くらしに「困難」がある人に本当に必要な道具を、その人とともにつくることに挑戦する「2020 TOMメイカソンTOKYO」が2020年4~5月に東京で行われる。「メイカソン」とは、メイク(Make)とマラソン(Marathon)をかけ合わせた造語で、数時間から数日間集中してチームでものづくりをするイベントのことだ。より多くの人に知ってもらおうと、クラウドファンディングでも賛同者を募っている。
■3Dプリンタなどのデジタル工作機械も使って「自助具」をつくる
主催する実行委員会の委員長は作業療法士の林園子さん。共催を担う一般社団法人ICTリハビリテーション研究会の代表理事を務める。
「私たちは障がいのある方や支援者を“Need Knower(ニードノウア)”と呼んでいます。2020 TOMメイカソンTOKYOでは、Need Knowerも含めた6〜8人が一つのチームをつくり、3Dプリンタなどのデジタル工作機械も活用し、その人に本当に必要な道具づくりに挑戦します。つくった道具のデータは、似通った困難を抱える世界中の人たちが活用できるよう、インターネット上で公開します」と林さんは説明する。
イベント名にあるTOMとは、イスラエルに拠点をおく非営利団体Tikkun Olam Makersのことだ。くらしの困難を解決するための道具の情報をデータ化し、共有するプラットフォームを2014年から構築。経済的状況やインフラの良し悪しにかかわらず、世界中の誰でも手に入れることができるようにしている。
「2年ほど前にTOMを知り、『これはまさに、私たちがやりたいことの一つだ』と思いました。それまでも、ICTリハビリテーション研究会や、私がディレクターを務めるファブラボ品川で、3Dプリンタなどを活用した自助具をつくる活動をしてきたのですが、TOMと協力することで、それを世界のプラットフォームで共有できます」(林さん)
■「ものづくり」と「絆」を通して、つくりたい「くらし」に気がつく3日間
TOMの活動にヒントを得て、これまでに全国7カ所でミニ・メイカソンも開催。参加者からも好評を得るなか、今度は3日間という時間をかけた本格的なメイカソンを実施することにした。想定する参加者はNeed Knowerも含めた70名ほど。作業療法士、理学療法士、言語聴覚士などのほか、東京工科大学をはじめとする学生を含めたサポートスタッフもあわせ、会期中の来場者は200名を超える予定だ。
「本番の1カ月前には、半日のプレイベントを実施。どんな困りごとがあり、それを解決するには、どんなアイディアがありそうか。そのアイディアからできた道具は、その人にとってどんな価値があり、どんな経験をもたらすのかを掘り下げます。それを通して、チームビルディングを行います。1ヶ月後のメイカソン本番に向けて、チームごとに準備をすすめてもらいます」(林さん)
■デジタル工作機械は、つくることに「誰もが参加する」ことを可能にする
「ものづくり」というと、一定のスキルや力が求められる事が多い。
誰もが、日常生活の不便さを解消するものがほしいと感じているはずだが、それを自分でつくるという発想にはなかなかならない。それは、ものづくりにハードルの高さを感じているからだ。特に障がいのある人や高齢者にとっては、困難の度合いが高くても、「それを解決する道具を自分でつくる」ということは、思いもよらないことかもしれない。
しかし、その実現可能性を高めるのが、3Dプリンタなどのデジタル工作機械だ。3Dプリンタは、当初は大企業が製品の開発に使う高価な機械だった。しかし、いくつかの特許が切れたことをきっかけに、使いやすく、価格も手頃に。今では、個人でも手に入れやすい価格帯の選択肢も増えた。
「2020 TOMメイカソンTOKYO」を支援する慶應義塾大学環境情報学部の田中浩也教授は、「デジタルファブリケーション」(=デジタル工作機械を使ったものづくり)の可能性を次のように語る。
「従来のものづくりは、体力や技能が必要で、困難な仕事という側面がありました。障がいのある方やご高齢者だけでなく、力の弱い女性や子どもにとっても遠い世界でした。ところが、デジタルファブリケーションのおかげで、そうした人々もパソコン1台で、簡単にものづくりにアクセスできるようになりました。誰もが安全に、必要なものがすぐにつくれるようになったのです。それは、これからの社会のあり方を劇的に変えていくことになるでしょう」(田中教授)
