クマ撃退スプレーを手に89年ぶりの大発見。絶滅したはずの「日本版ウーパールーパー」は生きていた

子どもの姿のまま大人になる「幼形成熟」。エゾサンショウウオで89年ぶりに発見。調査チームの岡宮久規研究員に発見までの経緯を聞きました。
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89年ぶりに発見されたエゾサンショウウオの幼形成熟個体
89年ぶりに発見されたエゾサンショウウオの幼形成熟個体
岡宮久規さん提供

クマ撃退スプレーを手に夜間、北海道の森林の奥深くの池を目指す。89年ぶりに発見された日本版「ウーパールーパー」は、危険と隣り合わせの綿密なフィールドワークの成果だった。

■「ウーパールーパー」と同じく子どもの姿のまま大人に成長

1980年代、日本に珍獣ブームを引き起こした生物「ウーパールーパー」。その正体はメキシコサンショウウオが幼形成熟したものだ。

幼形成熟とは子どもの姿のままで大人になること。原産地のソチミルコ湖周辺に住むメキシコサンショウウオは、大人の姿にならず、一生を水の中で暮らす。オタマジャクシのように長い尾と小さな手足。頭の後ろに生えているエラが特徴的で、愛らしい姿から今もペットとして人気がある。

メキシコサンショウウオの幼形成熟個体。日本ではウーパールーパーとして知られている。
メキシコサンショウウオの幼形成熟個体。日本ではウーパールーパーとして知られている。
kevin yulianto via Getty Images

そのウーパールーパーの日本版ともいえる生物を、北海道大学の研究チームが89年ぶりに発見した。

北海道固有種のエゾサンショウウオが幼形成熟した個体だ。体長12~14cmと十分に成長しているのにエラがあり、水中で生活し続けている。生殖能力も確認したことで、日本動物学会の会誌「Zoological Letters」に12月8日、オンライン掲載された

ハフポスト日本版は、今回の大発見をした研究チームの一員である北海道大学北方生物圏フィールド科学センターの岡宮久規(おかみや・ひさのり)研究員にメール取材した。

■放流されたヒメマスによって一度は絶滅

1932年までエゾサンショウウオの幼形成熟個体が生息していた俱多楽湖
1932年までエゾサンショウウオの幼形成熟個体が生息していた俱多楽湖
DEA / W. BUSS via Getty Images

北海道白老町の俱多楽(くったら)湖に生息する個体群が幼形成熟していることが1924年、北海道大学医学部の佐々木望(ささき・まどか)教授によって発見された。しかしそのわずか8年後の1932年に2匹が発見されたのを最後に、姿を消してしまった。

俱多楽湖には1910年以降、ヒメマスが養殖用に放流されて増殖していた。ヒメマスに捕食された結果、エゾサンショウウオは湖から絶滅したと考えられている

幼形成熟するエゾサンショウウオは、北海道の他の地域でも見つからなかった。89年間にわたって「幻の存在」となっていたのだ。

俱多楽湖の二の舞を防ぐため、今回のエゾサンショウウオが発見された場所も「胆振地方の池」としか公表されていない。岡宮研究員によると「生息地が荒らされる懸念があるため」と説明する。

■夜間、クマ撃退スプレーを手に森の奥へ

ヒグマのイメージ写真
ヒグマのイメージ写真
AFP=時事

この池で2020年12月に1匹、2021年4月に2匹、いずれもオスの個体が発見された。「幻の幼形成熟個体を探し回って、やっと見つけたのか」と尋ねたところ、岡宮研究員の返事は意外なものだった。

「同行した学生たちと、幼形成熟が見つかったらすごいね、というような話は良くしていましたが、それがメインだったわけではありません。受入教員の岸田治准教授の勧めもあり、2020年春に北海道に移動してきてから、北海道全域を対象として、エゾサンショウウオの網羅的なフィールド観察を行っており、その過程で発見しました」

岡宮研究員によると、これまで幼形成熟個体を探して、北海道大学やアマチュアなど多くの人が北海道を調査してきたが、発見できなかった。その理由の一つは「北海道の自然の広大さ」だという。

「これだけ広い原生自然が残されている場所は日本では北海道くらいでしょう。また、ヒグマへの恐怖から夜間に森の奥まで入っていく人はそういません。今回発見されたうちの2個体は、森林内に長時間滞在し、夜間に活動中の個体を発見することができました」

あえて夜間に調査したのは、エゾサンショウウオが夜行性なので、夜に活動が活発になっているところを調査するためだった。ヒグマを避けるため、原則として単独で林内には入らないようにしたという。

