「未利用魚」という言葉をご存知だろうか。
サイズが小さかったり、不人気で値段がつかなかったりして、取れても廃棄や再放流されてしまう魚のことをいう。
国連の報告では、世界で漁獲された魚の35%程度が廃棄されており、フードロス問題に大きな影響を及ぼしている。
日本も例外ではない。収入につながらず、頭を抱えている漁師たちも多い。
そんな中、北海道・函館の小売店経営者が、地元の未利用魚問題を解決するため、有志と共にプロジェクトを始動した。
なぜ行動に至ったのか。そして、水産都市の未来をつくるプロジェクトの中身とは。
函館でスタートしたプロジェクト
脂がのっていて身離れが良さそうなタナゴやエゾメバルの煮付け。ふっくらとした身で今にも香ばしい匂いが漂ってきそうなサバの塩焼き。
6月14日、函館市の卸問屋「福田海産」にこんな商品が並んだ。
昆布など地元の原材料を詰め込んだ万能調味料「極UMAMI美人」につけ込まれており、どれも魚の臭みが抜け、優しい味わいに仕上がっている。
賞味期限は半年。地元の郷土料理「いかめし」製造で有名な老舗加工会社「ヱビスパック」のレトルト技術により、長期保存が可能となった。
湯煎やレンジで加熱しなくても食べられるため、普段の食卓だけでなく、災害時の非常食としても活用できるという。
一方、これらはもともと、廃棄やリリースされていた魚だった。いわゆる「未利用魚」と呼ばれる。
そんな未利用魚を焼き魚や煮魚に加工し、おいしく食べられる商品として売り出す「未利用魚介プロジェクト」が、水産都市・函館で始まっている。
そもそも未利用魚って何?
未利用魚とは、数が少ない、サイズが小さい、獲れすぎたといった理由から市場に出回らない魚のことをいう。
国連食糧農業機関(FAO)が公表した「世界漁業・養殖業白書」(2020)によると、世界で漁獲された魚のうち35%程度が廃棄されるなどしている。
日本でも同様のことが起きており、大量に取れても値段がつかないため、漁師の経済的な負担にもつながっている。
今回のプロジェクトで使っている魚は、未利用魚が取れて困っていた地元漁師の熊木祥哲さんから引き取ったものだ。
商品ラベルには、「未利用魚介とは」という説明書きを付け、購入者にこの社会問題について考えてもらえるようにしている。
プロジェクトの発起人で、市内で小売店を営む川崎良平さんは「フードロス削減や漁師さんの助けにもなる。どんな未利用魚が生まれても、すぐに対応できるようにする」と意気込んだ。
では、なぜ川崎さんは未利用魚介プロジェクトを始めたのだろうか。
背景には、2018年9月に起きた「北海道胆振東部地震」と、小売業もダメージを受けたコロナ禍があった。
道内全域が地震でブラックアウトした
川崎さんは小売業を経営する前、コンサルティング企業のサラリーマンとして働いていた。
しかし、30歳の時に大病を患い、会社を退職。自分のペースで仕事ができる小売業の経営者として勝負することに決めた。
再出発は順調だったが、その半年後の2018年9月、最大震度7を観測し、多数の死傷者が出た「北海道胆振東部地震」が発生。
道内全域で「ブラックアウト」が起き、函館も2日間ほど停電したが、川崎さんは地元住民のために、24時間体制で店を開け続けた。
店の中の商品はほぼ全て売り切れたが、その間に停電は復旧し、地元住民から「おかげで乗り越えられた」と大きく感謝された。
その時、「人の役に立つ生き方はめちゃくちゃかっこいい」という感情が生まれたという。
ここが、川崎さんがプロジェクトに情熱をかける原点となる。
万能調味料「極UMAMI美人」が鍵
災難は続き、コロナ禍になった。
観光都市でもある函館から人の姿がなくなり、飲食店や観光業が大きなダメージを受けた。川崎さんの店も大幅に売り上げが落ち込んだ。
しかし、「人の役に立つ生き方」という視点から、コロナで地元に帰って来れなくなった若者や函館ファンのために、何かできないかと考えた。
「なんとか函館の『おいしい』を思い出してほしい。そして、前向きにコロナに立ち向かってほしい」
こうして生み出したのが、今回の未利用魚介プロジェクトでも使用している万能調味料「極UMAMI美人」だった。
昆布だけでも真昆布、根昆布、ガゴメ昆布。さらにダルス、あかもくといった海藻……。
「極UMAMI美人」には、函館産、そして道内産の原材料がたっぷり詰め込まれている。
2021年2月にリリースして以降、川崎さんは1年間、飛び込み営業などで販路を拡大。
温泉旅館が“ウェルカム出汁”として客に出したり、料理人が魚や肉の臭み取りで使ったりするようになり、函館の「ふるさと納税」の返礼品にも選ばれた。
魚に対して熱い思いを叫んでいる漁師
函館発の万能調味料が軌道に乗り、これを使ってさらに何かできないかと考えていたとき、漁師の熊木さんと出会った。
