さまざまなもののハブとなる、新たなクリニックを開いた医師が目指すこと

患者のために医療にも多様性を
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患者のために医療にも多様性を

長野県茅野市に、ライフクリニック蓼科を開設した麻植ホルム正之先生。それは、カフェやジムが併設されているなど、クリニックらしからぬ施設だけでなく、患者自身が治療法を選択できる患者中心の医療サービスも大きな特徴です。麻植先生がこのクリニックにかける思いと、今後の展望について伺いました。

固定概念にとらわれない新しいクリニック

―ライフクリニック蓼科とは、どのようなクリニックでしょうか?

ライフクリニック蓼科は2017年9月、長野県茅野市に開設しました。内科・消化器内科・小児科を標榜し、多様な選択肢を持って病気の予防にもアプローチしていこうとしています。当院のビジョンは「人を地域を医療からハッピーに。」過去の枠にとらわれることなく医療を選択できるように、患者中心の医療サービスを提供しています。

クリニックを開設するにあたって私は、世間一般のクリニックに対する固定概念を払拭したいと考えていました。病気だから行くクリニックではなく、健康でも通える、行きたくなるクリニックを目指して、気軽に立ち寄れる食事なども楽しめるカフェを作りました。

カフェでは、ハーブとアロマの専門家とのコラボレーションによるアロマエッセンス作りのワークショップや、コワーキングスペースなどを提供している会社との協働で、イベントを定期的に開催しています。人と人、そして地域を繋ぐ、コミュニティカフェにもなっています。その他にも、待合室よりも広いキッズルームや、ヨガレッスンなども行っているリハビリ用のジムエリアなどもあります。

またライフクリニック蓼科の建物はガラス張りになっているので、外から見ると大きな本棚が目に留まります。そこには、医学書からビジネス書、アート本、コミックに至るまで、多種多様な書籍を揃えており、カフェで自由に読めるようになっています。これは、幅広い治療法の選択肢を提案していることにもつながりますが、クリニックとして「多様性」を大切にしているからです。

世の中には「これが絶対」というものはないと思いますし、そう決めてしまうと、自由な考えや行動ができなくなってしまいます。私たちとしては、患者やその家族がベストな選択をできるように、さまざまな治療法を提示していきたいと考えています。「これが絶対」を決めないために、この空間を「サービスを提供する人」「サービスを受ける人」と分けてしまうのではなく、双方向からの発信がある、コミュニケーションが生まれる場にしたい、そう考えました。コワーキングスペースなどを提供している会社と協働でイベントを行っているのもその理由からです。

―これまで現場を経験して、課題と思われたのはどのようなことですか?

長年医療に携わってきて感じるのは、医療だけが他のビジネスなどから取り残されているということです。医療もサービスの1つであり、事業であると考えると、人・モノ・お金・情報がうまく揃っていないといけません。これらがないと、地方においても継続的な医療サービスを提供するのは厳しいように思います。

では、どのようにしてこの4つを生み出すのか。やはり私たちが提供しているサービスを患者にわかりやすく、伝えられるようにすること。それに尽きます。そこで、たどり着いたのが、最近の企業が行っているように、ミッションやバリュー、ビジョンを発信していくことでした。

私たちが目指しているのはどのようなことで、何を提供するのか、それが重要と考えました。

実はミッションやバリューは、医療者にとっても拠りどころとなれる重要な役割を担っています。私が医師として17年にわたりさまざまな病院を経験して感じたのは、病院の掲げる目標が、堅い表現になっていたりして、そこで従事している医師や看護師に「自分ごと」になっていないことの多さです。彼らが業務や治療で悩んで、苦しんだときに立ち戻れるものになっていないのです。

実際に、病院では患者を第一に考えなければいけないはずなのに、病院やそこで働く一部の医療者を中心としたローカルルールなどがあり、患者第一になっていないことがよくあります。情熱をもって業務を行おうとする若い医師や看護師が現実との差を感じ辞めてしまうことも少なくありません。ルールはミッションのもとに作られるので、しっかりとしたミッションが構築できていれば、こうした悲しいことは起きないはずです。「人を地域を医療からハッピーに」というミッションは、このような考えを経て生まれました。

医療者側が医療の門を狭めるべきではない

ーこれまでのキャリアを教えていただけますか?

