「子ども基本法」が日本には必要だ。子どもの権利を守るため、今こそやるべきこと

日本には子どもについての包括的な権利を定める法律がありません。子どもの権利を守り尊重するために、必要な法律があります
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MoMo Productions via Getty Images

日本財団は2020年9月に、子どもの権利を包括的に定める「子ども基本法」の制定を目指す提言書を発表しました。

この提言書は、日本時財団が設置した「子どもの権利を保障する法律(仮称:子ども基本法)および制度に関する研究会」において、虐待予防や社会的養護などの児童福祉に関わる専門家、当事者、NGO等による議論を経て公表したものです。

ここでは、なぜ、いま日本で「子ども基本法」が必要とされているのかを、説明したいと思います。

子どもを守るために必要なこと

近年は、子ども虐待に関する悲しいニュースが後を絶ちません。

特に2018年3月に東京都目黒区で亡くなった5歳の船戸結愛ちゃんと、2019年1月に千葉県野田市で10歳で亡くなった栗原心愛ちゃんの事件は、メディアでも大きく報道されました。

残念なことは、児童相談所、警察、学校などの子どもを救うための機関がかかわっていたにもかかわらず、この二人を救うことができなかったという事実です。

特に心愛ちゃんの事件では、教育関係者がアンケートを父親に見せていたことがわかっており、子どもの権利を守るという姿勢が不充分だと言わざるを得ません。

子どもは大人と比べて立場が弱く、自らの声をあげにくいため、虐待や暴力の対象になりやすい存在です。

こうした子どもの権利を守るために、1989年に国連で子どもの権利条約が採択されました。日本は1994年に批准しており、この条約を実施する義務があります。

ちなみに子どもの権利条約の締約国・地域は196か国となっており、最も多くの国に批准されている条約です。

ところが子どもの権利条約に批准した当時、日本政府はすでに当時の法律や制度で子どもの権利は守られているとの立場をとり、国内の法律の整備をおこないませんでした。

そのため、日本には子どもの権利を包括的に定め、それを守るための国の理念、基本方針、必要な政策等を定めた法律がないままとなっています。

子どもの権利条約について

子どもの権利条約は、18歳未満を子どもと位置付けて、子ども自身が権利の主体であることを約束しています。

子どもの権利条約は54条からなり、子どもについての様々な権利を規定していますが、なかには「一般原則」と呼ばれ、子どもの権利の中でも最も基盤となる4つの原則があります。

1つ目が差別の禁止(第2条)で、すべての子どもは、子ども自身や親の人種、性別、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます。

2つ目が子どもの最善の利益(第3条)で、子どもに関するすべての措置をとるに当たり、公的もしくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、子どもの最善の利益が第一義的に考慮されるものとしています。

3つめが生命への権利、生存・発達の確保(第6条)で、すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう、医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されています。

4つ目が子どもの意見の尊重(第12条)で、自分の意見を形成する能力のある子どもは、子ども自身に影響を及ぼすすべての事項について、自由に自分の意見を表明する権利を持ち、その意見は年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする、とされています。

子どもの権利条約には、他にも出自を知る権利、表現の自由の権利、遊ぶ権利など様々な権利が規定されています。

詳細は(公財)日本ユニセフ協会のホームページで詳しく説明されています。

日本の子どもの生きづらさ

しかし、これらの子どもの権利が、日本で本当に守られていると言えるのでしょうか。

条約を批准した当時と比較してみると、むしろ子どもをめぐる状況は厳しさを増しているように見えます。

児童相談所の児童虐待相談対応件数は、批准当時の1994(平成6)年の1961件と⽐較して2019(令和元)年度には19 万件となり、ほぼ100倍となっています。いじめの件数も当時の5万6000件から54万件と⼤幅に増加しています。

また近年は⼤⼈の⾃殺は減少傾向にあるものの、⼩中⾼校⽣の⾃殺は2019(令和元)年に317件と近年は増加傾向にあり、2020年は新型コロナの影響により、479人と過去最多になりました。

児童虐待相談対応件数の推移

出所;厚生労働省 令和元年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>

児童生徒の自殺の状況

出所;令和元年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果(文部科学省)

また、子どもたちが意見を表明する機会をもち、意思決定に参加することは非常に重要ですが、日本の子ども達が児童福祉の現場や学校などで意見を聴かれていないことが、様々な場面で指摘されています。

