勇気が二度と出ないかもしれない。

30分くらい歩いたら広い道路を見つけた。道路に沿っててくてくと修善寺方面に向かった。街中に近づくにつれて私を通り過ぎる車の数も増えてきた。太郎からまたメッセがきた。

「薬飲んだのに二日酔いが治らない。頭が本当痛い。仕事に集中できるかな。綾はホテルにネックレスを取りに行ったの?とにかく東京に戻ったら連絡して」

太郎はどうして何もなかったような、何もかもいつもどおりのふりをするんだろう。

彼が私を見透かしているような気がした。

そんな太郎に「別れたい」「もう耐えられない」と言っても無駄だ。携帯の電源を切って二度と太郎と話さないことを決めた。

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黄色っぽい鈍い光の中で帰宅ラッシュの人が肩と肩をぶつけ合っている新宿駅でJR線を降りた。どっちの出口だったっけ、と三日間で既に忘れた東京の混雑に混乱した。携帯をオンにした。太郎から数回の着信とメッセが来ていた。考えたくない。携帯の電源を切り、LINEもブロックした。

太郎と話さない作戦の二日目は一日目より大変だった。朝起きて携帯を見たら、太郎からメールが来ていた。

「僕をLINEでブロックしたでしょ? 僕が東京に戻らなきゃいけなかったことで綾はまだ怒っている?ふざけるな。綾は頭おかしいとしか思えない。僕がこんなに優しくしてあげたのに怒るって普通じゃない。綾は神経病じゃない? 連絡待ってる」

脈拍が早くなって、胃がムカムカして、ひや汗もかいた。不安と言いようのない罪悪感、そしてそんな罪悪感を抱く自分への嫌悪感の波がいっぺんに来て、圧倒された。

その後、知らない番号から電話がかかってきた。仕事関係だろうと思って出た。

「綾、、、」

太郎の声。焦って携帯を切った。

そのあとは色々な番号から電話かかってきたけど、出なかった。

ワンピースの修理が終わったという他の人からの連絡だったかもしれない。クレジットカード会社だったかもしれないけど、絶対出たくなかった。無視しよう無視しよう、と目をつぶって唱えた。

翌日に起きたらまた朝2時過ぎに太郎からメールが届いていた。

「綾は本当にひどい。なんで僕を無視するの?けんたってやつに戻ってるのか?彼のこと全部調べてるからね。それを知っておいた方がいいよ。彼を潰すつもりだから。君もだ。僕は本気だからね。」

これは一人で戦ってもだめだ、と思った。自分を守るために他の人の助けが必要だった。

その日の夜、シェアメイトに全部話した。太郎から言葉の暴力を受けていたこと、太郎が結婚していたこと、健太のこと、ネックレスのこと、それまで恥ずかしくて言えなかったことを全部話した。

シェアメイトの真美が大きなハグをしてくれて、二人でお茶を飲みながらバラエティ番組を見た。久しぶりに笑った。

携帯で太郎をブロックしたけど、メールも電話もまだ来ていた。オフィスの電話にもきたし。公衆電話から来たし。いろいろなメールアドレスから来た。毎回連絡が来るたびに、ひきずりこまれそうな不安を感じた。

仕事の後、一人でまちをウロウロした。

のろのろと洋服を回す洗濯機を見た。団地で走っている子どもたちを見た。野球の練習場の裏に捨てられた缶を見た。電車のなかで携帯に一言「妄想」とメールで書いた女性を見た。セブンのそとではあゆの「End Roll」を携帯でかけていたギャル達を見た。みんなのように罪のないありふれた毎日を生きたかったと体のすべての細胞で願った。

身も心も疲れ果てて、頭が回らなくなっていた。

太郎に私のことを諦めて欲しかった。もう私のことは放っておいて、お願いだから。

そう思うと同時に、私のことで彼が傷ついたことを本当に申し訳ないと思っている、そのことを彼に知って欲しかった。

諦めてもらうために、私も悪かったと思っていることを分かってもらうためには、彼の目の前から消えてなくなるしかない、自分を殺すしかないとまで思った。

じっと自分の中の自分を見つめた。

きちんと距離を置いてちゃんと考えよう。気持ちと頭を整理しよう、そう言い聞かせた。

どっちが悪いとかいいとか、そういうことじゃない。私だって彼だって、どんなカップルだって、もう続けられないって思ったら、自分の気持ちに正直になっていいはず。まして、言葉の暴力とかモラハラとか、そういうことされたら別れるべき、っていうことだってある。

彼は自分がしたこと、そのせいで私が苦しんだこと、追い詰められたことをいつかわかるかもしれないけど、一生分からないかもしれない。

それを彼に教えるのは私の仕事じゃない。私には私の人生がある。私は前に進む。

私のそれからの仕事は、反省をして心の休みを取ることだった。

セブンのそとから上司に電話をして、2週間休みをとります、と報告した。

家で荷物をまとめて、シェアメイトに手紙を残してそのまま新幹線に向かった。新幹線の最南端の駅に行って、そこからフェリーに乗り換えた。

フェリーから海を見ながら冷静に自分を見つめている自分がいた。

私達は21世紀に生きている。21世紀の私達の青春は限りなく長い。社会人になって大人の責任を背負っても青春が続く。だから20代のうちに居場所を見つけなくてもいい。

20代に私達がやるべきことは、私達を覚えてくれる味方たちをみつけること。青春時代、私達がどれほど輝いていたかを覚えてくれる味方たちを探すべきなんだ。

私達がどれほど一生懸命働いて、どれほどこの窮屈な社会と戦ったか、そのことを覚えてくれる味方たち。私達がどれほど失敗をして、どれほど成長したのかを覚えてくれる味方たち。

私達を傷つけた人たち、その人達のことをこれから忘れる。その人達は私の視界から消えて赤の他人に戻る。だけど、その人達からうけた痛みと怒りはそのまま私達の肉体になって、成長の燃料になる。

だから私達はもう一回挑戦できる。だから私達は忘れても退行しない。忘れることって人間の最強の武器。私たちは忘れられるから前を向いて生きていける。

凄まじいスピードで地球の大気を出て遠い宇宙に向かって前に前に進む宇宙船のように、私達は行動を起こす。その瞬間瞬間が次々と過去のことになり、縛られない、止められないまま、前に前に進んでいく。

「今」という時はなく、事実はすべて過去のものになって、将来が真正面から絶えずに私たちを迎えている。

私は自分の未来と正面から向き合って生きていく 。それが私の20代。