Fogg代表・関根佑介氏へのインタビュー第1弾。これまで、LyricaやCocoPPa、iam、CHEERZなどのサービス・アプリをプロデュースしてきた彼のバックグラウンドとは? 業界を代表する「企画屋」はいかにして自分のキャリアを築いてきたのか。
業界を代表する敏腕プロデューサーのキャリアとは?
ロールモデルの少ないWEB・IT業界の第一線で活躍し続ける人々は、どんなバックグラウンドを持ち、経験から何を学び、いかなるキャリアを歩んできたのか。今回お話を伺ったのはFoggの関根佑介氏。
ファンコミュニケーションズ社からリリースされた、歌詞表示音楽プレイヤー・Lyrica(※現在はサービス終了)、ユナイテッド社からリリースされたスマートフォンきせかえコミュニティ・CocoPPa、音楽プレイヤー・Discodeer。関根氏はこれらの大ヒットアプリそれぞれに、発案・企画・設計・プロデュースなどで関わった人物だ。現在は、プロフィールカード交換サービス・iamとアイドル応援アプリ・CHEERZ(※現在特許出願中)も手掛けている。
インタビュー第1弾の本稿では、これまであまり表に出ることのなかった敏腕アプリプロデューサー・関根氏のバックグラウンドとキャリアの転機を伺った。
いきなりウェブサービスの「企画」なんかできるもんじゃない!
― まずは関根さんのキャリアにフォーカスを当ててお話を伺えればと思います。バックグラウンドから伺えますか?
僕はもともと音楽の専門学校に通っていて、そのままレコーディング技術を教えたり、レコーディング関係の手伝いをしていました。
― 数々のヒットアプリを手掛けたプロデューサーなのに、意外なキャリアです。ということは、インターネットはあまり身近ではなかったと?
いえ。学生時代から副業感覚でいろんなサイトを自分で作って運営していたのです。それが2005年くらいでしょうか。まだまだ簡単なホームページをつくれる人も少なく、友人やアーティストのサイトを作っていたりもしました。
そして、ただ作るだけじゃなく、自分のサイトでアフィリエイターとしてお金を稼いでいたんですね。アフィリエイトの仕組み、インターネットってすごく面白いと思って。それからインターネットの業界・会社に入ろうと思って入社したのがファンコミュニケーションズです。僕はとにかくサービスの「企画」がしたかったので、新規事業開発室というところに配属され…。
― すぐに「企画」なんてできるものなんですか?
できないですよね(笑)。正直、まずは企画以外のことをすべてやりました。当時の上司に「とにかく、初月黒字な。全部お前がやれ。」みたいな意味不明なことをすぐに言われてですね…。それこそ営業からプレスリリース原稿の作成、コーディング、デザインまでなんでもやりました。
― ほんとに全部ですね(笑)。
2年ぐらいそうやって揉まれ続けましたね。でも、その経験がいまのサービスを企画したり成長させる仕事にめちゃくちゃ生きています。例えば、プログラミングはエンジニアと対等に話すスキルに、営業やプレスリリースなんかはメディアとの関係構築に。あの経験には本当に感謝しています。
キャリアチェンジは自分の欲求を叶えるひとつの手段
― ファンコミュニケーションズには4年半在籍し、歌詞サイト「歌ネット」やLyricaを手掛けた後、スパイア(現ユナイテッド)にいかれたんですよね。
ファンコミュニケーションズとは違った形でサービスを企画したくて、独立しようとしていたんです。有給消化の期間に事業計画書を作成して資金を調達しようと動いていて。
当時から、今でも仲が良い元ノボットの小林さんやクオンの水野さん、当時ブレイブソフトで、いまは株式会社まさかにいる孫さんたちとよく飲んでいたんですね。そのつながりで出会ったのが、当時スパイアの手嶋さんです。
そこで起業の相談をさせてもらおうと思ったら、ひたすら「メディア事業部を作りたいから、一緒にやらないか」という話をされたんです。僕は3カ年計画とか企画書を何十枚も用意して、キャッシュフロー計算書も全部作って行ったのに、一切見てくれなかったのは絶対忘れない(笑)。
― 当時の関根さんにとっては起業が目的ではなく、どちらかというと手段だったと。
まさにそうですね。いまはFoggで社長をしていますが、僕はもともと起業家志向があったり、社長になりたいという人間じゃない。ただ自分が作りたい世界を実現するために、ベストなかたちを探っていて。だから、それが可能なら別に社員でもよかったんですね。
それで手嶋さんにきちんと伝えたんです。自分の好きなサービスを作らさせてくれ、恐らく大赤字だけど、もちろん給料もちゃんとくださいって(笑)。それを快諾してもらったのが2011年の夏ですね。
起業しなきゃわからないことも、たくさんある。
― スパイア時代はDiscodeerとCocoPPaの企画プロデュースを主に手掛けられました。
Discodeerが約10ヶ月で150万DLと順調に成長していたんですが、DeNAに事業譲渡という形になり、僕も8ヶ月間出向を経験しました。DeNAでリリースされたGroovyはDiscodeerが前身となっているんです。CocoPPaは譲渡する直前に企画したものですね。
― なるほど。出向先から戻ってきてすぐに、Foggを設立されましたよね。
ユナイテッドに帰ってきたとき、CocoPPa関連に回るのか、それとも新規サービスやるのか。色々悩んだ結果、改めて自分の考えた企画で、自分が好きなスタッフ陣で事業をやって、すべてを味わいたいと思ったんです。その旨を手嶋さんなどに伝えたところ、「一緒にやろう」とまた誘って頂いたんです。そうした経緯もあり、「U-Start」というユナイテッド独自のスタートアップ支援制度を活用した第1社目として、Foggを設立しました。
― 起業されてみて気づかれたことは?
いかに「会社」というものがよくできた仕組みであり、恵まれているかよくわかります。何から何まで用意されているし、バックアップ体制がしっかりしている。その点はユナイテッドを離れてみてから気づいたことですね。
― それではここからは、関根さんの企画術やサービス論、一緒に働きたいと思う人材の要件などを伺いたいと思います。引き続き、よろしくお願いいたします。
[取材・文] 松尾彰大
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