「ヒグマ事故のほとんどが単独行動中に起こっていることからもわかるように、複数人で行動していればクマの方が先に気づいて逃げる場合がほとんどです。それでも万が一遭遇してしまった時のために各自がクマ撃退スプレーを携帯するようにしています」

■人工授精で生殖能力を確認。科学的な方法で検証できたことが大きな成果

幼形成熟したエゾサンショウウオ(上)と、通常のエゾサンショウウオの成体(下)
幼形成熟したエゾサンショウウオ(上)と、通常のエゾサンショウウオの成体(下)
岡宮久規さん提供

個体が発見された時点で、岡宮研究員は「外見の特徴と体のサイズから幼形成熟個体と考えて矛盾しない」とは思ったが、まだ断定はできなかった。

顕微鏡観察の結果、精液には運動性のある精子が多数含まれており、その形状や動作は通常の成熟オスの精子とよく似ていた。さらに人工授精したところ、精液を塗布した未受精卵の約70%が受精し正常に胚発生した。

これらの結果から、採集した個体は生殖能力を有する「幼形成熟個体」だと確認できたという。

このときの気持ちを岡宮研究員は、以下のように振り返る。

「個体を発見した時よりも驚きは大きかったと思います。両生類が変態する過程では単純にエラとヒレが無くなるだけではなく、皮膚から内臓の作り、骨格の形まで実に劇的に体が変化します。その過程を経ずに幼形のまま正常な生殖能力を獲得することが本当にエゾサンショウウオに可能なのか疑わしく、たとえ精液を分泌したとしてもそれに受精能力はないのではないかと最後まで思っていたので、受精卵の卵割を確認したときの驚きは相当大きかったと記憶しています」

実は、エゾサンショウウオをめぐっては、幼形成熟が疑われる「大型の幼生を発見した」という未確認の報告は、これまでに数件あったという。しかし、どれも写真しか残っていなかったり、写真すらもなく噂話の一つに過ぎなかったり、学術的な論文としてまとめたものは皆無だった。

岡宮研究員は今回、科学的な方法で検証できたことが大きな成果だと胸を張る。

「私たちは、詳細な形態分析や人工授精実験を行い『幼形成熟』を客観的に証明し、学術論文で報告しました。ただ個体を見つけただけでなく、1924年に俱多楽湖の集団を発見した佐々木教授と同様に、科学の方法に則ってそれを報告した点が89年ぶりの発見につながったのだと思います」

■一度は「私たちがその価値を認識しないうちに絶滅に追い込んでしまった」

岐阜県各務原市の水族間「アクア・トト ぎふ」で12月14日から、一般展示されたエゾサンショウウオの幼形成熟個体
岐阜県各務原市の水族間「アクア・トト ぎふ」で12月14日から、一般展示されたエゾサンショウウオの幼形成熟個体
「アクア・トト ぎふ」提供

ウーパールーパーとして知られるメキシコサンショウウオの幼形成熟と、今回のエゾサンショウウオの幼形成熟の大きな違いは何だろうか。

岡宮研究員は「メキシコサンショウウオの仲間は、集団あるいは種単位で幼形成熟しますが、今回発見された個体は通常の上陸成体に混じって3個体のみが発見されたので、この点が一番大きな違い」と指摘する。

かつての俱多楽湖には、幼形成熟個体のみの集団があったと考えられているが、今後はそうした集団を発見するのが課題だという。

「そのような集団が見つかれば、幼形成熟を起こすメカニズムなど定量的な調査を行うことができ、海外の種との違いも詳細に調べることができます」

今回の発見は「日本でもウーパールーパーに近い存在が見つかった」と大きな反響を呼んでいる。こうした一般の人の反響をどのように感じているか聞いてみたところ、「多くの人が身近な自然への関心を深める機会になれば嬉しく思います」と回答。以下のように続けた。

「絶滅してしまったニホンオオカミやトキのように、『種』の価値が語られることは多いですが、それに比べて『個体群』や『遺伝集団』の価値はいまだに広く認識されているとはいい難い状況です。同じエゾサンショウウオの中にも、こんなにユニークな姿かたちと暮らしぶりを持つ集団がかつての日本にはいて、私たちがその価値を認識しないうちに絶滅に追い込んでしまったこと、そして広い北海道のどこかでまだ生き残っているかもしれないことを今回の発見を通じて多くの人に知っていただき、生物多様性への理解を深める機会になれば大変嬉しく思います」

こうした岡宮さんの思いから、エゾサンショウウオの幼形成熟個体は岐阜県各務原市の水族館「アクア・トトぎふ」に移送。同館でこのうち1匹が12月14日から一般公開されている