違法薬物で逮捕された人は、笑顔を見せちゃダメなのか? 高知東生さんたちと話し合った、「回復」を支えられる報道のあり方

座談会は、終始あたたかい雰囲気に包まれ、笑い声にあふれていた。その様子は、テレビなどの報道ではあまり見られない光景だった。
座談会に参加する杉田あきひろさん、高知東生さん、塚本堅一さん
座談会に参加する杉田あきひろさん、高知東生さん、塚本堅一さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

「留置所から出た時、見なきゃいいものの、世間はどういう風に自分を見ているのだろうと思ってテレビをつけた。そうしたら、見事に叩かれていました」。そう振り返るのは、2016年に覚せい剤の使用などで逮捕され、執行猶予付きの判決を受けた俳優・高知東生さんだ。

高知さんは逮捕当時、メディアから凄まじいバッシングを受けた。朝の情報番組ではコメンテーターから「反省していない」と辛辣に批判され、ネット上でも罵詈雑言が飛び交った。

同じような光景は、芸能人が違法薬物で逮捕されるたびに、頻繁に繰り返される。2019年はピエール瀧さん、田口淳之介さんの逮捕が大きく報じられた。

一方で、逮捕された芸能人をバッシングする過剰報道は、依存症から立ち直ろうとしている人を追い詰めてしまったり、依存症に関する世間の偏見や誤解を助長したりしまう。

こうした問題に取り組むのが、依存症の治療・回復を支援する団体と専門家が結成した「依存症問題の正しい報道を求めるネットワーク」だ。

同団体は、依存症の啓発につながる報道をしたメディアを表彰する「グッド・プレス賞」も設立。第2回となる2019年には、ハフポスト日本版を含む、テレビや新聞、デジタルメディアなど8媒体が受賞した。

9月6日には、表彰式と当事者が参加する座談会が開催された。座談会には違法薬物で逮捕された経験を持つ高知東生さん、元NHKアナウンサーの塚本堅一さん、9代目「うたのお兄さん」の杉田あきひろさんらが登壇。メディア当事者もまじえて、回復を後押しする報道のあり方について話し合った。

(左から)国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さん、杉田あきひろさん、高知東生さん、塚本堅一さん、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さん
(左から)国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦さん、杉田あきひろさん、高知東生さん、塚本堅一さん、「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

激しいバッシングにあった高知東生さん

2016年に覚せい剤の使用などで逮捕された俳優の高知東生さんは今、薬物依存症の啓発に繋がる活動を精力的に行なっている。

高知さんは逮捕報道を受けた後、メディアやネットで激しいバッシングに晒された。同年9月に執行猶予付きの有罪判決を受けたが、一時は「外に出るのが怖くて引きこもり状態」に陥ってしまったという。

救いとなったのが、一般社団法人「ギャンブル依存症を考える会」で代表を務める田中紀子さん(@kura_sara)との出会いや、自助グループの存在だ。

「(2016年に)留置所から出た時、見なきゃいいものの、世間はどういう風に自分を見ているのだろうと思ってテレビをつけた。そうしたら、見事に叩かれていました。自分の起こしたことで周りに迷惑をかけた。自分が犯したことの重さをどっしり感じている時に、唯一『高知東生さんは回復しそうな気がする』と記事で書かれていたのが田中紀子さんでした」

「その記事には、『捕まった時に、(高知さんは)ありがとうと言った。これは依存症で苦しんでいる時に逮捕されたことでホッとしている。その気持ちを正直に言っている言葉なんだ』と書かれていた。そう書いてくれたのはこの人だけだった」

高知さんが田中さんと交流を持つようになったのは、それから2年以上経った2019年2月のことだ。「小さなことを毎日発信していこう」という考えで再開したTwitter経由で連絡をとり、田中さんの強い勧めでメディア出演も決断した。

当時のことを、笑いを交えながら高知さんは振り返った。

「(2019年)2月に、これまで優しくしてくれた人が寝返って、またショックを受けて。山あり谷ありを捕まった後に実感していた時、田中紀子さんからTwitterでフォローされました。フォローし返したら、すぐにメッセージがきて、『会いませんか』と。『心の余裕がないからそっとしておいてください』と返したら、『いつにしますか?』とすぐに返ってきた。『とにかくほっといてください。心が落ち着いたら自分から連絡します』と言ったら、『〇〇日に予約を取りました。楽しみにお待ちしております』ですよ。(笑)」

「いま思えば、それをきっかけに僕はいろんな仲間と出会い、分かち合い、一つ一つ自分を取り戻していっています。引きこもっている時は、自分はダメだと思っていました。田中さんのスピードと行動力と、仲間として迎えてくれた愛と心に感謝しています」

高知東生さん
高知東生さん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

「僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話」

NHKで13年間アナウンサーを務めていた塚本堅一さんは、2016年1月に危険ドラッグを製造・所持した疑いで逮捕され、罰金50万円の略式判決を受けた。

「NHKアナウンサー」という肩書きから、逮捕時はメディアに大きく取り上げられた。NHKから懲戒解雇された後に社会復帰を試みたが、人前に出ることが怖くなり、うつ病状態になってしまったという。