例えば日本では、子どもが家庭から一時保護される際に、裁判などの中立的な状況で子どもの意見を聞く仕組みが整っていないことが指摘されています。

日本財団の研究会には2名の社会的養護を経験した当事者が委員として参加しましたが、当事者活動に関わるユースは「子どもの話をもっと聴いて欲しい。言いたくても言えない子どもに話しやすい関わりをしてくれたら」、「理不尽なことがあってもしょうがないと諦めていた。理由を話して欲しかった」、「子ども同士のいじめに気づいて欲しい」「自分の意見を聞いてもらえなかった」などと話しています。

子どもの権利について知られていない

そもそも子ども自身が自分の持つ権利について知らなければ、行使することもできません。

2018年のセーブ・ザ・チルドレンの調査によると、子どもは31%、大人は42%が「子どもの権利条約」について聞いたことがないと回答しています。

2019年 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの調査より

一般的な感覚からも、日本で法律が定められていればそれを守ることは当然ですが、どんな条約に批准しているかまで知っている人や少ないでしょう。

やはり、子どもの権利について条約に批准しただけで終わりとせず、日本の国内法にきちんと定める必要があるのです。

なぜ「子ども基本法」が必要なのか

前述した通り、子どもの権利条約に批准した1994年当時、日本政府は当時の法律や制度で子どもの権利は守られているという立場をとり、国内の法律や制度の整備をおこないませんでした。

そのため、日本には子どもの権利を包括的に定め、それを守るための国の理念、基本方針、必要な政策等を定めた法律がありません。

これは障がい者権利条約の批准にあたって、障害者基本法の改正、障害者総合支援法や障害者差別解消法の成立および障害者雇用促進法の改正など、集中的に国内の法制度を整備したこととは対照的です。

子どもの権利の基本法を制定するべきだという意見は、これまでも子どもの権利条約総合研究所などや、子どもに関わるNGOからも多く出ていますが、政府による具体的な取り組みは進んでいません。

そのため、日本では障がい者の権利については障害者基本法が、女性の権利については男女共同参画社会基本法がありますが、子どもについては包括的な権利を定めた基本法が定められていないままの状態となっているのです。

日本財団

日本には「児童福祉法」「母子保健法」「教育基本法」「少年法」「児童虐待防止法」「子どもの貧困対策推進法」「成育基本法」など子どもに関わる多くの法律があります。

このうち、2016年に改正された児童福祉法、子どもの貧困対策推進法、成育基本法などは、理念で児童の権利条約に触れています。

しかし、これらの法律は子どもの福祉や貧困などの限定された分野に関する法律であり、教育や司法などの分野に及ぶものではありません。

また、子どもの権利侵害に関する裁判においても、子どもの権利条約を判例の根拠とするのは現実には難しいと言われており、国内法に定められていない弊害が大きいといえます。

子どもをめぐる問題を抜本的に解決し、養育、教育、保健、医療、福祉等の子どもの権利施策を幅広く、整合性をもって実施するには、子どもの権利に関する国の基本方針、理念及び子どもの権利保障のための原理原則が定められる必要があるのです。

そのためには、憲法及び国際法上認められる子どもの権利を、包括的に保障する「基本法」という法形式が適当であり、基本法は個別法が改正される際の規範ともなります。

日本財団

子どもコミッショナー/オンブズパーソンについて

提言書では、子ども基本法の中で、「子どもコミッショナー(仮称)」の設置を求めています。子どもコミッショナー(オンブスマン、オンブスパーソンともいいます)とは、子どものSOSを受け止め、子どもの立場を代弁して調査や勧告などを行う人とそれを支える組織のことです。

世界では、40年前の1981年にノルウェーで子どもオンブズマンが設立されたのが最初です。

子どもは自らが虐待、いじめなどの権利侵害を訴えることが難しく、弱い立場にあるため、国連子どもの権利委員会による一般的意見第2号でも、子どもの権利条約を実行するしくみとして、子どもコミッショナー/オンブズパーソンを設立することを求めており、現在は世界の60か国以上で設置されています。

⼦どもコミッショナーは⼦どもを守るための様々な活動をしますが、Action for the Rights of Children(ARC)の平野裕二氏は主な役割として下記を挙げています。

① 子どもの権利や利益が守られているか、行政から独立した立場で監視すること。

② 子どもの代弁者として、子どもの権利の保護・促進のために必要な法制度の改善の提案や勧告を行うこと。

③ 子ども自身からのものを含む苦情申立てに対応して必要な救済を提供すること。

④ 子どもの権利に関する教育や意識啓発等を行うこと。

自治体レベルでは兵庫県川西市、神奈川県川崎市、東京都世田谷区などの一部の自治体で「子どもの人権オンブスパーソン」「世田谷区子どもの人権擁護機関(せたホッと)」などこうした子どものSOSを受け止めて調査をし、勧告できる機関が設けられています。

