日韓トンネルとは?旧統一教会が推進する工費10兆円の巨大プロジェクトの実態に迫る

佐賀県唐津市内には調査用の長さ540メートルのトンネルが存在。韓鶴子総裁が訪問したことも
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「日韓トンネルプロジェクト―ネオ・シルクロードの起点から」(世界日報社)の表紙
「日韓トンネルプロジェクト―ネオ・シルクロードの起点から」(世界日報社)の表紙
撮影:安藤健二

岸田文雄首相の人脈と旧統一教会との関係をめぐって話題になった「日韓トンネル」とは何なのか。謎に満ちた巨大建造プロジェクトに迫った。

■岸田首相の後援会長が「日韓トンネル」の推進団体の議長だったことが判明

岸田首相の後援会長が、宗教団体「世界平和統一家庭連合」(旧統一教会)の関係団体の議長を務めていた。「週刊文春」9月1日号は、岸田首相を支える熊本県内の後援会「熊本岸田会」の会長を務める崇城大学の中山峰男学長について報じた。

同誌は、中山氏が旧統一教会と関係が深い「日韓トンネル推進熊本県民会議」の議長を2011年から務めていると明らかにした。中山氏は8月24日の会見で「団体と旧統一教会に関係があると思っていなかった」として、議長を辞任したと述べた

■日韓トンネルとは?総延長は270キロの長大な海底トンネルで日本と韓国を結ぶ

日韓トンネルのルート想定図
日韓トンネルのルート想定図
『国際ハイウェイプロジェクト 日韓トンネル 30年の歩みと展望』光言社より

日韓トンネルとは、九州と朝鮮半島を結ぶ長大な海底トンネルのことだ。旧統一教会との関連が指摘されるNPO法人「日韓トンネル研究会」によると、佐賀県の唐津市から壱岐・対馬を経て韓国・釜山に至るルートが考えられている。

総延長は270キロで青函トンネルの5倍以上。ここに新幹線などの高速列車や貨物列車、カートレインを走らせる計画だ。建設には10年間かかり、工費は約10兆円を見込んでいるという。

地元経済誌「くまもと経済」によると、「日韓トンネル推進熊本県民会議」の総会が2015年2月に熊本市内で開かれた。中山氏は「今年は日韓国交正常化50年にあたるが、日韓の政治関係は冷え込んだままだ。日韓トンネル開通のためにも両トップが早期に会談し、親密な関係を築いてほしい」と訴えていたという。

■日韓トンネルを最初に考えたのは、戦前の日本政府だった

1941年6月4日付朝日新聞に掲載された鉄道省の渡邊貫技師のインタビュー記事(部分)
1941年6月4日付朝日新聞に掲載された鉄道省の渡邊貫技師のインタビュー記事(部分)
朝日新聞

もともと日韓トンネルは、旧統一教会が最初の発案者だったわけではない。構想は、戦前の日本政府にさかのぼる。太平洋戦争の開戦直前の1940年、帝国議会が「広軌幹線鉄道計画」を承認した。東京から下関まで新線を建設し、最高速度200キロの超特急を走らせるプランだった。新聞などでは「弾丸列車」と呼ばれて話題になった。

実はこの弾丸列車には下関を終点とせず、当時は日本統治下だった朝鮮半島まで海底トンネルを掘る構想があった。ゆくゆくは弾丸列車を満州国の首都「新京」(現在の中国・長春市)まで走らせるというものだ。

1941年6月4日付朝日新聞で、鉄道省の渡邊貫(わたなべ・とおる)技師が「その暁には東京、新京間は二十四時間に短縮され、経済的よりも政治的、軍事的意義が大とならう」と述べていた。

当時のプランは佐賀県呼子町(現・唐津市)から壱岐、対馬の二島を経由して、韓国・釜山に向かうというもので、後に旧統一教会が中心となったプロジェクトとほぼ同じルートだ。1941年には唐津、壱岐、対馬などで鉄道省の地質調査が実施されている。

