やってみたい家庭は100万世帯。なのに日本で里親・養子縁組がなかなか増えない理由とは?

約7割が里親と暮らすイギリスとは、何が違うのでしょうか?
子どもたちの健全な成長に“親”の存在は欠かせない
子どもたちの健全な成長に“親”の存在は欠かせない

この記事のPOINT!

  • 日本財団の調査によると潜在的な里親候補者は100万世帯いるのに、実際に里親家庭で生活する子どもは約6,500人

  • 里親制度や特別養子縁組制度が普及しないのは、圧倒的な情報不足が一つの原因

  • 里親には経済的な支援があり短期委託も可能。制度への理解が進めば、多くの子どもが家庭を得られる可能性がある

取材:日本財団ジャーナル編集部

◇◇◇

「里親」や「特別養子縁組」と聞くと、どこか遠い言葉に感じる方が多いかもしれない。

しかし生みの親のもとで暮らすことができずにいる子どもが、日本には約4万5,000人いる。そのうち8割以上が、乳児院や児童養護施設で生活を送っているという。

これは、先進諸国と比べても圧倒的に多い。里親だけで言えば、オーストラリアは93%、アメリカは77%であるのに対し、日本が18%にとどまっている。

先日、法制審議会(法務省の諮問機関)で特別養子縁組制度の子どもの対象年齢を現在の6歳未満から15歳未満に引き上げる改正案が取りまとめられ話題となった。

15~17歳でも一定の条件下で縁組が認められるほか、制度利用者の大きな負担となっていた手続きルールの改定も盛り込まれており、これが国会で成立すれば、制度普及の大きな後押しとなることが期待される。

そこで、里親制度や特別養子縁組制度の普及におけるこれまでの日本の遅れの原因と、改善の糸口を探るべく、日本財団国内事業開発チームの高橋恵里子さんに、2017年に行われた「『里親』意向に関する意識・実態調査」の結果とあわせて話を伺った。

子どもにとって、里親制度や特別養子縁組制度の必要性とは

そもそも「里親制度」や「特別養子縁組制度」とは何か。

何らかの理由で実親のもとで暮らすことが難しい子どもたちを家庭に迎え入れることには変わりないが、制度によって親子の関係性に違いがある。以下を確認してみよう。

里親(養育里親):子どもを一定期間預かり育てること。育ての親との間に親子関係は生まれず、実親との間に法律上の親子関係が残る。子どもの対象年齢は原則0~18歳まで。月々8万6,000円+養育費約5万円の補助を国から受けられる。

特別養子縁組:原則6歳までの子どもを、育ての親が法律上も子どもとして家族に迎え入れること。親権のほか相続権や扶養義務などはすべて育ての親に移り、生みの親との法的な親子関係は残らない。
* *特別養子縁組が可能な年齢については、今後、15歳まで引き上げられる法改正が予定されている。

ちなみに、家系存続のためなど成人にも広く使われる養子縁組は「普通養子縁組」で、子どもの年齢制限は設けられておらず、特に保護を必要とする子どもが、実子に近い安定した家庭を得るための制度である特別養子縁組とは異なる。

図表:養子縁組と里親制度の違い

養子縁組と里親制度では、親子関係、年齢制限などさまざまな違いがある(2017年5月時点のデータ)
養子縁組と里親制度では、親子関係、年齢制限などさまざまな違いがある(2017年5月時点のデータ)

さて、そんな里親制度や特別養子縁組制度はなぜ必要なのだろうか。

「子どもにとって、生活の場を安定させるのはとても大事なことです。親、もしくは親代わりの特定の大人に受け入れられ、関係を築くことで、安心感を得られる。そうして自己肯定感を得ることで、(精神的に)健康な、人を信頼できる大人に育つことができるのではないでしょうか」と高橋さん。

日本財団で子どもの家庭養育の普及に努める高橋さん
十河英三郎
日本財団で子どもの家庭養育の普及に努める高橋さん

家庭環境と子どもの発育は大きく関わっている。子ども時代に虐待を受けると脳が萎縮してしまう、というのは有名な話だ。

さらに親がアルコール依存症であるなど、健全とは言えない環境で育った子どもは、将来的に健康や寿命にも悪影響を及ぼすとの研究結果も出ているそう。

また中には、生まれて間もない頃から何らかの理由で生みの親と暮らすことができない子どももいる。そういった子どもたちを保護するのが、乳児院や児童養護施設だ。

「施設が必要ないということではありません。たとえば思春期で、今さら別の家庭に入っても気を使ってしまうので、児童養護施設での生活を望むこともあるでしょうし、施設でのより集中的なケアを必要とする子どもいます」と、高橋さん。