母親は看護師で、父親は医師を相手に英会話を教えていたので、普段から周りに人間的に魅力のある医師がたくさんいました。その影響もあって、私は小学2年生の頃から将来は医師になりたいと思っていました。

産業医科大学卒業後は11年間、産業医や労災病院に勤務し、消化器内科医としてキャリアを積んできました。内科を選んだのは、私自身開業志向が強かったからです。開業するなら外科よりも内科だろうと思っていました。ただし、内科を選びましたが元々外科にも興味があったので、内視鏡やカテーテルを使った手術も行い外科的な要素が強い消化器内科を選びました。

ー先程「患者やその家族がベストな選択をできるように、さまざまな治療法を提示していきたい」とおっしゃっていましたが、そのように考えるようになったのは、どういう理由からですか?

私はがん治療にも携わりましたが、いくら手術でがんを取っても、何割かは転移してしまって完治できません。その現状に常々疑問を抱いていました。そのようなことを考えていたのと同じ頃、父親が末期がんを患ってしまい、初めて自分が患者側になったのです。そのときショックだったのは、医療者の対応がとても冷たかったことです。

ある病院に行くと、治療は「抗がん剤と化学療法です」と一方的に決められ、セカンドオピニオンを求め違う病院へ行くと「なぜ、もっと早く来なかったの?」と末期がんの患者が言われるわけです。さらに足を運んだ病院でも似たような対応で、本来患者中心の医療サービスであるはずなのに、「これは、まずいぞ」と思いました。

たとえ末期症状であっても、「治療法としてはこれしかない」と言うような冷たいことは、私が医師として診察した場合は絶対にしたくないと、そのときに強く思いました。「いくつかのやり方がありますが、どういうふうにしていきましょうか」と患者と決めていきたい。そのためにも治療の選択肢をさらに広げたいと考えたのです。

先にも触れましたが、治療には多様性が非常に大切だと、私は思っています。もし新しい治療にトライしたい人がいて効果が得られそうなら、十分に相談を重ねてから提供する。そうすれば、その人はハッピーになれると思います。選ぶのは患者さんご本人であるべきです。そのために、医療者から医療の門を狭めるべきではないと考えています。

人口減少が進む地方の活性化拠点に

―「人を地域を医療からハッピーに」というミッションを形にした、新たな取り組みなどはありますか?

人そして地域そのものをハッピーにしていくためには、私たちがハブとなって、人と人、都会と地方などをつなげていくことが大切だと思っています。今後地方は間違いなく人口が減少していく。そこで今話を進めているのは、定年を迎えたシニア男性を集めて、健康に対する意識を高めるイベントです。

特に対象として考えているのは、これまで仕事一筋で頑張ってきた、趣味もあまりない人たちです。企業を退職した人へのサポートは、人生100年時代に入る今後は、企業にも求められてくると思います。今は、クリニック開設前から産業医としてお付き合いのある企業に提案しているところです。

―今後の展望についてお話しいただけますか?

クリニックは開業してまだ10カ月ほどなので、まずは地域の人たちに認知していただくことから取り組んでいます。その中で健康意識の高い人や、治療中の方やそのご家族には、多様な選択肢などを示していけるように、関わっていきたいと思っています。私たちは患者さんのことをクライアントと呼んでいますが、クライアントの希望を満たせる提案をしていきたいと考えています。大切なのは本当にこれからですね。私自身に思いはあっても、形に落とし込めていない部分がまだまだあるので。

そして今後、医療従事者の減少は地域における死活問題なので、海外の医療従事者の採用なども前向きに考えるべきでしょう。例えばクリニックを通じて海外の人々を長野に集客し、地域創生につなげていく。ピンチをチャンスに変えていくようなことができればと考えています。

反対に、海外にクリニックを立ち上げるなど、海外での活動も行っていきたいですね。検診というパッケージも含めて、日本のサービスは本当に優れています。こんなに恵まれている国民も他にはいないと思います。海外の人々に日本の医療サービスを知ってもらうためにも、もっと発信していきたい、そう考えています。

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医師プロフィール

麻植ホルム 正之 ライフクリニック蓼科 院長

スウェーデン出身、6歳より大阪府育ち。産業医科大学卒業後、神戸労災病院、人型労災病院、蒲田クリニックなどで研鑽を積み、諏訪中央病院やリゾートケアハウス蓼科の取締役並びに嘱託医として勤務、2017年9月にライフクリニック蓼科を開設、現在に至る。

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