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「KINAKO」を町工場から世界に。老舗きな粉菓子店の新たな挑戦。

若い世代へと客層を広げていくときに、意識したのは「子育てをしながら働く女性」たちだった。

東京・足立区にある「ワタトー」は、まもなく創業100年を迎える老舗きな粉菓子店だ。看板商品は、きな粉を使った「五家宝」と「きな粉ひねり」。どちらも長年愛されてきたが、お客さんは昔からのファンが多く、若い世代が少ないことに四代目の渡辺将結さん(42)は危機感を抱いている。そこで、創業当時から扱うきな粉を使った新感覚のスイーツを開発しようと、クラウドファンディングで支援を募っている。

昭和初期、「渡辺菓子店」から「渡藤菓子合資会社」へと社名変更したころの同社
昭和初期、「渡辺菓子店」から「渡藤菓子合資会社」へと社名変更したころの同社

ワタトーの始まりは、豆菓子からだった。1921(大正10)年、日本橋浜町で「渡辺菓子店」として創業。そののち、墨田区に工場を移し、1932(昭和7)年ごろから五家宝の製造を始めた。その後、あん入りの「きな粉ひねり」がラインナップに加わり、この2商品を看板商品として営業を続けてきた。フレーバーを増やすことはあっても、新商品を投入することはなかったという。

同社の主力商品「五家宝」
同社の主力商品「五家宝」

そんな中で、四代目の渡辺将結さんが事業を継いだとき、渡辺さんが感じたのは、「がらっと変わるしかない」という思いだった。五家宝、きな粉ひねりの購買客は、70代以上が中心。また、製造は手作業で行われるため、職人の高齢化や職人不足の心配もあった。

「職人さんがいないからできない、となってしまえば、そこで商売は先細りになってしまう。そこで、機械も導入することにし、新商品の開発に乗り出しました」

■ターゲットは「子育てをしながら働く女性」

若い世代へと客層を広げていくときに、渡辺さんが意識したのは「子育てをしながら働く女性」たちだった。渡辺さん自身も幼い息子を持ち、子育ての大変さは日々身をもって感じている。

「特に子育てや仕事で忙しいお母さんは、ストレスを抱えて笑顔が減っていると感じたんです。笑顔を増やすために、何かつくろうと思いました。女性の笑顔が増えれば、子どもも旦那さんも笑顔になり、それがどんどん広がって、世界は変わっていくと思うんです」

なるべく多くの人に食べてもらうことを考えて、商品は多くの人に愛されるチョコレートにしようと決めた。まずは材料選び。ワタトーの企業理念は「安心で安全な美味しいお菓子とサービスで、皆様に優しさと笑顔をお届けして、幸せな生活の実現に貢献します」。そこで、安全で美味しい=健康な材料を考え、アーモンドとカカオニブを選んだ。

そして、渡辺さんが絶対に使いたかったのが「きな粉」だ。ワタトーで使用するきな粉はすべて、隣にある秋葉商店のもの。親戚が経営する会社ということもあり、希望に合う配合や焙煎具合の、できたてのきな粉が手に入る。また、きな粉は良質なタンパク質やビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富な「スーパーフード」でもある。

材料は決まった後も、苦労は続いた。初めて挑む、チョコレート商品作り。半生のチョコレートを、アーモンドとカカオを混ぜ込んだきな粉生地で包み、さらにパウダーをまぶして仕上げる。これまで作ってきた五家宝は水飴が固まらない熱いうちに伸ばして作るのに対し、チョコレートは熱すぎると溶けて形にならないため、感覚をつかむのにも時間がかかる。ものづくり補助金で導入した自動包餡機を使い、試作に試作を重ね、ベストな配合を見つけるまで1年以上費やしたという。

そうしてできたのは、モチっとした新食感の、きな粉の風味が生きた、きな粉菓子店ならではのチョコレート菓子。洗練された雰囲気を目指し、パッケージはデザイン会社に依頼。世界でも通用するよう、ブランド名は「KINAKO SWEETS FACTORY」とし、「きなこ」を判子のようにデザインしてもらった。

■食べてもらってこそ、きな粉の魅力は伝わる

今までの商品は問屋に卸していたが、これまでワタトーに馴染みがない多くのお客さんに食べてもらいたいという思いがあり、全く別の販路を探している。流通させたいのは、デパートや高級スーパー、ギフトショップ、カタログ通販など。今回のクラウドファンディングも、そうした販路拡大につなげていきたいという思いがある。

クラウドファンディングを通じて、渡辺さんはこう呼びかけている。

「この商品が、小さな町工場の大きな一歩になれたらいいなと思っています。0歳 の息子にいつかワタトーを受け継げるように、これからも多くの方が笑顔になれる商品を作っていきたいです」

“きな粉”をもっと若い人や、きな粉を知らない世界の人にも親しんでもらいたい、という思いから始まった「KINAKO SWEETS FACTORY」プロジェクト。それは従業員7人の小さな町工場の挑戦でもある。町工場がどんどん廃業していく昨今。小さな町工場の頑張りが、いろんな町工場の頑張る力にもつながるかもしれない。

プロジェクトの詳細はこちら

(井本ミキ)