学校の理系成績は世界トップクラスなのに…。日本の女性科学者比率はなぜ低水準なのか?日本ロレアルが問う未来

日本ロレアルとユネスコは、優れた女性研究者を支援する 「ロレアルーユネスコ女性科学者日本奨励賞」を2005年より実施している。20周年を迎える今年、大阪・関西万博での授賞式に先駆けてディスカッションイベントを開催した。日本の理系分野に求められる「とっかかり」とは?

近年、STEM(理系)領域におけるジェンダー格差の是正に向けた取り組みの数々が注目を集めている。

2025年夏には東京都と「山田進太郎D&I財団」による大規模な女子学生オフィスツアー「Girls Meet STEM in TOKYO」が実施されるなど、産学官民を問わず、その歩みは加速している。

フランスに本社を置く化粧品会社「ロレアル」の日本法人である日本ロレアルとユネスコは、優れた女性研究者を支援する 「ロレアルーユネスコ女性科学者日本奨励賞」を2005年から実施してきた。

20周年を迎える今年の授賞式は、大阪・関西万博にて10月2日に開催される。授賞式に先駆けた9月25日、日本ロレアルは同社オフィスにて20周年記念トークセッションを開催。研究者としてのキャリアを歩む女性や、「Waffle」(IT/STEM分野における女性のスキル教育やキャリア教育などに取り組む特定非営利法人)の理事長をゲストに迎え、研究領域における課題の現在地や、現場で働く当事者ならではの視点を織り交ぜて言葉を交わした。

日本の女性科学者比率はなぜ低水準なのか?

イベントには同社バイスプレジデントコーポレートレスポンシビリティ本部長の楠田倫子さんが登壇し、国内外における研究領域のジェンダー課題について説明した。

総務省によると、現在の日本における女性研究者は約18万2000人で、研究者全体に占める割合は18.5%と過去最高を記録している。しかし、全世界平均の33.3%と比較すると大きな遅れをとっており、楠田さんは「2007年の国内比率が約13%だったことを加味してみても、非常に遅い変化だということがわかります。女性研究者比率が20%を下回る国はアフリカの一部と日本のみです」と課題の深刻さを強調した。

女性研究者比率が低い一方で、日本の女子学生の理科や数学の学力はOECDの38加盟国で1位を記録している。成績が優秀であるにも関わらず、理系の進路やキャリアを選ぶ女性が少ない理由としては「女子は理系科目が苦手」 や「女子が理系に進学すると就職先がない」などのアンコンシャスバイアスが特に大きく影響しているという。

楠田さんは「特に親世代からの『女の子なんだから文系にしとけば』などという意見は根深く、『自分は理系に行きたいけれど親の理解が得られない』という声も実際に多く耳にします」と説明。さらに「ロールモデルの不在によるキャリアイメージの難しさや、ワークライフバランスの維持ができないことから離職する人も多い」と補足。家事や育児などの負担が女性にのしかかりやすい社会構造や、男性を基準に構築されやすい職場の環境や風土など、問題の複雑な背景がうかがえる。 

女性の研究者(イメージ画像)
女性の研究者(イメージ画像)
Jackyenjoyphotography via Getty Images

また、見過ごされていたジェンダーギャップが、医療現場や日常生活の中で影響を及ぼしている可能性もあるという。楠田さんは「『性差の科学』という言葉があるように、研究のデータが男性に偏ることなどにより、科学や医療の進化そのものにデメリットがあると言われています。例えば創薬研究においては女性治験者数が少ないことなどが挙げられます。医薬品の耐性は女性の方が低い傾向にありますが、男性と一律の基準の場合とされている場合が多い現状です」と話した。

さらに、外科手術用ロボットのサイズや硬さが男性を基準としており、 女性医師には使いこなすことが困難な場合があることや、車の衝突実験では主に男性規格のダミーが使用されるため、女性の事故死亡率が男性よりも高いことなども明らかになっているという。そうした課題は、同社が掲げる「世界は科学を必要とし、科学は女性を必要としている」というコンセプトにも直結しているようだ。

「科学者としてやっていける」と思える自信に

「ロレアルーユネスコ女性科学者日本奨励賞」 はこれまで、累計75名の受賞者を輩出してきた。さらに受賞者からは「アジアの科学者100人」受賞者4人が選出されるなど、科学界に貢献する研究者を輩出している。