弾丸列車は、戦後に新幹線として生まれ変わったが、日韓トンネルは完全に忘れ去られることになった。

■大林組の構想発表の翌年、文鮮明氏がスピーチで日韓トンネル建設に言及

旧統一教会の創始者である故・文鮮明氏。1974年9月、米国ニューヨークで撮影(AP Photo/Carlos Rene Perez)
旧統一教会の創始者である故・文鮮明氏。1974年9月、米国ニューヨークで撮影(AP Photo/Carlos Rene Perez)
via Associated Press

ところが、この日韓トンネル構想が1980年代になって突如として復活する。きっかけは、日本のゼネコン大手「大林組」が1980年にPR雑誌「季刊大林 vol.7」で発表したユーラシア・ドライブウェイ構想だった。これは東京とロンドンを道路で結ぶ壮大なもので、日韓トンネルもそこに含まれていた。

この構想に影響を受けたのかは不明だが、旧統一教会は翌年から日韓トンネルの実現に向けて奔走することになる。

1981年11月、韓国・ソウルで開かれた国際会議で旧統一教会の創始者である故・文鮮明(ムン・ソンミョン)氏が、世界を高速道路でつなぐ「国際ハイウェイ・プロジェクト」を提唱。その中で日韓トンネルについても触れたからだった。文氏は以下のようにスピーチした。

「私は一つの提案をしたいと思います。それは中国から韓国を通り日本に至る『アジア大ハイウェイ』を建設し、ゆくゆくは、全世界に通じる『自由圏大ハイウェイ』を建設することです。これは中国大陸から韓半島を縦断し、トンネルあるいは鉄橋で日本列島に連結して日本を縦断する一大国際ハイウェイで、ここでは自由が保障されるのです。もしこれが建設されるなら、アジア諸国はハイウェイで連結され、一体化することになります」

■統一教会系の団体が540メートルもの調査坑を掘削。韓鶴子総裁も訪問

佐賀県唐津市内にある調査斜坑の工事の様子
佐賀県唐津市内にある調査斜坑の工事の様子
『国際ハイウェイプロジェクト 日韓トンネル 30年の歩みと展望』より

文氏のスピーチがきっかけとなり、2つの団体が生まれた。

一つは、旧統一教会の「特別公共部門」としての国際ハイウェイ建設事業団(1982年4月に結成)。会長職は旧統一教会初代会長の久保木修己会長が兼任した。

もう一つは地質学者やトンネル技術者らを集めた民間団体「日韓トンネル研究会」(1983年5月に結成、2004年にNPO法人として再発足)だった。

両者は「車輪の両輪」として、日韓トンネルを推進していくことになる。

事業団では、日韓トンネルの実現に向けて陸・海で専門家による調査を進めた。1986年から佐賀県鎮西町(現・唐津市)で、日韓トンネルの調査斜坑の掘削工事が進められた。青函トンネル工事に携わった技術者らが指揮する3度の工事で、2007年11月までに総延長540メートルまで掘り進められた。

2016年11月にはこの調査斜坑を、故・文鮮明氏の妻である韓鶴子(ハン・ハクチャ)総裁が訪問。旧統一教会の公式サイトは、韓総裁が「早期のトンネル実現を通じて、神様の理想が成就するよう祝祷を捧げられました」と報じている。

■掘削工事の費用だけで約20億円。「信者からの浄財」とされるが、“霊感商法”の名目に使われたことも

国際ハイウェイ建設事業団の事業は2009年1月、旧統一教会が新たに設立した一般財団法人「国際ハイウェイ財団」が引き継いでいる。財団の初代理事長は、旧統一教会12代会長の梶栗玄太郎氏だった。

梶栗氏の著書『国際ハイウェイプロジェクト 日韓トンネル 30年の歩みと展望』によると、2009年までに発注した掘削工事の費用だけで約20億円。この本の中で梶栗氏は「莫大な経費は、主に統一教会の信者からの浄財によって賄われた」と明らかにしていた。

ただ、日韓トンネルが1980年代に「霊感商法」の名目に使われていると報じられたこともあった。

朝日ジャーナル1988年5月27日号に掲載された被害者らの証言によると、印鑑や壺、先祖供養のために出したお金の使途を聞かれた販売員たちは「日韓トンネルなど有益なものに使われる」「九州から掘っているトンネルに使う」と話していたという。