しかし生まれたばかりの赤ちゃんや小さな子どもとなると、特定の大人と愛着関係を築く時間が必要だ。国連のガイドラインでも、実親の元に帰れないのなら、養子縁組をしてずっと続く家庭に入ること、それが難しければできる限り里親のような家庭的環境で育つことを目標としている。

国を挙げて子どもたちと向き合い、権利を尊重するべき

日本には家庭で暮らせずにいる子どもがたくさんいる。しかしその実態を知る人や、実際に養子縁組制度や里親制度を利用する人が日本では非常に少ない。

「血縁を重んじる文化があるから」などその原因には諸説あるが、そもそも制度を知らない人が多いことが問題のようだ。

アンケート調査によると、里親制度については「まったく知らない」「名前を聞いたことがある程度」と回答した人が6割以上だった。
その理由の一つが、国が里親の制度普及ににお金を使ってこなかったことではないかと高橋さんは話す。

「たとえば児童養護施設に保護された子どもの約7割が里親と暮らすイギリスでは、普及活動が大々的に行われています。テレビやラジオCMを放送したり、ポスターを作ったり、さまざまな方法で里親のリクルートをしたりと、時間とお金をしっかりかけています。また、里親の研修や支援をする民間機関にも多額の補助金を出しています」

「児童福祉が発展している国々から学ぶことは多い」という高橋さん
十河英三郎
「児童福祉が発展している国々から学ぶことは多い」という高橋さん

また、日本は法律的に親の権利を重視する傾向が強いことも制度が普及しない原因の一つと言えるようだ。

「親の権利が守られていること自体は悪いことではありませんが、時に子どもの権利を奪う原因になります。親が同意しないという理由で、長期間一時保護所で生活していた、という子どもの話を聞いたこともあります」と高橋さんは言う。

2016年に改正された児童福祉法には、子どもの意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されるべきと書かれている。

これを守るためにも、児童相談所と弁護士が連携しながら社会的養育を充実させていくことが重要だ。そうすればもう少し、里親や特別養子縁組も当たり前のこととして普及するかもしれない。

里親には国からの経済的なサポートがある

日本では里親制度や特別養子縁組制度があまり知られていない。とは言え、なにも無関心なわけではない。

アンケート調査の結果、6.3%の男女が「里親になってみたい」「どちらかというと里親になってみたい」と回答した。

これは里親の対象となる世帯として 30 代~60 代の「夫婦のみの世帯」と「夫婦と子どものみ世帯」を想定し、そこから生活保護世帯を除いた数はおよそ 1,780 万世帯であることから、約100万世帯が潜在的な里親候補者であることを示す数字だ。

「民間で里親のリクルートや支援をしているNPO法人キーアセットの経験では、最初の問い合わせから里親登録まで結びつく確率は2~3%とのことです。もし100万世帯が行動に移してくれれば、今実親と暮らすことが難しいとされている子どもたちの多くに、家庭で生活するチャンスを与えられる可能性があります」

「もちろん、ただ里親の数を増やせばよいということではなく、研修や支援の拡充も一緒にやっていくことが重要です」

法律上、家族となって子どもを迎え入れるのが養子縁組制度であるのに対し、養育里親は、実親のもとへ帰る可能性のある子どもを一時的に育てることになる。

年齢や期間がまちまちなため、子どもを育てたことのある人はその経験がプラスとなる。しかし、里親になることをためらう人が多い。大きな原因は経済面にあるという。

「里親には経済的な補助があって、毎月8万6,000円の手当てと、約5万円の養育費が行政から支給されます。これを知っていたと答えた人は2%以下でした」

図表:里親の意向はあるが、現状里親になっていない理由

 経済的な不安で里親になっていない人は全体の4割近くもいる
経済的な不安で里親になっていない人は全体の4割近くもいる

アンケート調査の回答者に、里親には経済的サポートがあることや、短期の里親もあることなどの情報を提供したところ、最終的に里親の意向者は、6.3%から推計で12.1%にまで増える可能性があることがわかった。

日本社会において里親制度や特別養子縁組制度の理解が進めば、高橋さんの思いが叶うのも夢ではない。まずは子どもたちの現状を知り、救うための制度を知り、今の実態を人ごとではないと認識することが大切だ。

未来の担い手たる子どもたち一人ひとりが幸せに、健やかに育つようサポートすること。これは子どもたち、ひいては私たちの幸せにつながるはずだ。