しかし、日本ではまだ国レベルの子どもコミッショナー/オンブズパーソンは設置されていません。

日本財団は2019年にスコットランドの子どもコミッショナーのブルース・アダムソン氏を日本に招聘し、その活動について講演していただきました(ブルースさんへのインタビュー記事はこちら)。

日本でも国レベルの子どもコミッショナーを設置することができれば、子ども達の声を受け止め、調査や制度改善につなげて子どもにとってより良い社会を実現していくことができるようになるでしょう。

日本財団が提案する「子ども基本法」の試案

日本財団が提案する子ども基本法の試案は下記となっています。

○基本法の柱建て試案①:理念と責務

子ども基本法は、「子ども」を冠する基本法として、名実ともに子どもが中心に据えられた法律となります。

そこでは、子どもはその発達上の状態ゆえに特に人権侵害を受けやすい特性を考慮し、個々の子どもの年齢や発達の状況を十分踏まえつつ、子どもを権利の主体として捉え、子どもの権利条約の一般原則をはじめとした子どもの諸権利を社会全体で遵守する必要性を明記します。

あわせて国や地方公共団体の責務や、市民団体との協同を規定します。

○基本法の柱建て試案②:基本的施策

国が子どもの権利の推進に向けた年間計画を策定し、実効性の担保に主眼を置いた内容を毎年度策定し、閣議決定することを規定します。

次に、子どもに関係する主要な計画を、子どもの権利を中心として省庁横断的に整理・調整するため、国に「子ども総合政策本部(仮称)」を設置し、前述の年間計画を行政内から総合的に調整し各省庁・部局の政策の改善促進を牽引します。

第3に、正確な現状把握や予防的政策による積極的な権利保障の実現のため、省庁横断データベース等の調査研究を実施します。

第4に、子どもに対応する専門職員の確保、調査研究、啓発活動など、制度の設計から運用に至るまでの様々な過程について国・地方が財政的支援を講じるよう規定します。

○基本法の柱建て試案③:「子どもコミッショナー(仮称)」の設置

子ども基本法によって、子どもの権利を守ることに特化した「子どもコミッショナー(仮称)」を設置します。

子どもコミッショナーには様々な機能が必要となりますが、特に重要なのは組織運営及び活動における独立性であるため、政府の外局として置かれる合議制の行政委員会(三条委員会)として設置します。

子どもコミッショナーは、子どもの権利条約に照らして制度の構築・運用を監視する機能として、法に基づく調査権を持ち、関係機関に対する報告請求権の行使も可能とします。

また、調査に基づく勧告権を持ち、勧告を受けた主体はその対応について報告義務を負うとともに、政策に関する提言は子どもコミッショナー自身が国会に直接報告できるものとします。

子ども基本法をつくるために

子どもの権利については、これまで子どもの権利条約総合研究所、日弁連の子どもの権利委員会、子どもの権利条約キャンペーンに参加するNGOなどがで活発に活動をしてきました。

「子ども基本法」法律制定のためには、子どもに関わる関係者、市民社会、世論の盛り上がりが重要です。ぜひ関係者にはお力添えをお願いしたいと思います。

2020年5月の発表で、日本の15歳未満の子どもの数は前年より18万人少ない1533万人と38年連続で減少しています。

子どもの割合も12.1%と45年連続の低下となり、いずれも過去最少を更新しています。

せめてこれから生まれてくる子ども達と今を生きる子ども達の権利を尊重する社会にしていきたいものです。

(参考ホームページ)

日本財団子ども基本法WEBサイト

日本ユニセフ協会 「子どもの権利条約」

セーブ・ザ・チルドレン「3万人アンケートから見る 子どもの権利に関する意識」

日本財団 「スコットランド子ども若者コミッショナー ブルース・アダムソン(Bruce Adamson)氏インタビュー」

ARC 平野裕二の子どもの権利・国際情報サイト

(参考文献)

・喜多明人、吉田恒雄、荒牧重人、黒岩哲彦編(2001)子どもオンブズパーソン:子どものSOSを受け止めて.日本評論社.

・子どもの権利条約総合研究(2010)子どもの権利研究第17号.日本評論社

・日本教育法学会子どもの権利条約研究特別委員会(1998)子どもの権利:基本法と条例.三省堂.

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