「そのあと一人で社会復帰をしようと思って頑張ったんですが、ダメだった。できないことが増えて、お店に入れないなどうつ病状態になりました。ようやく助けを求められるようになった段階で、田中紀子さんにメールをして、松本俊彦先生(国立精神・神経医療研究センター)の診療を受けるようになりました。私は依存症ではないんですが、薬物で失敗してへこんだ気持ちを回復するため施設に通い始めて、1年ちょっとが経ちます」

塚本さんは8月、逮捕から回復に至るまでの足跡をつづった著書「僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話」を発売した。

著書では、回復施設に通うことで、自らと向き合っていく塚本さんの等身大の姿が伝えられている。違法薬物や依存症への理解にも繋がるような内容だ。

「薬物で逮捕された人、そうじゃない人にも何か感じてほしいと思います。逮捕されていなくても、いま苦しんでいる人がいるかもしれない。回復のきっかけになってほしいと思っています。生々しい感じではあるんですが、ぜひ読んでいただきたいです」

塚本堅一さん(中央)
塚本堅一さん(中央)
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

杉田あきひろさんの思い 「やめつづけることはできる。そして回復することができる」

1999年から2003年まで、NHKの教育番組「おかあさんといっしょ」で9代目の「歌のお兄さん」を務めていた杉田あきひろさん。

杉田さんは、2016年4月に覚醒剤を所持した疑いで現行犯逮捕され、同年6月に懲役1年6カ月、執行猶予3年の有罪判決を受けた。保釈された後は、薬物依存症の回復施設「長野ダルク」に入り、約1年間生活したという。

杉田さんはリハビリを続けながら、2017年1月と翌年1月、長野県松川村が主催したコンサートにも出演した。このコンサートは、回復を後押ししたいという村の職員の思いと尽力により実現に至ったという。コンサートの模様はフジテレビ系列の情報番組「ノンストップ!」でも特集され、反響を呼んだ。

「回復とは何か、全くわからず。それでも、毎日自助グループに通ってミーティングをして、その生活を続けていくうちに、薬を使わない人生というのは本当にある。自分も歩めるかもしれない。もう一度社会の中で頑張れるかもしれない。そんな思いがひらけてきました」

座談会に参加した杉田さんは、言葉を丁寧に選びながら、これまでの道のりや、いまの思いを語っていた。

「田中さんに、これから先は伝えていかなければならない、発信していけなければならない、とも後押しをいただきました。僕はまだ回復途上の人間で、薬物依存とは一生治らない病気だと経験しましたし、体感もしています。でも、やめつづけることはできる。そして回復することができる。その姿をみなさんに伝えることが大きな使命なのかなと思って、ここにいます」

(左)杉田あきひろさん
(左)杉田あきひろさん
Yuriko Izutani / HuffPost Japan

薬物で逮捕された人は、笑っちゃいけないのか? 垣間見えた、テレビ局のホンネ

座談会は、終始あたたかい雰囲気に包まれ、笑い声にあふれていた。その様子は、テレビなどの報道ではあまり見られない光景だった。

座談会が一層の盛り上がりを見せた場面がある。

高知東生さんがテレビ番組に出演した際、カメラが回るときにスタッフから「笑わないでください」と注文を受けた、という話だ。

「カメラが回るまですごく仲良く、楽しく話していたのに、本番でカメラが回ると『高知さん、笑わないでください』と言われまして。ただ、番組が放送された後に知人から電話がかかってきて、顔がこわばっているから『お前大丈夫か?まだやってんじゃないか?』と言われたんですよ」

高知さんが当時のことを振り返ると、会場からは大きな笑いが起きた。

高知さんが話すように、一度逮捕された芸能人がテレビ出演するとき、必ずと言っていいほどそのインタビューは「緊迫」した様子で伝えられる。「独白」というテロップが並び、スーツを着て、緊張した面持ちの出演者が反省の弁を述べる...。そんなイメージだ。

反省の気持ちを述べることが、もちろん悪いわけではない。しかし、普段の様子からはあまりにもかけ離れていて、本当の姿を伝えるとは言えないのでは?

座談会でそうした意見が飛ぶと、会場に来ていたテレビ局の記者が複雑な心境を吐露してくれた。その記者は、番組で高知さんの取材を担当していたという。

「そのままの姿を放送することがいい。それはもちろんその通りなんですけれども...。ただ、世間の風当たりを弱めたい、という取材者としての心理があります。にこやかに笑いながら回復したんですと仰っていただくこと。これによって、高知さんへの批判が集まってしまうのではないか、という心配がある。取材者として考えることは、そういう時に笑顔で出ていただけるような雰囲気を...醸成すると言うとおこがましいんですが、そういう世の中になってほしいと思います」

「執行猶予」とは、「謹慎期間」ではない

専門家から指摘が出たのは、メディアを含め、世間の「執行猶予」への受け止め方だった。

「メディアの方たちも、執行猶予を『謹慎期間中』のように捉えていると思うんですが、それだと執行猶予が終わった後、普通の生活に戻ったらすぐに薬物を使ってしまうと思うんです。なんのための執行猶予かわからない」