これまでのものづくりでは「つくり手」と「使い手」は完全に分かれていた。しかし、「デジタルファブリケーション は『つくり手』と『使い手』が重なり合った環境へと、ものづくりを取り巻く社会をアップデートしていく」と田中教授は語る。
■「自分でできる」ことが自信となり、人生が変わった
林さんがディレクターを務める市民工房「ファブラボ品川」でも、デジタル工作機械を使ったワークショップを定期的に開催している。そこでは、これまで見過ごされてきた個々の困難を解決するアイテムがたくさん生み出されてきた。
例えば、片手に麻痺のある人が使う車椅子のブレーキレバーを延長するキット。通常このようなケースでは、麻痺側のレバーを延長する必要がある。従来リハビリテーションの現場ではラップ芯が常用されてきた。それをそれぞれの当事者の要望に基づいた色や形で製作し、操作しやすくするために提供している。
障がいのある人にとって、「自らの困難を解決する道具をつくることに関われる」ことは、大きな自信をもたらす。
「2020 TOMメイカソンTOKYO」の実行委員メンバーでもある鶴丸高史さんは、脳性麻痺で四肢に運動障がいがある。鶴丸さんは、メイカソンと出会い、そこで得た道具の力を借りながら3Dモデリングのスキルをみるみる上達させ、自分のつくりたいものを形にしてきた。デジタルファブリケーションとの出会いが、彼の人生を大きく変え、ミニ・メイカソンではモデラーとして参加するほどだ。鶴丸さんは、「あきらめていたことが“メイカソン”でできるかもしれない、“メイカソン”でアクティブになろう」と、多くの仲間たちに呼びかけている。
■「誰一人、取り残さない社会」を、ともにつくろう
「医療」や、ときには「介護」も、システムの中ではそれが当たり前となり、システム外のことは「リスク」と捉えられることもある。例えば現場では、保険で点数化されない「自助具をつくる行為」をリスクと捉え、提供しないケースがあるようだ。あるいは、雇用主側がそれをリスクと考え、「提供してくれるな」と促すこともあるとのこと。
「そのため、現場の支援者も当事者も形にならないアイディアが溢れているばかりか、徐々に『あきらめ、そして考えない』思考停止に陥っている状況もあると思います。そのような中で誰が真の『質の高い暮らし』を手に入れることができるでしょうか。私は、『3Dプリンタで作る自助具』や『メイカソン』を通して、もう一度それぞれが自分自身や、ひいては社会に対する当事者意識を持つきっかけに『触れて』もらい、そして共にくらしをより良くする仲間になってもらいたいと思っています」と、林さんは話す。
田中教授は、デジタルファブリケーションで、SDGsの「つくる責任・つかう責任」をアップデートしていきたいと語る。
「ものづくりを通して、つくり手と使い手がコミュニケーションを深めていけば、つくり手も使い手も、『社会』とのつながりをもっと感じることができるようになるでしょう。その先には、より豊かな人生と、よりよい社会があるはず。超高齢化が課題である日本こそ、デジタルファブリケーションを活用して、誰もがそれぞれにフィットした物を手に入れることができる、豊かな社会を実現していくべきだと思っています」(田中教授)
「2020 TOMメイカソンTOKYO」は、「ものづくり」の新たなステージを広めるきっかけとなっていくかもしれない。
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「2020 TOMメイカソンTOKYO」は、プレイベントが2020年4月5日(日)に品川産業支援交流施設 SHIPで、本イベントが5月1日(金)~3日(日)に東京工科大学蒲田キャンパスで、それぞれ開催される。クラウドファンディングでは会場設備費や、障がい当事者の交通費・宿泊費・介助費、より精度の高い試作品を開発・製作するための費用などを募っている。詳細はこちら。
(取材・執筆=工藤千秋)