熊木さんは、未利用魚の問題についてTwitterで発信していた。
近年、函館では名物「イカ」の漁獲量が大きく落ち込んでおり、新たに獲れ始めた「ブリ」を水産都市の目玉として売り出していた。
しかし、近海の定置網を主戦場とする熊木さんは、「ブリもいいけど大量に取れるイワシやサバなど、市場が買ってくれない魚にも目を向けてほしい」と訴えていたという。
川崎さんは「魚に対して熱い思いを叫んでいる」と感じ、共に函館の未来を考えていく者として一緒に動きたい、という思いから連絡を取った。
未利用魚が取れすぎて困っている地元の漁師がいる。プロの料理人が味付けや魚の臭みとりに使っている「極UMAMI美人」がある。
そして、川崎さんには災害食作りに取り組んだ経験があり、いかめし製造のレトルト技術で長期保存が可能になることも知っていた。
「フードロスの解決と、1〜3次産業の事業者が互いに助け合うモデルケースになるかもしれない」
サバ200キロを1か月で売ることができた
そして、2022年の年の瀬、ついに頭の中の構想を試してみる時がきた。
熊木さんから「サバが取れすぎているのに市場が買ってくれない」と相談を受けた川崎さんは、「サバの塩焼き」を商品化することを提案。
熊木さんとつながりがあった福田海産や、災害食作りで関わりがあったヱビスパックに協力を仰ぎ、熊木さんからサバを200キロも引き取った。
サバは「極UMAMI美人」で臭みをとり、焼いた状態でレトルト機に通す。こうすることで、魚の骨も食べられるまで柔らかくなる。
こうしてできたのが、今回のプロジェクトの原型である「さばの美人焼き」だった。
獲れすぎて値段がつかず、リリースせざるを得なかった未利用魚のサバが、常温で120日間保存できる商品に生まれ変わった。
料理が苦手な人も湯煎やレンジ加熱で簡単に地元の魚を食べられる。災害時には非常食としても活用できる。200キロのサバは、たった1か月で売り切れた。
「困っている1次産業の人を助けることができた。そして、福田海産やヱビスパックなど、函館にはこんなにも地元の未来を考えている人が多いんだと再認識した」
川崎さんは、こう感じた。
地元の小さなプロジェクトだから
この成功体験から、今回の未利用魚介プロジェクトを本格的に立ち上げることにした。
プロジェクトのポイントは、「どんな魚がきても対応できること」だ。
漁師の熊木さんによると、近海の定置網漁では、春はヤリイカ、ホッケ、タナゴ、ガヤ、夏は豆フグ、サバ、イワシなどといったように、季節で取れるものが変わってくる。
つまり、季節によってどんな未利用魚がどれほど網にかかるか、正確に予想できない。
そのため、大きな企業では安定供給・安定製造という点から、未利用魚の商品化に手を出しづらい現状があるとみられる。
そこで、川崎さんと商品ラベルを担当した「坂口包装資材」は話し合い、商品のパッケージにあえて魚の名前を記載しないことにした。
これにより、いつどんな時にあらゆる未利用魚介がきても、臨機応変かつスピーディーに商品として販売することができるようになった。小さな地元のプロジェクトだからできることだ。
フードロス解決と漁師への助けになる
「未利用魚介が新しい産業として成り立っていけば、漁師を志す若者も増えるのではないか」
熊木さんはプロジェクトの意義をこのように語る。
現在、函館の漁師は高齢化が進んでおり、熊木さんの父親も75歳で漁に出ている。
一方、名物イカの漁獲量が落ち込むなど、函館の現状はなかなかシビアな状態にある。
熊木さんは「近所で魚を配ると、みんな喜んで受け取ってくれる。未利用魚は取れたらリリースするが、やはり弱って死んでしまう魚もいる。環境にも優しく、漁師の負担も軽減できるプロジェクトになってほしい」と話した。
川崎さんも「漁師さんの燃料代の足しになれば」と話しつつ、次のような展望を示した。
「漁師の人が命がけで漁に出ても、未利用魚としてリリースされ、船の燃料代だけがかさんでいた。フードロス、漁師への助け、この二つを解決できる良いモデルケースとなり、各地で同様の取り組みが広がってくれれば嬉しい」
現在、製造している商品は、「海タナゴの煮付け」(参考価格450円)、「ガヤ(エゾメバル)の煮付け」(同410円)、「サバの塩焼き」(同410円)。
これらは、福田海産(函館市宇賀浦町15-6)とセブンイレブン函館五稜郭公園前(函館市五稜郭町30-1)で販売されている。
現在、未利用魚介プロジェクトの商品を置いてくれる販売店も募集しており、直近では北斗市の温泉施設「しんわの湯」(北斗市東前85-5)が決まった。
問い合わせは、「極UMAMI美人」の販売などを手がける合同会社「合同会社EGAO」(050-8880-9145)まで。