薬物依存症の問題に長年取り組んできた精神科医の松本俊彦さんは、そう指摘する。

「むしろ、どうやったら薬物を使わず、かつ自分らしい生活を送ることができるのか。それを試行錯誤する期間が『執行猶予』という期間なんです。それをきちんと理解してもらいたいと思います。執行猶予中に誰とも会わずに引きこもって、どんどん人間関係を切ってしまったら、友達は売人しかいなくなってしまいますからね」

高知さんらが表舞台に立つことを熱心に後押しする「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんも、これに同調する。

「執行猶予中も外に出てきて、『働く』ということをしてほしいんです。逮捕された一般の方達は、働けないと再犯リスクも高まってしまう。そこに対して社会が支援をするために、国は民間団体への補助金制度なども整備していて、裁判でも就職先はどこかと聞かれたりするんです。それにも関わらず、メディアは自粛ムードになっていて、再犯防止の観点からすると非常に良くない。だからこそ、芸能人の方にはもう一度表舞台に立って輝いてほしいんです。なぜなら、それが依存症患者とその家族にとって大きな力になるから」

「ダメ。ゼッタイ。」ではなく、「回復」にフォーカスをあてた報道を

「覚醒剤やめますか、それとも人間やめますか」「ダメ。ゼッタイ。」ーー。

これらは、違法薬物の啓発のために使われた有名なキャッチコピーだ。

「人間やめますか」のフレーズは、1980年代に民放連が制作したCMで使われた言葉だが、その強烈な映像とコピーが未だに印象に残っている人も多いだろう。いま日本に住んでいる人は、「ダメ。ゼッタイ。」と書かれた啓発ポスターを一度は目にしたことがあるかもしれない。

こうした取り組みが功を奏したのか、日本での薬物使用経験者の数は、主要な欧米諸国と比べると、極めて低い水準にとどまっている。

日本の違法薬物生涯経験率(%)は、大麻1.4%、有機溶剤1.1%、覚醒剤0.5%、コカイン0.3%、危険ドラッグ0.2%で、欧米諸国と比べると極めて低い。
日本の違法薬物生涯経験率(%)は、大麻1.4%、有機溶剤1.1%、覚醒剤0.5%、コカイン0.3%、危険ドラッグ0.2%で、欧米諸国と比べると極めて低い。
主要な国の薬物別生涯経験率(厚労省の資料より)

一方で、覚醒剤で検挙された人に占める再犯者率は上昇を続けており、2017年は過去最高の65.5%だった。政府が2018年にまとめた「第五次薬物乱用防止五か年戦略」では、再乱用防止のためには依存症の治療や社会復帰が重要であることが強調されている。

依存症患者の人格を否定するような「人間やめますか」のコピーや、厳罰主義を象徴するような「ダメ。ゼッタイ。」のキャンペーン。これに付随するようなメディアのバッシング報道。

こうした厳罰主義は、依存症に苦しんでいる人をより社会から孤立させてしまう、と松本さんや田中さんは指摘する。

「薬物を使うことの一番の害は何だろうと考えた時に、実は健康作用よりも、社会的な『スティグマ』みたいなものではないか、と思います。バッシングで本人が萎縮して外に出られなくなり、人との関わりを絶って孤立していくことが一番の害ではないでしょうか。その害を作っているのは誰なのかと考えると、一つは法律の問題もあると思いますが、メディアの報道も影響している。バッシングを受けることでSOSを出す気力がどんどん失われてしまい、誰かが手を差し伸べようとしても、その人のことが信じられなくなってしまうんです」(松本さん)

「罰するとか見せしめにすることに効果がある、と思っている方々もいるんですが、実はそうではなくて。見せしめによって依存症患者に対するハレーションが起こってしまい、回復の場がどんどん失われてしまっている。そういったことを知ってほしいと思います」(田中さん)

2017年には、松本さんや田中さん、依存症のリハビリ施設「ダルク」やNPO法人「ASK(アルコール薬物問題全国市民協会)」が中心となり、「薬物報道ガイドライン」が作られた。

ガイドラインでは、再使用のリスクを避けるために「白い粉や注射器といったイメージカットを用いないこと」、「ヘリを飛ばして車を追うなどの過剰報道を行わないこと」などを推奨している。

また、望ましい報道として、依存症が「回復可能な病気」だと伝えることや、回復した当事者の発言を紹介することが挙げられている。

ピエール瀧さんの事件をめぐっては、過剰報道に疑問を呈する声がネット上にあがり、所属ユニット「電気グルーヴ」の楽曲が配信停止されたことにファンが抗議する動きもみられた。

こうした変化の兆しが見える中、メディアはどんな報道をするべきか。そのあり方が、いま改めて問われている。

この記事には違法薬物についての記載があります。
違法薬物の使用は犯罪である反面、薬物依存症という病気の可能性もあります。
医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気です。
現在依存症で悩む方には、警察以外での相談窓口も多く存在しています。

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