なお、旧統一教会の田中富広会長は8月10日の記者会見で「当法人が霊感商法を行ったことは過去も現在もない」と法人としての関与を否定している

■盧泰愚大統領が国会演説で言及。日韓首脳が前向きだった時期も

ソウル市の青瓦台で開かれた晩さん会で盧泰愚韓国大統領(右)と乾杯する海部俊樹首相(いずれも当時)1991年01月9日撮影
ソウル市の青瓦台で開かれた晩さん会で盧泰愚韓国大統領(右)と乾杯する海部俊樹首相(いずれも当時)1991年01月9日撮影
時事通信社

ただし、いくら調査用のトンネルを掘ったとしても、これは飽くまで日韓トンネル建設に向けた事前調査に過ぎない。10兆円と言われる工費を宗教団体だけで捻出できるわけはなく、両国の政治家への働き掛けが1980年代以降に加速していった。

1986年10月1日の調査斜坑の起工式では、当時の中曽根康弘首相が自民党総裁として祝電を送った。1990年5月、当時の盧泰愚(ノ・テウ)大統領が訪日した際、国会演説の最後で日韓トンネルに言及。以下のように日本側に呼びかけた。

「来る世紀には東京を出発した日本の青年が海底トンネルを通過して、ソウルの親友といっしょに北京とモスクワに、パリとロンドンに、大陸を結び世界をひとつにつなぐ友情旅行を楽しむ時代を共に創造しましょう」(朝日新聞1990年5月25日夕刊)

この国会演説について翌年1月9日、ソウルを訪問した当時の海部俊樹首相は青瓦台(首相官邸)の晩餐会で、「私も同じ気持ちだ」と賛意を示していた。

■日韓トンネルを推進する「全国会議」。結成大会では旧統一教会の会長があいさつ

その後も日韓首脳の間で、たびたび日韓トンネルの話題は出ていた。2009年1月、当時の麻生太郎首相と李明博(イ・ミョンバク)大統領による日韓首脳会談で「日韓新時代共同研究プロジェクト」の発足で合意。このプロジェクトが翌年に両国政府に提出した報告書には「日韓海底トンネル構想の長期的推進」が盛り込まれた。

この報告書に「両国指導者は国民の十分な同意を得る方法で、トンネル建設プロジェクトを推進することが望ましい」と記載されていたことを受けて、2010年から各都道府県に日韓トンネルを推進する「県民会議」が設置されていった。

そのうちの一つが冒頭で取り上げた「日韓トンネル推進熊本県民会議」だった。2017年11月には、これらの地方組織をまとめる「日韓トンネル推進全国会議」がスタート。全国会議の結成大会では、国際ハイウェイ財団と旧統一教会の会長を兼任していた徳野英治氏があいさつをしたことが、「KOREA TODAY」2018年3月号などに書かれている。

■「ちょっと荒唐無稽な構想」と斉藤国交相

こうして、日韓トンネルをめぐっては日本国内での働き掛けは続いている一方で、第二次安倍政権で日韓関係が悪化するのに伴って、以前のような両国首脳の間で目立った動きは出なくなっている。日韓トンネル構想と国交省の関わりについて、公明党の斉藤鉄夫国土交通相は8月26日、閣議後の記者会見で明確に否定した。

「国土形成計画において、日韓海底トンネル構想について検討したことはありません」と説明。構想については知っていたが「ある意味で、ちょっと荒唐無稽な構想だと率直に思っています」と述べている。

参考図書:

・原田勝正『日本鉄道史―技術と人間』刀水書房

・梶栗玄太郎『国際ハイウェイプロジェクト 日韓トンネル 30年の歩みと展望』光言社

・国際ハイウェイ建設事業団・編著『日韓トンネルプロジェクト―ネオ・シルクロードの起点から』世界日報社

・『チュッペ18号』(宮塚コリア研究所)所収の船越隆昭「国際ハイウェイ・日韓トンネルプロジェクトの概況」