今回のパネルディスカッションでは、楠田さんに加え、麻布大学の戸張靖子さん(第2回目の受賞者)と東京大学の小野寺桃子さん(第10回目の受賞者)、さらに田中沙弥果さん(特定非営利法人「Waffle」理事長)が登壇し同賞に応募した経緯や研究領域における課題、現場で働く当事者ならではの視点を共有した。

左から戸張靖子さん、小野寺桃子さん、田中沙弥果さん、楠田倫子さん
左から戸張靖子さん、小野寺桃子さん、田中沙弥果さん、楠田倫子さん
ハフポスト日本版

戸張さんは「ロレアルーユネスコ女性科学者日本奨励賞」 に応募した当時を振り返り、「実は受賞したのは2回目に挑戦したときで、1回目は落選だったんです。1回目の2次面接における審査員との質疑応答が素晴らしい体験になり、『またあの体験をしたい!』と思い2回目に挑戦しました。科学者である審査員の方々が科学者としての私に質問をしてくれて、共に談義を交わす。審査されているのにドキドキとワクワクでいっぱいになる。この経験は、今でも私の研究人生における宝物です」とコメント。

続けて「応募した当時から研究を生業としていたが、所属期間では無名でした。この賞をとったことで以前より名前を知ってもらえましたし、今の職を得る一助にもなりました」「民間企業による支援は、科学者と社会とのつながりを感じさせてくれると感じています」と話し、ステークホルダーを超えた支援の重要性や意義にも光を当てた。

また、小野寺さんは「普段は研究室の限られた人たちや1人での作業がほとんどなので、自分の研究の意義や価値に気づきづらい実態があると感じています。私の応募は周囲からの勧めだったこともあり、正直『自分はそれなりに頑張っている程度』『私の研究は人並み』と思っていたのですが、受賞という形で客観的に評価をいただいたことで『科学者としてやっていけるかも』と自信につながっていきました」と当時を振り返った。

2人の経験を聞いた田中さんは「ただでさえマイノリティであるにも関わらず、研究領域は横のつながりが希薄になりやすいですよね。民間企業などによる積極的な介入や支援によって、女性研究者にハイライトを当てることに大きな意味を感じます」とコメントした。

 理系分野のジェンダーギャップ是正に必要な「とっかかり」

女性の研究者(イメージ画像)
女性の研究者(イメージ画像)
Purrfect via Getty Images

女性科学者として働く中で感じることについて、小野寺さんは「やはり女性が1人もいない場所に入っていくのは心理的ハードルが高くなるので、次世代の女性が安心して選びやすいように、『最初のとっかかり』として一定数の女性がいる環境づくりを支援することが求められると感じています」とコメント。

 さらに「私は他に女性がいなくても気にしない性格なのですが、研究者になりたい女性全員が私と同じわけではありません。私の職場では、現時点では待遇の格差や働きづらさを感じることもなく『むしろ、覚えてもらえやすいしラッキー』なんて思うことも正直ありますね。勇気はいるかもしれませんが、状況を逆手にとって今の時代に女性が理系を選ぶことはお得かもしれません(笑)」と話し、会場の笑いを誘った。

また「私の周囲で女性研究者の方が出産して『研究所に保育園がないなんて』と困っていたところ、所属組織が『確かに必要なことだよね』と気づいて実際に保育園が開設されたんです」と体験談を共有。これに対して、田中さんは「家事や育児などのケアワークは女性に偏りやすいという問題もあるので、『科学が女性を求めている』現在、女性も研究者として働き続けていけるような制度作りは中長期的にも組織にメリットになりますね」とコメントした。

その後もディスカッションは熱量を増していき、その内容は10年に1度の義務教育のアップデートや女子大における理工学部の変化など多岐にわたった。ディスカッションを振り返り、戸張さんは「アカデミックや民間での女性を応援するシステムが、徐々にではありますが成熟している気がしています。若い女性には何も心配せずに、好きなキャリアを選べる未来を歩んで、夢を叶えて欲しいです」とエールを送り、今後のさらなる変化に期待する姿勢を示した。

今年で20周年を迎える「ロレアルーユネスコ女性科学者日本奨励賞」を通じて、どのような女性科学者同士のつながりが生まれるのか、またその先でどのような変革が紡がれていくのか。今後も注目を集めていきそうだ。

注目記事